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第9回 すんなり入れる特許翻訳 ― 化学分野の特許翻訳

2019/10/07

特許翻訳入門

第9回 すんなり入れる特許翻訳

- 化学分野の特許翻訳


奥田百子(おくだももこ)
奥田国際特許事務所にて、翻訳者、執筆者、弁理士として活訳し、バベル翻訳専門職大学院(USA)では
第3科目「特許・技術・医薬翻訳専攻」にて「特許翻訳訳レベルⅠ(英日)」をプロフェッサーとして担当
 
            


  では、前回のつづきで化学分野の明細書の「技術分野」(特開2015-166702号)を訳していきます。まず【技術分野】冒頭の次の文章です。今回からは一文ずつ訳していきます。 
 

文例


 下線を引いた部分がエッセンスです。

 

 明細書冒頭部分の決まりフレーズであり、
「本発明は~A~に係り、より詳しくは(より詳細には)~B~ することができる ~C~に関する。」
 The present invention relates to ~A~, more specifically ~B~ capable of ~C~”

 「~に関する」と記載するのは、この発明特有の除染用洗浄剤は総称として述べる「除染用洗浄剤」に属することを述べるためです。英語ではrelates to …と表現します。「~A~」の部分には総称を記載すると考えればよいです。

    

「本発明は~にかかり」では一般的な技術分野を述べ、本発明特有の技術分野を「より詳細には~」で
 

キーフレーズ)
脱離作用           separation function
吸着作用           adsorption function
除染対象物          objects of decontamination
放射性セシウム   radioactive cesium
放射性物質          radioactive substance

 

本発明は除染用洗浄剤に係り
The present invention relates to a detergent for decontamination 

 

The present invention relates to は決まった書き出しフレーズです。
 

本発明は、より詳しくは、~ することができる除染用洗浄剤に関する
The present invention more specifically relates to a detergent for decontamination capable of
….

 

脱離作用及び吸着作用により、除染対象物から放射性セシウム等の放射性物質を除去することができる
capable of removing radioactive substances such as radioactive cesium from objects of decontamination with a separation function and an adsorption function 

 

除去した放射性物質を吸着して、他の場所への拡散・再付着を防止することができる
capable of adsorbing the removed radioactive substances and preventing their dispersion and reattachment to other places.

 

訳出の注意点)
「放射性物質を
吸着して、拡散、再付着を防止することができる」
日本語では、吸着⇒防止と記載されているので、「放射性物質を吸着して、この拡散、再付着を防止できる」と訳します。
「~できる」はcapable of~を使うことが多いです。
ではこれらの訳をつなげて完成させます。

 

では、以下の文章の完成訳です。


完成訳)
The present invention relates to a detergent for decontamination, and more specifically relates to a detergent for decontamination capable of removing radioactive substances such as radioactive cesium from objects of decontamination with a separation function and an adsorption function, and adsorbing the removed radioactive substances and preventing their dispersion and reattachment to other places.

 

背景技術の訳)
では次に、背景技術の訳に入ります。

 

文例


[Background Art]
Due to the accident of “Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant” which accompanied “the Great East Japan Earthquake” on March 11, 2011, a large amount of radioactive substances were emitted, which caused circumstances where the wide range of lands including rivers and soil were polluted by the radioactive substances.

 

 ここで難しいのは、「東日本大震災」「福島第一原子力発電所」という固有名詞の訳のみならず、「~に伴う」という表現です。固有名詞の訳はインターネットで検索して調べられますが、「東日本大震災」に伴って原子力発電所の事故が起こった、という表現は難しいです。
「伴う」はaccompanyを使うことができます。accompanyは、~が~に伴うことを意味し、便利な単語ですが、ともすれば何が何に伴うかを逆にしてしまうことがあります。

 

A accompanies B
A がBについていく

 

B is accompanied by A.

BはAについてこられている(BはAを伴っている)
この関係は人間だけでなく、モノにも使えます。


Success is accompanied by efforts.
成功は努力を伴う

 

「震災に伴う発電所事故」というシーンでもaccompanyを使うことができます。
同じような動詞としてfollowがあります。
The earthquake accompanied (followed) by the power plant accident
The power plant accident accompanying the earthquake.

