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第4回 すんなり入れる特許翻訳-特許明細書の「従来の技術」

2019/04/22

特許翻訳入門

第4回 すんなり入れる特許翻訳

-特許明細書の「従来の技術」


奥田百子(おくだももこ)
奥田国際特許事務所にて、翻訳者、執筆者、弁理士として活訳し、バベル翻訳専門職大学院(USA)では
第3科目「特許・技術・医薬翻訳専攻」にて「特許翻訳訳レベルⅠ(英日)」をプロフェッサーとして担当
 
            

本日は、明細書(特開2004-32605号)の「発明が解決しようとする課題」を訳します。


これはとても長いので、以下のように簡単にまとめます。
  


 このようにまとめることはできても、明細書はわかりやすく記載することが特許法で定められているため、文章が長くなっても、(1)-(5)のように記載する必要があります。では訳していきます。

文章1


  
 
This conventional processing method has, however, the following problems:

キーワード)
 「従来の」      
conventional
 「処理方式」    
processing method
 「問題がある」  
have problems 
 「問題点がある」という表現がとられることもありますが、これも「
have problems」でよいです。
 問題点は複数あるのが通常です。実際にこの明細書でも5つの問題点が挙がっているので、複数形にすることが多いです。
 「しかし」は文頭に置かれていても、
”the present invention has, however,“のように、動詞の後に置くスタイルをとるネイティブの文章をよく見かけます。

注意すべき点)
 「問題があった」と日本語では表現されていますが、この問題は過去のことではなく、この明細書を書いた時点でも続いているのが通常です。特にこの従来技術の問題点のように、メールを複数の担当者に振り分けることは現在でも行われているため、
”has problems”と訳します。
 また「この方法には従来、問題点があった」という文章が書かれていたとしても、「従来」は訳しません。

文章2


                
 ⇓スリム化
 
電子メールを担当者に振り分けることが不可欠だが、時間と労力がかかる。
                 
⇓ 訳
 Allocating emails to responsible persons is indispensable but takes time and labor.  


文章3


                         ⇓スリム化
  
電子メールを最適な担当者に振り分けるには、一定の経験が必要である。
                         ⇓ 訳
 
Allocating emails to optimum responsible persons requires certain experience.

キーワード)
 「振り分ける」
allocate, assign
 コピー機のソーター
(sorter)から、sortという単語も思い浮かびますが、これは「分類する」という意味の単語であり、「(電子メールの対処を)担当者に割り当てる」という意味での「振り分け」の訳語としては意味が異なります。
 
allocateやassignは「割り当てる」という意味があり、これらの訳語を使うことができます。このように日本語では「振り分ける」といっても、真に何を意味しているかを考えて訳す必要があります。

文章4



                                                       ⇓スリム化
   
仕訳担当者の不在中に届いた大量の問合せメールの返答が遅れる場合がある。

キーワード)
・「仕訳」は簿記で使うことばであり、「仕訳」と聞いてこれを思い浮かべる人もいるでしょう。しかしこの文章では、前文からの続きで「メールを担当者に割り当てる」ことを意味しています。前の文章から意味を考えて訳すことも必要です。
 訳語は前文と同じ「
allocate, assign」です。
・「対応」は、翻訳では訳語が最も難しい単語と言っても過言ではありません。日本語では「対応」ということばは頻繁に使われますが、複数の意味があります。
 「この案件に対応可能ですか?」
 「店の対応が悪い」
 「Windows〇〇に対応可能のソフト」
 「苦情に対応する」
など様々なシーンで使われるため、場面に応じて意味を考えて訳します。
「メールに対応する」は「メールに返答する」ということです。
・「メールに返答する」
 
respond to emails 
・「届いたメール」
 「届いた」とは受信者側から見たいい方ですから、received emailsです。sent emailsと訳すと、送信者側が「送信したメール」です。 
・「問合せメール」
 inquiry emails
・「遅れる」
delay
「仕訳担当者の不在中に届いた大量の問合せメールの返答が遅れる場合がある」
 
Responding to many received inquiry emails in the absence of a person responsible for allocating emails may be delayed.

