大きくする 標準 小さくする

第16回 すんなり入れる特許翻訳 ― 日用品の特許の翻訳

2020/06/08

特許翻訳入門 

第16回 すんなり入れる特許翻訳
  - 日用品の特許の翻訳 ‐

奥田百子(おくだももこ)
奥田国際特許事務所にて、翻訳者、執筆者、弁理士として活躍。
バベル翻訳専門職大学院(USA)では 第3科目「特許・技術・医薬翻訳専攻」にて
「特許翻訳訳レベルⅠ(英日)」をプロフェッサーとして担当 

 
 
 今回は、前半はコレスポンデンスの英語、後半は間仕切りの特許(6,254,001号)明細書を英訳します。ではコレポンの英語からです。

文例
この問題に対処して下さい。 
Please handle this problem.


 このように「問題に対処する」と明確に記載されている場合は、deal with, handle, treat, addressを使うことができます。

文例
この案件は対応可能ですか?
Please inform us if you can handle this case.
Please let us know if you can handle this case.


「案件に対応する」という表現は特許実務のみならずビジネスでよく使います。「この案件を処理できる能力、余裕がありますか?」という意味で聞いています。時間的、能力的、その他の事情を考えて、この案件を引き受けていただけますか? という意味なので、以下のように言い換えて訳してもよいです。

この案件をお引き受け可能ですか?
Please let us know if you can accept this case.


「お引き受け可能ですか?」「対処可能ですか?」との質問を
”Please instruct us if ~”
と訳すことを奇異に感じる人もいるでしょう。
“Can you handle ~”, “Can you address ~”
のように直接的に尋ねるよりも、「~であるか否かお教えください」と尋ねた方が丁寧だからです。”Can you ~“と尋ねるのはぶしつけな感じがします。

キーワード
・案件 case, matter
・この案件  this matter, this case
法律事務所や特許事務所では請け負った具体的な事件を「案件」「ケース」といいます。会社でも案件、ケースというを使います。案件をcaseと訳した場合に、同じ文書中で「この場合、~」という文章があった場合に、In this case, … と訳すと、「このケースでは」「この案件では」「本件では」「本ケースでは」という意味に誤解される可能性があります。これを避けるためにこのようなシーンでは、「この場合」をthis timeと訳したり、全く訳さないことをお勧めします。「この場合、~」を訳さなくても意味が通じる場合がほとんどです。

 「本件を弊所で処理します。この場合、委任状のフォーマットは最初にお送りします」
という場合、「この場合」ということばを省略しても意味は通じます。また、「この場合」をIn this caseと訳すと、 「本件では」という意味と誤解を与えます。
  We will handle this case.  In this case, we will send a power of attorney format at first.
 この文章では、In this caseが「本件では」「この場合」のどちらを意味するのか判断がつきません。したがって In this caseを省略すべきです。
 なお、in this case(この場合)と区別するために、「本件では」をin this matterと訳すことができます。海外からのレターにはin this matterというフレーズが書かれていることが多いです。 

文例
貴方に本件を委任します。
We commission you to handle this case.


・貴所、弊所  you, we
 we, youが使われています。当然ですがweは「弊所」「弊社」、youは「貴所」「貴社」を指しています。日本語でも「対応可能ですか?」と聞くときには、「貴所(貴社)」のことばが省略されています。weやyouを補って訳す必要があります。 

・委任する  commission, commit
 commissionは動詞でもあります。commitと同様の意味です。
「委任する」は、委任状を渡してお願いするのが正式な意味です。弁護士など代理人に案件を依頼するときは委任状に署名して交付しますが、委任状を出さずにお願いするときでも、一般用語として「委任する」ということがあります。

 「委任する」「委託する」「託す」「委ねる」などは多くの訳語があり、
 commission 
 entrust
 authorize
 consign

 などの単語を使います。
 authorizeは「権限を付与する」という意味です。

文例
貴方に本件を一任します。
We entirely leave this case to you. 
We entirely entrust this case to you.

文例
貴方に本件をお任せします。
We entrust you with this case.
We entrust this case to you.

文例
貴方に本件を委託します。
We consign this case to you.
We outsource this case to you.

outsourceは外部委託するという意味です。たとえば翻訳の外部委託(外注)の際に使用できる単語です。
commit とcommissionはいずれも「委任する」という意味で使うことができます。
We commission you to handle this case.
We commit you to handle this case.


 では、コレスポンデンスの英語はこれくらいにして、明細書の英訳をしてみましょう。
 前回英訳した「可動間仕切り」の特許明細書の英訳です。

文例
 ただし、用いるパネル部材の数に限定はない。 
 すなわち、比較的横幅の広い1枚のパネル部材によって、第1の壁面12あるいは第2の壁面14を形成することもできるし、比較的横幅の狭いパネル部材を3枚以上用いて第1の壁面12あるいは第2の壁面14を形成してもよい。


英訳
 However, the number of panel members used is not limited.
 Namely, one panel member with a relatively large width may form the first wall surface 12 or the second wall surface 14 or three or more panel members with a relatively small width may form the first wall surface 12 or the second wall surface 14. 

