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第8回 すんなり入れる特許翻訳 ― 化学分野の特許翻訳

2019/09/07

特許翻訳入門

第8回 すんなり入れる特許翻訳

- 化学分野の特許翻訳


奥田百子(おくだももこ)
奥田国際特許事務所にて、翻訳者、執筆者、弁理士として活訳し、バベル翻訳専門職大学院(USA)では
第3科目「特許・技術・医薬翻訳専攻」にて「特許翻訳訳レベルⅠ(英日)」をプロフェッサーとして担当
 
            


 今回も化学分野の特許の翻訳です。特開2014-128753号を引き続き訳していきます。
 
文例


Of these malodorous substances, those which occur in large amounts are hydrogen 
sulfide and methyl mercaptan as sulfur compounds which are causes of deterioration 
of working environment around sewage treatment system facilities, complaints of 
neighboring residents, and corrosion of installation and devices, and therefore, 
various measures for preventing bad smelling have been taken.

キーワード)
~の中で     among …, of … 

発生量が多い    occur in large amounts
“~ in large amounts”と訳すことにより、「大量に~する」を表現することができます。
”large amounts of ~”は、「大量の~」を表現することができます。

作業環境             working environment
  
悪化                   deterioration

苦情                   complaints
「苦情」は日本語では「クレーム」ということが多いですが、
英単語のclaimは「主張、要求」を意味するため、苦情の訳語としては適切ではありません。
特に特許翻訳では、特許請求の範囲をclaimsと訳すため、混乱を前くため、
この意味でも使うべきではありません。 

~周辺                around …

悪化                  deterioration

汚泥処理系設備    sewage treatment system facilities
  「~系」は、…system

作業環境            working environment
environmentは不加算名詞であるため、無冠詞で使うことができます。

 
文例

 
Namely, as the conventional measures for preventing bad smelling, a method of preventing bad smelling using nitrite which is an oxidizing agent, and a method of preventing bad smelling using metal salts such as zinc, copper or iron have been known.
  Especially, a method of preventing bad smelling using nitrite is typical and its excellent handling etc. has been widely used (see, for example, Japanese Publication No. 2001-34089)
 


キーワード)
従来の    conventional
酸化剤          an oxidizing agent
亜硝酸塩       nitrite
臭気             bad smelling
亜鉛             zinc
銅                copper
鉄                iron 
金属塩          metal salt
代表的        typical

広く用いられている widely used

「以前から広く用いられてきた」というためには、”has been widely used”

リフレーズ)

「そのハンドリングの良さで知られている」は、訳が難しい印象を受けますが、こういうときは日本語をリフレーズしてから訳します。
「その優れたハンドリングで知られている」を訳せば簡単です。
Its excellent handling has been known
と訳すことができます。

II 化学系のクレームの訳
別の特許出願のクレームを訳してみましょう(特開2015-166702号)

文例)



Claim 1

A detergent for decontamination containing a magnesium compound as an ingredient for separating radioactive materials, and clays or clay minerals as an ingredient for absorbing the separated radioactive materials.

キーワード)
放射性物質                radioactive material

脱離する                 separate
成分                   component, ingredient
マグネシウム化合物  magnesium compound
吸着する                 absorb
粘土                   clay
粘土鉱物                 clay mineral
含有する                 contain
除染用                  for decontamination
除染とは汚染を除去することです。
contaminateが汚染するあり、これを除去するのはdecontaminateです。


洗浄剤                        detergent, cleaning agent

detergentは洗剤、cleaning agentは洗浄剤です。

「放射性物質を脱離する成分としてのマグネシウム化合物と、脱離した放射性物質を吸着する成分としての粘土又は粘土鉱物を含有することを特徴とする除染用洗浄剤」というクレームの構造を見てみましょう。


除染用洗浄剤は、

マグネシウム化合物と粘土又は粘土鉱物を含有し,
マグネシウム化合物=放射性物質を脱離する成分
粘土又は粘土鉱物=脱離した放射性物質を吸着する成分

キーフレーズ)

~を特徴とする
クレームでいつも使われる用語ですが、characterized in thatと訳すことがありますが、
含有する(comprising, containing) でこれを表すことができ、あえて「~を特徴とする」を訳す必要はありません。 

characterized in thatを使って「~を特徴とする」を訳す場合は、以下のようになります。

A detergent for decontamination characterized in that it contains a magnesium compound as an ingredient for separating radioactive materials, and clays or clay minerals as an ingredient for absorbing the separated radioactive materials.

文例



The detergent for decontamination according to Claim 1, wherein the magnesium compound of 5 to 40 percent by weight, the clay or clay minerals of 5 to 40 percent by weight are suspended in water of 20 to 90 percent by weight to form into slurry.


