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第6回 すんなり入れる特許翻訳-明細書の「課題を解決するための手段」

2019/06/22

特許翻訳入門

第6回 すんなり入れる特許翻訳

-明細書の「課題を解決するための手段」


奥田百子(おくだももこ)
奥田国際特許事務所にて、翻訳者、執筆者、弁理士として活訳し、バベル翻訳専門職大学院(USA)では
第3科目「特許・技術・医薬翻訳専攻」にて「特許翻訳訳レベルⅠ(英日)」をプロフェッサーとして担当
 
            


 前回まで訳してきた明細書である(特開
2004-032605
号)の「課題を解決するための手段」を訳しました。

文例

 このシステムは、仕訳専門の担当者をおくことなく、ユーザから送信された電子メールを自動的に担当者に振り分けるため、振分け処理の遅延によるユーザへの応答遅れを防止できる。

注意点)
「このシステムによれば」とありますが、これをそのまま訳すと
”according to this system”, “in this system”となります。しかし「このシステム」を主語(無生物主語)にすれば、
「このシステムは、~おくことなく、~を振り分けるため、~を防止できる」
のように簡潔に表現することができます。

キーワード)
 「仕訳専門の担当者」   
a person exclusively responsible for sorting
 「仕訳専門の担当者をおく」
assign persons exclusively responsible for sorting
 「担当者をおく」は、「担当者を割り当てる」「担当者を任命する」という意味であるため、
 
assign, allocate(割り当てる), appoint(任命する)を使うことができます。

 しかし「仕訳専門の担当者をおく必要がない」は「仕訳専門の担当者が必要ない」とシンプル化できるため、これらの動詞を省くこともできます。

「~不要とする」  
does not require 
このシステムは「担当者を不要とする」のですが、これまでは担当者がいたが、このシステムの発明により「今後は担当者が不要となる」というニュアンスを込めて、

“this system no longer requires a person in charge”
と訳すとこなれた訳という評価を受けるでしょう。
”no longer”は「これ以上~しない」という意味であり、今後の否定を述べるときによく使われます。否定ですが、動詞は肯定形で使うことに注意しましょう。

「~おくことなく」と表現すると、もっと簡潔に言い表すことができます。
without assigning と訳すことにより、「~を不要とする」という表現の代わりになります。

without assigning 
「振り分け処理の遅延」
delay in a sorting process
「~による」「~に起因して」
due to, because of
「~の遅れ」
delay in
 
“delay ofは、”delay of one week"のように、遅延の期間を述べる場合が多いです。

「ユーザへの応答が滞ることを防止」
 「滞る」 
delay, postpone, suspend, stop
  ここで「滞る」が意味しているのは、返答が「遅れる」「延期される」「ストップする」などの意味です。つまり返答が全くされないのではなく、だいぶ先になるということです。

 “delay”を使ってもよいのですが、”delay in a sorting process”により「delay」ではことばが重なってしまうため、「中断する」の意味があるsuspendを使うことをお勧めします。

“prevent responses to users from being suspended”
“prevent “A” from ~ing”  “A”
が~することを防止する
 suspendは他動詞であるため、”prevent responses from being suspended”
(返答が中断する)という使い方をします。

文例


完成訳

This system can automatically sort emails sent from users to responsible persons without assigning persons exclusively responsible for sorting, and thus prevent responses to users from suspending due to delay in a sorting process.

文例
 また、各担当者からの返信メールが直接メールサーバを通じてユーザに返信されるのではなく、管理サーバ経由で送信される仕組みであるため、個々の担当者のレベルで処理が停滞している場合、管理サーバにおいてこれを確実に検知することができる。
「~という仕組みである」は、このシステムが「~という仕組みである」ことを意味しており、「システム」という主語が省略されています。このような文章を訳すにはいくつかの方法があります。

a systemという主語を補って訳す
・前の文章に
”this system”が既に登場しているため、Itという主語を置く    
という2つの方法があります。