訳出のポイント)
・    ただし   however   
・    用いるパネル部材
 「用いる~」という表現は、明細書等に限らず一般の文書でも頻繁に見受けられます。「用いられるべき」という意味で、… to be usedのようにto不定詞の形容詞的用法を用いることができます。
 used panel memberと訳すと、「用いたパネル部材」という意味になります。厳密にいうと、過去分詞+名詞は「~した状態の~」という意味があります。the used panel memberは「用いた状態のパネル部材」を意味し、the panel member usedのように、過去分詞を名詞の後に置いても、同じ意味を表します。このときはby~という行為の主体(パネル部材を用いる行為の主体)が省略されています。
 つまり、”used panel member”, “panel member used”はどちらも、「用いた状態のパネル部材」という意味を表します。したがってこれらは、「用いるパネル部材」の訳としては厳密には適切ではありません。しかし、「用いる~」という日本語を”used …”, “…used”と訳すことは多いです。「用いるパネル部材」を「用いた状態のパネル部材」と解釈しているからです。

・パネル部材の数
 「~の数」という表現も特許では頻出です。the number of … と表現すればよいです。
a number of … と訳すと、多数の~という意味になってしまうので、「~の数」の訳としては使わないようにしましょう。

・比較的横幅の広い1枚のパネル部材
 比較的 relatively, comparatively
   横幅        width     

  横幅の訳はwidth, breadthで十分です。横幅は結局は幅ということです。縦幅は長さに置き換えることができるので、lengthと訳します。
  部材は、member, materialと訳します。
memberは可算名詞であるため、複数の場合はsを付けることができます。
materialは原則として不可算名詞ですが、具体的な材料を述べる場合は可算名詞であるため、panel materialsのように複数形にすることができます。
 
・パネル部材によって、・・・第2の壁面14を形成することもできる
 この文章には人間が登場しません。このように人間が登場しない文章は特許翻訳では一般的であり、モノを主語にして受動態で訳します。実際には、形成しているのはこの間仕切りを使用するユーザですが、明細書では「ユーザが形成する」と記載せず、「間仕切りは形成される」と記載することが多いです。
 しかしこの文章を受動態で訳す必要はありません。「パネル部材が壁面を形成することができる」のように、パネル部材を主語にしてこれが壁面を形成する、と訳すことができるからです。「パネル部材が自ら壁面を形成する」という動作として訳します。

 The panel member forms a wall surface.
 これは、formには「~を形づくる」という意味があるからです。簡単な例では、
Thirty students form one class  (30人の生徒が一つのクラスを形成している)
 この場合、formは他動詞として使われています。
注)formという動詞はいくつかの使い方があります。

① 主語自身が何か(目的語)を形成する
  The students form a class.    生徒たちが一つのクラスを形成する
② 主語が目的語に対して何か動作を行い、別のものをつくり上げる
     The students form a plate into a house.   生徒たちは板を家につくり上げる
③ 主語が目的語をつくり上げる
  The students form a house.   生徒たちは家をつくり上げる
①~③はすべて他動詞としてのformです。①は主語が成長して目的語になる(生徒たちが一つのクラスになる)ことをformが表現しています。ここではformが自動詞として使われているような印象を受けますが、
 「生徒がクラスをつくる」     
という他動詞です。クラスという目的語をつくるので、目的語に対して働きかける動作がformなので他動詞です。




【プロフィール】
奥田百子(おくだももこ)
・外資系銀行を経て特許事務所にて勤務
・現在、奥田国際特許事務所にて、翻訳者、執筆者、弁理士として活躍し、バベル翻訳専門職大学院(USA)では第3科目「特許・技術・医薬翻訳専攻」にて「特許翻訳レベルⅠ(英日)」をプロフェッサーとして担当
・「現代日本執筆者大辞典・第5期」(日アソシエイツ)に掲載されている
・元 弁理士試験委員
<著書>
「ゼロからできるアメリカ特許取得の実務と英語」(秀和システム)
「国際特許出願マニュアル2版」(中央経済社)
「特許翻訳テクニック2版」(中央経済社)
「もう知らないではすまされない著作権」(中央経済社)
「なるほど図解特許法のしくみ(2版)」(中央経済社)
「なるほど図解著作権法のしくみ(2版)」(中央経済社)
「なるほど図解商標法のしくみ(3版)」(中央経済社)
「米国特許法改正のポイント」(中央経済社)
「ネイティブに笑われない英文ビジネスメール」(中央経済社)
「こんなにおもしろい弁理士の仕事(3版)」(中央経済社)
「誰でも弁理士になれる本(4版)」(中央経済社)
「なるほど図解特許法のしくみ第3版」(中央経済社)
「自宅でできる翻訳の仕事」(ペーパーバック+電子書籍、インプレスR&D)
「知的財産関係条約基本解説」(法学書院、2017年1月)
「現代日本執筆者大事典・第5期」(日外アソシエーツ)所載

記事一覧