 

キーワード)
放出する  emit
河川              river
土壌              soil
国土              land
広範囲の       the wide range of
汚染する       pollute

 

要注意キーワード)
~等
 これはよく使われる簡単な日本語ですが、どのように訳すが悩む人は多いでしょう。etc.でもよいのですが、and the like, or the likeというフレーズを使い分けると、より意味をはっきりさせることができます。
 
i) and the likeは、andでさらに列挙できるものを省略する場合(構成要素が決まっている場合)に使います。
 例:
   Light is split into red, orange, yellow, green, blue, and the like.
   光は赤、橙、黄、緑、青などに分割できる。
 
ii) or the likeは、 orでさらに列挙できるものを省略する場合
 例:ビタミンCを含む果実であるいちご、みかん、キーウィ等
 この場合は、ビタミンCを含む果物は数多くあり、構成要素の数が決まっているわけではないので、キーウィの後にビタミンCを含む果物であれば何を置いてもよく、or the likeです。
 例:ネジや釘、接着剤等によって相互に固定される
 Two plates are fixed with each other by screws, nails, adhesives or the like. 

 

文例


Of emitted radioactive substances, a half-life of, for example Cesium 137 (137Cs), is as long as about 30 years, therefore, there is a concern that areas where they are scattered will be exposed to radiation for many years.  

 

キーワード)    
~の内          among ~,  of~
“of ~”は「~のうち」という意味で使うこともできます。
“… a keypad, a display, a mouse, and a panel. Of these, a keypad is ….”
 のように列挙した後にof theseで始めると、「これらのうち」という意味になります。  
例えば、~等    for example, 
 「等」は、「例えば」に含まれるので、訳出は不要です。 

 

文例

訳出のポイント
「~においては」のことばがこの文章は訳しづらいという印象を与えています。
リフレーズしましょう。
 この除染作業
には、高圧洗浄水による洗浄の方法が用いられる
 もう一点注意すべきなのは、「用いられている」という日本語になっていますが、前の文型でも同様でしたが、現在進行形で今用いられているのではなく、作業には高圧洗浄水による洗浄方法が一般的に用いられる、という事実を述べているに過ぎないため、「用いられる」現在形で訳します。
This contamination work uses a washing method with washing water.

 

キーワード)
・洗浄水による洗浄  「~による」の訳語がポイントになります。「洗浄水を使った洗浄」とリフレーズでき、以下の訳が考えられます。
 a washing method
using washing water
 a washing method
with washing water
withには「~を用いて」という手段を表す意味があります。「~と共に」という意味のみが知られているこの前置詞には他にも様々な意味があることを知っておく必要があります。そうでないと間違った和訳をすることにもなるからです。
  wash a container
with washing water
 容器を洗浄水と共に洗う
という誤訳をしないように気をつけましょう。
・~に使用する

 “use”はいくつかの前置詞を後に置きます。どの前置詞を適切かは翻訳者にとって悩みの種です。候補となる前置詞は以下の通りです。
“use … in”  ~で使用する(~が使われる範囲、「うつわ」を示している。”used in a system”など)
“use … for”  ~に使用する
“use … with” ~と共に使用する
“use … as”  ~として使用する
“used to …”    ~するために使用される
“A device is used to monitor hackers”.
“A device is used for monitoring hackers
“used to”は”used for”と同様のシーンで使われます。to不定詞以下とfor以下は共に、usedの目的を表しているからです。to不定詞を使うことにより、目的であることがより明確になるといわれています。
“A device is used for monitoring hackers”. 
デバイスはハッカーを監視するのに使用される。
“A device is used to monitor hackers”.
 デバイスはハッカーを監視する
ために使用される。
(後の文章の方がよりデバイスの目的が明確になっています)



 


【プロフィール】
奥田百子(おくだももこ)
・外資系銀行を経て特許事務所にて勤務
・現在、奥田国際特許事務所にて、翻訳者、執筆者、弁理士として活躍し、バベル翻訳専門職大学院(USA)では第3科目「特許・技術・医薬翻訳専攻」にて「特許翻訳レベルⅠ(英日)」をプロフェッサーとして担当
・「現代日本執筆者大辞典・第5期」(日アソシエイツ)に掲載されている
・元 弁理士試験委員
<著書>
「ゼロからできるアメリカ特許取得の実務と英語」(秀和システム)
「国際特許出願マニュアル2版」(中央経済社)
「特許翻訳テクニック2版」(中央経済社)
「もう知らないではすまされない著作権」(中央経済社)
「なるほど図解特許法のしくみ(2版)」(中央経済社)
「なるほど図解著作権法のしくみ(2版)」(中央経済社)
「なるほど図解商標法のしくみ(3版)」(中央経済社)
「米国特許法改正のポイント」(中央経済社)
「ネイティブに笑われない英文ビジネスメール」(中央経済社)
「こんなにおもしろい弁理士の仕事(3版)」(中央経済社)
「誰でも弁理士になれる本(4版)」(中央経済社)
「なるほど図解特許法のしくみ第3版」(中央経済社)
「自宅でできる翻訳の仕事」(ペーパーバック+電子書籍、インプレスR&D)
「知的財産関係条約基本解説」(法学書院、2017年1月)
「現代日本執筆者大事典・第5期」(日外アソシエーツ)所載


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