第12回 すんなり入れる特許翻訳 ― 特許出願の中間手続の翻訳
2020/01/07
第12回 すんなり入れる特許翻訳
- 特許出願の中間手続の翻訳

奥田百子(おくだももこ)
奥田国際特許事務所にて、翻訳者、執筆者、弁理士として活訳し、バベル翻訳専門職大学院(USA)では
第3科目「特許・技術・医薬翻訳専攻」にて「特許翻訳訳レベルⅠ(英日)」をプロフェッサーとして担当
今回から、特許出願の中間手続の翻訳入ります。中間手続とは、特許出願から特許になるまでの間に出願人と特許庁の間で交わされる書類です。具体的には、
拒絶理由通知
意見書
拒絶査定
拒絶査定に対する不服の審判
があります。なお、中間書類を提出するに際しては、代理人(弁護士、弁理士)が依頼人(出願人)や海外の代理人(弁護士)とレターやメールをやり取りして打ち合わせするため、これらの者の間で交わされる文章も以下に英訳していきます。
そもそも「中間手続」の訳は何でしょうか?
intermediary procedure
「中間書類」はintermediary documentsと訳します。
訳出のポイント)
「~していただけるよう…に謹んでお願い申し上げます」は、
respectfully request 人 to ~
courteously solicit 人 to ~
のように訳します。
注)これは意見書の最後に使われるフレーズであり、審査官の拒絶理由に対して、これが覆されるべきであることを述べ、「特許査定を下して頂けるようお願い申し上げます」と述べて意見書を結びます。
キーワード)
・ 特許査定 a decision to grant a patent
・ 決定を下す render a decision
注) これは、意見書のなかで審査官に、今出願している発明(本願発明)を再度検討して、特許査定を頂けるようお願いします、と頼むときの文章です。
キーワード)
・ 再度ご検討=再検討 review, study again, examine again
~して下さい、~して頂けるようお願い申し上げます。
We ask you to ~
We authorize you to ~
重要な書類(委任状、意見書、補正書、出願など)を提出するときは、「(提出する)権限を付与する」という意味で、authorizeを使うことがあります。
・ 本願発明 the present (this) application invention
・ 本発明 the present invention
これは代理人が海外代理人、あるいは依頼人に示す文章です。外国出願の場合、拒絶理由通知(米国では「オフィスアクション」)が海外の特許庁からなされ、これが海外代理人から日本の代理人に通知されます。日本の代理人は補正案を作成して、依頼人や海外代理人に提示します。その際に添える文章です。
また依頼人が補正案を作成することもあり、これを代理人に示す際にも添えることができる文章です。
キーワード)
「~という理由で」はbecauseをつければよいです。
注) 「貴所」という場合、your officeと訳すことなく、youで十分です。
注) 「否定する」の訳語として、negate, annul, denyなどがあります。
“reject”は拒絶するという意味があり、特許の場合は拒絶理由通知(a notice of reason for refusal)で使われるため、「否定する」の訳語としては用いないことをお勧めします。
文例4~7は、補正案や意見書案、見解などを示された海外代理人、あるいは依頼人が代理人に対して応答する際の文章です。
また、依頼人が補正案や意見書案を作成することもあり、この案に対して代理人が賛成、反対を述べるときの文章でもあります。
注) 「補正案は、用語が適切でない」とは、「補正案には、適切でない用語が含まれている」と言い換えることができます。
文例8~10は、代理人が拒絶理由に応答するために補正案を作成し、依頼人にこれを示したが、その補正案が適切でないことを指摘する文章です。あるいは、依頼人が補正案を作成し、代理人に見せたが、これが適切でないと指摘する場合にも、この文例を使います。
注)「補正後」といってもafter amendedとする必要はありません。「amended claim 1 (補正されたクレーム1)」と訳せば簡単です。
キーワード)