「~という仕組みである」は,

“This system (or It) is designed to
と表現することができます。しかしここでは主語も省略されているし、「仕組みである」を訳さないのも一つの方法です。つまり、
「各担当者からの返信メールが直接メールサーバを通じてユーザに返信されるのではなく、管理サーバ経由で送信される」
 この部分を訳せば、「~という仕組みである」という意味は十分に含まれます。

キーワード)
・返信メール
 return mail
  ここでは「返信メールが~返信される」という文章になっているので、
”Mails are returned to …”と訳せばよいです。
 
・「通じて」「経由で」は同じ意味でありながら、日本語が異なっています。
 訳語も異なるものを使用すべきでしょうか。
 原文の言葉が異なる場合は、訳語も異なるものを使用するのが原則です。しかしどちらも「サーバを通じて」「サーバ経由で」となっているので、意味は同じです。したがって
”via”, “through”という訳語を用いて統一します。 

文例 

 
完成訳  

“Emails from responsible persons are not directly returned to users through a mail server but sent through a management server”.   

文例


キーワード)
・「担当者のレベルで」の訳が難しいです。「担当者の段階でメールの返信が停滞している」ということです。
               
「レベル」は「水準」を意味し、高さを意味します。したがって「レベル」をそのままlevelと訳すのは適切ではありません。「担当者レベルで」は「担当者段階で」と言い換えて訳すべきです。

・停滞している  「現在停滞している」という意味を表すため、現在進行形を使いますが、
「停滞している処理」という受動態の現在進行形であるため、
processes which are being suspended と訳します。

文例

「個々の担当者の段階で停滞している処理は、管理サーバにおいてこれを確実に検知することができる」

 “Processes which are being suspended at the stage of individual responsible persons can be detected by a management server securely”.


 さて以下の示す文章も「課題を解決するための手段」にある文章ですが、特許請求の範囲とほぼ同じです。「課題を解決するための手段」は、特許請求の範囲の記載を繰り返すことが多く、「請求項2に記載した電子メール応答システムは、請求項1を前提とし」というのはまさに請求項2が請求項1に従属していることを示しています。

 下の文章から推測すると、請求項2は、「~手段を備えたことを特徴とする請求項1に記載の電子メール応答システム」と結んでいるはずです。以下の文章は「手段を備えたことを特徴としている」で結んでおり、請求項1の「手段を備えたことを特徴とする」を少し変えて記載しているだけです。

 したがって、「課題を解決するための手段」を訳せば、特許請求の範囲も同時に訳したも同然です。
 では以下の文章を読んでみましょう。これは特許請求の範囲の訳とほぼ同じなので、次回に譲ります。

文例




 


【プロフィール】
奥田百子(おくだももこ)
・外資系銀行を経て特許事務所にて勤務
・現在、奥田国際特許事務所にて、翻訳者、執筆者、弁理士として活躍し、バベル翻訳専門職大学院(USA)では第3科目「特許・技術・医薬翻訳専攻」にて「特許翻訳レベルⅠ(英日)」をプロフェッサーとして担当
・「現代日本執筆者大辞典・第5期」(日アソシエイツ)に掲載されている
・元 弁理士試験委員
<著書>
「ゼロからできるアメリカ特許取得の実務と英語」(秀和システム)
「国際特許出願マニュアル2版」(中央経済社)
「特許翻訳テクニック2版」(中央経済社)
「もう知らないではすまされない著作権」(中央経済社)
「なるほど図解特許法のしくみ(2版)」(中央経済社)
「なるほど図解著作権法のしくみ(2版)」(中央経済社)
「なるほど図解商標法のしくみ(3版)」(中央経済社)
「米国特許法改正のポイント」(中央経済社)
「ネイティブに笑われない英文ビジネスメール」(中央経済社)
「こんなにおもしろい弁理士の仕事(3版)」(中央経済社)
「誰でも弁理士になれる本(4版)」(中央経済社)
「なるほど図解特許法のしくみ第3版」(中央経済社)
「自宅でできる翻訳の仕事」(ペーパーバック+電子書籍、インプレスR&D)
「知的財産関係条約基本解説」(法学書院、2017年1月)
「現代日本執筆者大事典・第5期」(日外アソシエーツ)所載


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