これは従属項であり、請求項1のマグネシウム化合物、粘土、粘土鉱物を水に懸濁してスラリーを形成することを述べているため、これらのことばに「上記」が付いています。つまりこれらを水に懸濁してスラリーを形成する、といって限定しています。

キーワード)
重量%         percent by weightと言う単位です。
5-40重量㌫は、5 to 40 percent by weight
マグネシウム化合物5~40重量%
magnesium compound of 5 to 40 percent by weight

上記
           said, the

マグネシウム化合物のワードは初出でないため、
the magnesium compound of 5 to 40 percent by weight とします。

「前記」はthe, saidのいずれかですが、
「当該」と区別するために「前記」はthe, 「当該」はsaidとして訳し分けます。


重量㌫は、100gの水にどれくらい存在するか(g)を表す単位です。

percent by weightのほか、wt% と記載することもできます。 

5 to 40 percent by weight of a magnesium compoundのように
数量を前に置く記載方法も可能ですが、文章のはじめに数量が出てくると、

Claim 2  5 to 40 percent by weight of a magnesium compound
このような記載の場合にclaim 2の数字と重なって誤解を招くため、
数量は名詞の後に置くことをお勧めします。


Claim 2
 A magnesium compound of 5 to 40 percent by weight of

上記粘土又は粘土鉱物5~40重量%
The clays or clay minerals of 5 to 40 percent by weight

20~90重量%の水

water of 20 to 90 percent by weight

懸濁させる  suspend

懸濁は「濁る」の字からもわかるように、溶けない物質を混ぜることにより、溶けない物質が浮いている状態です。
ここではマグネシウム化合物や粘土、粘土鉱物を水に懸濁させています。
「懸濁させる」は他動詞であり、suspend

粘土を水に懸濁させるのは、suspend clays in water

~をスラリー状を成した   form ~ into a slurry

 スラリーとは固体と液体がドロドロの状態になっていることです。
この文章にあるように、粘土が水に混ざらず泥状になっていることがスラリーです。

 
 スラリー状はslurryであり、~を成すはform …です。


粘土を水に懸濁させてスラリー状と成した

suspend clays into water to form them into slurry
懸濁させることでスラリーを形成するのですから、結果を表すためto不定詞を使うのが最適です。

請求項1に記載の
除染用洗浄剤

The detergent for decontamination according to Claim 1

文例



The detergent for decontamination according to Claim 1 or 2, wherein the magnesium compounds are one or more of magnesium oxide, magnesium hydroxide, magnesium chloride, magnesium sulfide, magnesium hydroxide,
calcium magnesium carbonate, and magnesium sulfate.


キーワード)
magnesium oxide
水酸化マグネシウム

magnesium hydroxide

塩化マグネシウム

magnesium chloride

硫化マグネシウム

magnesium sulfide

炭酸マグネシウム

magnesium carbonate

炭酸カルシウムマグネシウム

calcium
magnesium carbonate

硫酸マグネシウム 

magnesium sulfate

~ の何れか1種以上である

any one or more of

注)「複数の列挙されたもののうち、どれか1種または2種以上」という意味です。
“any one”はどれか一つを意味します。



any one"は、このうち(何れでもよいから)どれか一つ
“any one or more of ”は、このうちどれか一つあるいは2つ以上

明細書やクレームで使われる類似の表現として、

 any one selected from a group consisting of ….  
(~から成る群から選択されるいずれか一種)   
があります。「…」には、Cu, Mg, Ag, Zn … など化学物質が列挙されることが多いです。
 
では次回はこの明細書の「技術分野」を訳していきます。次回までの宿題です。

 本発明は除染用洗浄剤に係り、より詳しくは、脱離作用及び吸着作用により、除染対象物から放射性セシウム等の放射性物質を除去することができると共に、除去した放射性物質を吸着して、他の場所への拡散・再付着を防止することができる除染用洗浄剤に関する。
 


 


【プロフィール】
奥田百子(おくだももこ)
・外資系銀行を経て特許事務所にて勤務
・現在、奥田国際特許事務所にて、翻訳者、執筆者、弁理士として活躍し、バベル翻訳専門職大学院(USA)では第3科目「特許・技術・医薬翻訳専攻」にて「特許翻訳レベルⅠ(英日)」をプロフェッサーとして担当
・「現代日本執筆者大辞典・第5期」(日アソシエイツ)に掲載されている
・元 弁理士試験委員
<著書>
「ゼロからできるアメリカ特許取得の実務と英語」(秀和システム)
「国際特許出願マニュアル2版」(中央経済社)
「特許翻訳テクニック2版」(中央経済社)
「もう知らないではすまされない著作権」(中央経済社)
「なるほど図解特許法のしくみ(2版)」(中央経済社)
「なるほど図解著作権法のしくみ(2版)」(中央経済社)
「なるほど図解商標法のしくみ(3版)」(中央経済社)
「米国特許法改正のポイント」(中央経済社)
「ネイティブに笑われない英文ビジネスメール」(中央経済社)
「こんなにおもしろい弁理士の仕事(3版)」(中央経済社)
「誰でも弁理士になれる本(4版)」(中央経済社)
「なるほど図解特許法のしくみ第3版」(中央経済社)
「自宅でできる翻訳の仕事」(ペーパーバック+電子書籍、インプレスR&D)
「知的財産関係条約基本解説」(法学書院、2017年1月)
「現代日本執筆者大事典・第5期」(日外アソシエーツ)所載


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