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第5回 すんなり入れる特許翻訳-特許明細書の「従来の技術」

2019/05/22

特許翻訳入門

第5回 すんなり入れる特許翻訳

-特許明細書の「従来の技術」


奥田百子(おくだももこ)
奥田国際特許事務所にて、翻訳者、執筆者、弁理士として活訳し、バベル翻訳専門職大学院(USA)では
第3科目「特許・技術・医薬翻訳専攻」にて「特許翻訳訳レベルⅠ(英日)」をプロフェッサーとして担当
 
            


第5回連載はこの文章の訳から始めましょう。
前回の明細書(特開2004-32605号)にある文章です。




 「レベルのバラツキ」「発せられる危険性がある」ということばをシンプル化します。
                                ⇓スリム化
 対応担当者は、様々なレベルの回答や、相互に矛盾する回答をする場合がある。


キーワード)
・「対応する担当者」
Responsible persons
  ここでは「対応する」は必要なく「担当者」だけを訳します。
 「対応する担当者の回答」は、「担当者の回答」で意味は通じるからです。 「対応する」は「回答を担当する」を意味しているからです。
   「~を担当する者」は、
a person in charge of
   単に「担当者」という場合は、 
a person in charge, a responsible person

・「回答のレベルにバラつきが生じやすい」

 「様々なレベルで回答する」と言い換えてスリム化することができます。
  「バラツキ」とは、バリエーションということです。
もっと簡単にいうと、「様々な」(
various)ということです。
  「様々なレベルで」
at various levels
 「生じやすい」は、「容易に生じる」⇒「生じる可能性が高い」
 
 easilyis likely toを使うことができます。

・「相互に矛盾する」  
contradict each other
  「矛盾する」は
discrepant, contradict, mismatch
discrepant
を使う場合は、
 A discrepant from B
となります。
 
ABに矛盾している。前置詞はfromを使うことがわかります。したがって互いにeach otherという場合も、from each otherとすればよいです。
 
“discrepant from each other”

・危険性がある
 「生じる可能性が高い」と言い換えて、
”is likely to”を使えば、スリム化して訳すことができます。

  


同種の質問について各担当者が個別に調査して回答するため、時間と労力の無駄が生じ易い。
                                                      ⇓スリム化
担当者が同種の質問を個別に調査して回答すると、時間と労力がかかる。


キーワード)
 ・同種の    
similar
 ・各担当者  
 「各担当者」は一人一人の担当者ということですが、この日本語の通りに
”each responsible person”と訳さない方がよいです。
 「一人一人の担当者がメールに返事すると返答に重複が生じる」ということは、「複数の担当者がメールに返事すると返答に重複が生じる」のと同じ意味です。

 もっと簡単な例で考えてみましょう。

「各生徒は門の前に集まってください」
「生徒は門の前に集まってください」
この2つは同じ意味です。つまり「各」は無視してよいことばです。不特定多数の人々を構成する一人一人を指して「各人」といっていますが、各人が集合した多数の人々を指しています。「一人一人の生徒」が門の前に集まって欲しいのではなく、一人一人が集合した複数の生徒に集まって欲しいのです。

 「各担当者がメールに返答する」場合も同様で、「各担当者」が集まった「複数担当者がメールに返答する」ことを指しています。したがって訳語は、

 “responsible persons respond emails”
で充分です。

・時間と労力の無駄
 
“waste time and labor“    時間と労力を無駄にする
 “waste of time and labor”   時間と労力の無駄
 
“time”, “labor”は不可算名詞であるため、複数形にはしません。 
 
“easily”は動詞に付けて「~し易い」の訳語として使えます。
 
“easily waste” 無駄にしやすい

・調査して回答する
 
searches and responds 調査して回答する
 
searches to respond   回答するために調査する
 上記2つのいずれがよいでしょうか? 動作の性質を考えると、ここでは調査はあくまでの回答のための手段です。顧客からのクレームメールに対して、調査しただけで終わることはなく、必ず回答します。したがって調査と回答は並列の動作ではなくため、

searches to respondがよいでしょう。
 ところで
to不定詞は目的を表すため、
searches to respondを日本語に訳すとき、「回答するために調査する」と訳す人もいるでしょう。
 しかしビジネス英語では、
toは時間の前後を表すことが多く、「調査してから回答する」と訳すことが多いです。
つまり 
      

 前の動作から後の動作に時が流れるように訳します。
 
 
open a PC to check emails
  (パソコンを開いてメールをチェックする) 
 (メールをチェックするためにパソコンを開く)
 どちらがよいでしょうか?
  パソコンを開く目的は数多く存在し、メールチェックはその一つに過ぎません。ここでは
to check emailsというように、数ある目的のなかから一つの目的を明確に述べているので、この文章では「メールチェックするためにパソコンを開く」と訳した方が、筆者の意図に沿うことになります。