補正クレーム案 a claim amendment draft, a draft of amended claims
注)文例11~13は、拒絶理由に応答するために代理人が補正案を作成し、これを依頼人に示す場合の文章です。あるいは、依頼人が補正案を作成し、これを代理人に見てもらうこともあり、この場合もこれらの文章を使います。
「補正案」という場合、「補正クレーム案」を指すことが多いです。最も多く通知される進歩性の拒絶理由を覆すにはクレームを補正することが必要だからです。しかし同時にクレームに対応する部分の明細書も補正します。特に明細書の「課題を解決するための手段」はクレームと同じ記載であることが多いため、この部分も補正します。
「補正後のクレームの案」「クレームの補正案」ということができ、どちらも同じ意味です。
補正する請求項が複数ある場合は、a draft of amended claimsの方がよい訳語です。
注) これは、依頼人が代理人に補正クレームを作成して送ってくださいと依頼する文章です。あるいは、補正クレームを依頼人が作成する場合は、代理人がこのように要求する場合もあります。
キーワード)
影響を与える affect 「反映する」という場合はreflect
注) 文例15~16は、代理人が審査官の拒絶理由を解釈して、意見書案や補正書案を作成し、依頼人に見せたが、審査官の見解が正しく解釈されていないことを依頼人が指摘する文章です。依頼人が意見書案や補正案を作成したが、代理人が同様の指摘をする場合にもこれらの文章を使うことができます。
キーワード)
裏付ける support
注) この文例は、クレームの補正が明細書の特定の箇所に根拠があることを述べています。補正によりクレームに明細書に記載されていない新規事項を加えることはできず(新規事項追加の禁止)、クレームは明細書に根拠付けられていること(サポート要件)も必要です。
キーワード)
~と訳されている translated ~
日本語に訳す translated into Japanese
日本語の翻訳文 Japanese translation
誤訳 incorrect translation
注) 誤訳の訂正は、外国語書面出願で行う場合は、翻訳文にない事項を記載するのが通常であり、これは新規事項の追加とはみなされません。
原文: cooled to 30 degrees
翻訳文:30℃まで加熱する
「加熱する」を「冷却する」に直すためには、翻訳文(出願時の書類とみなされる)にない「冷却する」ということばを加える必要があります。これが新規事項の追加として禁止されたのでは、誤訳訂正ができなくなってしまいます。
そこで外国語書面出願の誤訳の訂正については、翻訳文にない事項を加えることは新規事項の追加とはみなされません(特許法17条の2 3項括弧書)。
注)文例18~22は、依頼人が補正を代理人に依頼する場合の文章です。
【プロフィール】
奥田百子(おくだももこ)
・外資系銀行を経て特許事務所にて勤務
・現在、奥田国際特許事務所にて、翻訳者、執筆者、弁理士として活躍し、バベル翻訳専門職大学院(USA)では第3科目「特許・技術・医薬翻訳専攻」にて「特許翻訳レベルⅠ(英日)」をプロフェッサーとして担当
・「現代日本執筆者大辞典・第5期」(日アソシエイツ)に掲載されている
・元 弁理士試験委員
<著書>
「ゼロからできるアメリカ特許取得の実務と英語」(秀和システム)
「国際特許出願マニュアル2版」(中央経済社)
「特許翻訳テクニック2版」(中央経済社)
「もう知らないではすまされない著作権」(中央経済社)
「なるほど図解特許法のしくみ(2版)」(中央経済社)
「なるほど図解著作権法のしくみ(2版)」(中央経済社)
「なるほど図解商標法のしくみ(3版)」(中央経済社)
「米国特許法改正のポイント」(中央経済社)
「ネイティブに笑われない英文ビジネスメール」(中央経済社)
「こんなにおもしろい弁理士の仕事(3版)」(中央経済社)
「誰でも弁理士になれる本(4版)」(中央経済社)
「なるほど図解特許法のしくみ第3版」(中央経済社)
「自宅でできる翻訳の仕事」(ペーパーバック+電子書籍、インプレスR&D)
「知的財産関係条約基本解説」(法学書院、2017年1月)
「現代日本執筆者大事典・第5期」(日外アソシエーツ)所載
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