 もちろん「パソコンを開いてメールチェックする」と訳しても、いかにもメールチェックするためにパソコンを開いたという印象を与えるので、間違いではありません。

 
search information, in order to answer emails
 (情報を検索し、メールに返答する)
  このように「
, in order to」と記載すると、in order toの前の部分を先に訳して欲しいという意図が伝わることになります。
このようにまとめることはできても、明細書はわかりやすく記載することが特許法で定められているため、文章が長くなっても、(1)-(5)のように記載する必要があります。では訳していきます。




 ここからは少し難しいことばが出てきました。しかし特許特有の表現は少なく、それ以外は普通の文章です。
 「この発明は上記問題点を解決するために案出されたものであり、~を目的としている」
という部分が特許特有の言い回しです。この英訳さえ覚えてしまえば、それ以外の文章を普通に訳して肉付けするだけです。
 「この発明は上記問題点を解決するために案出されたものであり、~を目的としている」

The present invention was conceived in order to solve the aforementioned problems and aims at ing.” 
 この定型英訳を覚えておけば、あと簡単です。


キーワード)
・従来の電子メール応答方式が抱える上記の問題点
               ↡

 従来の電子メール応答方式の上記問題点
とスリム化できます。
注)「上記問題点」はこの文章より前に書いてある従来技術の問題点ですが、通常は複数の問題点があります。この発明の従来技術も5つの問題点がありましたね。したがって
problemsと訳します。

 「従来の電子メール応答方式」も複数で記載します。どのメール応答方式であるかは具体的に書いていませんが、従来の方式といったら様々な応答方式を幅広く含んでいるので、複数にしておきます。
 「従来の」
 conventional, traditional
 「方式」    
 measures, ways, means
 「メール応答方式」は「メールに応答するための方式」であり、
methods of responding to emailsと正確には訳しますが、簡潔に表すために、”email responding method”のように一つの単語にしてしまいましょう。

 しかしあまり長い単語を並べて一つの単語をつくることはお勧めできません。
たとえば、「迅速かつ正確にメールに応答するシステム」を
“a quick and correct email responding system”とすることは避けた方がよいでしょう。
 理由は、
”quick and correct”emailを修飾しているとの誤解を与えるからです。つまり「迅速かつ正確なメール」に応答するシステムである、と誤解される可能性があるからです。

・電子メールの振分け作業を自動化すると共に、各担当者における処理状況を監視でき、さらに回答内容の統一化と回答作業の効率化を実現可能な電子メール応答技術を提供する
 「電子メールの振り分け作業を自動化する」
 「各担当者における処理状況を監視できる」
 「回答内容の統一化と効率化を実現可能」
 この3つの動作ができるメール応答技術であることが記載されています。これを訳すときは技術英語特有の無生物主語を使います。主語は「メール応答技術」です。

 しかしここで注意すべきなのは、「技術」が「自動化できる」「監視できる」「統一化と効率化を実現できる」のではなく、「技術」が「自動化」「監視」「効率化」を実現可能であるということです。技術は手段であるため、何かの動作をそれ自身が行うのではなく、システムや機械、装置などに何かの動作を実現させる役割を持ちます。一方、システムや機械、装置であればそれ自身が主語になることができます。説明だけではわかりにくいので、訳文を示します。

 メール応答技術は、電子メールの振り分け作業を自動化できる
              各担当者における処理状況を監視できる
                              回答内容の統一化と回答作業の効率化を実現できる

 技術は自動化、監視などの動作を別の装置を介して実現する手段です。「実現(
realize)」のほかに「達成 (attain)」を使ったり、”for”を使うこともあります。「~するための技術」という意味合いです。
 technology for automating works for sorting emails
          monitoring responsible persons’ processing states
                          realizing unification of contents of responses and efficiency
       of response works
 
 

 


【プロフィール】
奥田百子(おくだももこ)
・外資系銀行を経て特許事務所にて勤務
・現在、奥田国際特許事務所にて、翻訳者、執筆者、弁理士として活躍し、バベル翻訳専門職大学院(USA)では第3科目「特許・技術・医薬翻訳専攻」にて「特許翻訳レベルⅠ(英日)」をプロフェッサーとして担当
・「現代日本執筆者大辞典・第5期」(日アソシエイツ)に掲載されている
・元 弁理士試験委員
<著書>
「ゼロからできるアメリカ特許取得の実務と英語」(秀和システム)
「国際特許出願マニュアル2版」(中央経済社)
「特許翻訳テクニック2版」(中央経済社)
「もう知らないではすまされない著作権」(中央経済社)
「なるほど図解特許法のしくみ(2版)」(中央経済社)
「なるほど図解著作権法のしくみ(2版)」(中央経済社)
「なるほど図解商標法のしくみ(3版)」(中央経済社)
「米国特許法改正のポイント」(中央経済社)
「ネイティブに笑われない英文ビジネスメール」(中央経済社)
「こんなにおもしろい弁理士の仕事(3版)」(中央経済社)
「誰でも弁理士になれる本(4版)」(中央経済社)
「なるほど図解特許法のしくみ第3版」(中央経済社)
「自宅でできる翻訳の仕事」(ペーパーバック+電子書籍、インプレスR&D)
「知的財産関係条約基本解説」(法学書院、2017年1月)
「現代日本執筆者大事典・第5期」(日外アソシエーツ)所載