文章5


                                                           ⇓スリム化
 担当者に転送された電子メールの処理は担当者に委ねられ、監視されない。このため返答を忘れる場合がある。

 Responding to emails transferred to responsible persons is left to them without being monitored, and so may be forgotten.
 この文章では、以下の2人の主体が記載されていませんが、存在します。
①電子メールを転送した振り分け担当者(第1文の主語)
②返答担当者(第2文の主語)
 ①②の主体は前の文章から想定できるため、記載されていません。英訳するときは、これらの主語を探して記載することはせずに、メールを主語にして受動態で訳せば、文章を簡潔にすることができます。

キーワード )
・「転送する」
transfer
・「任せる」     
leave, entrust, commission
 「貴方にお任せします」  
I leave it to you.
という表現からわかるように、leaveには「任せる」という意味があります。
entrustは「委託する」というもっと硬い表現であり、仕事の依頼の場面で使われます。メールの返事を任せるのは仕事ですから、entrustでもよいです。

予備知識1) 「担当者にメールを転送した後は、担当者に委ねられる」

 

 この文章を訳す場合、「~の後」を「
after~」と訳さずに、動詞の過去形と現在形を使うだけで、うまく時間の前後を表すことができます。

 上図のような時系列の場合、動詞の時制を使い分けることで、afterを使わずに時間の前後関係を表すことができます。 
 
Emails that were transferred are being handled.
  (転送されたメールは、現在処理されている)
  これは、処理されている現時点を基準
に述べている文章です。
 
Emails that were transferred are handled by Mr. Okuda.
  (転送されたメールは、奥田氏により処理される)
 これは、転送されたメールは奥田という人により処理される、という一般的な役割分担を述べた文章です。
 これら2つの文章は、afterを使わずに動詞の過去形と現在形により、うまく時間の前後を表しています。
                ⇓さらにスリム化

Transferred emails are being handled              
Transferred emails are handled by Mr. Okuda.
“transferred emails”
と表現することにより、過去に転送されたメールであることがわかります。
“transferred emails”と表現することにより、過去に転送されたメールであることがわかります。

予備知識2)担当者に転送された電子メールの処理は担当者に委ねられ、監視されない。
 この文章では、何が「監視されない」のでしょうか?
 メールではなく、「担当者によるメールの処理が監視されない」と述べています。したがって、 

“Transferred emails are not monitored”(×) 
“Handling of emails are not monitored”(○)

そうすると、「転送されたメールは奥田氏が処理する。彼の処理は監視されない」という文章を英訳するには、2つの文章を作成せざるを得ません。

 “Transferred emails are handled by Mr. Okuda. His handling is not monitored”.
このように2つの文章にしないために、
withoutwhichを使って1つの文章にすることができます。
“Transferred emails are handled by Mr. Okuda without being monitored”.
“Transferred emails are handled by Mr. Okuda, which is not monitored”.
which
前にコンマを付することにより、前の文章全体を指すことができます。つまり「奥田によるメールの処理が監視されない」という意味になります。

予備知識3)返答漏れが発生する危険性がある。
 「返答を忘れる場合がある」とスリム化することができます。
 原文のまま訳すと、「返答漏れ」「発生」「危険性がある」という単語をすべて訳すことになってしまいます。「危険性がある」はthere is a risk of …と訳され、硬い文章になります。「危険性」を「可能性」に置き換えてよいくらいです。

 なぜ敢えて「危険性」ということばを使ったのでしょうか?
 メールの返答漏れが生じることは危険であり、そのことを強調したかったからです。
 しかし英文ではそこまで日本語作成者の気持ちを汲み取る必要はなく、それよりもスリム化英語を目指すのであれば、
 
Responding emails may be forgotten. 
 (メールの返答は忘れられる場合がある)
 
Responsible persons may fail to respond emails.
 (担当者はメールに返答しない場合がある)
  
“fail to~“は「~をし損ねる」「~をしない」という場合に使える便利なフレーズです。
 


【プロフィール】
奥田百子(おくだももこ)
・外資系銀行を経て特許事務所にて勤務
・現在、奥田国際特許事務所にて、翻訳者、執筆者、弁理士として活躍し、バベル翻訳専門職大学院(USA)では第3科目「特許・技術・医薬翻訳専攻」にて「特許翻訳レベルⅠ(英日)」をプロフェッサーとして担当
・「現代日本執筆者大辞典・第5期」(日アソシエイツ)に掲載されている
・元 弁理士試験委員
<著書>
「ゼロからできるアメリカ特許取得の実務と英語」(秀和システム)
「国際特許出願マニュアル2版」(中央経済社)
「特許翻訳テクニック2版」(中央経済社)
「もう知らないではすまされない著作権」(中央経済社)
「なるほど図解特許法のしくみ(2版)」(中央経済社)
「なるほど図解著作権法のしくみ(2版)」(中央経済社)
「なるほど図解商標法のしくみ(3版)」(中央経済社)
「米国特許法改正のポイント」(中央経済社)
「ネイティブに笑われない英文ビジネスメール」(中央経済社)
「こんなにおもしろい弁理士の仕事(3版)」(中央経済社)
「誰でも弁理士になれる本(4版)」(中央経済社)
「なるほど図解特許法のしくみ第3版」(中央経済社)
「自宅でできる翻訳の仕事」(ペーパーバック+電子書籍、インプレスR&D)
「知的財産関係条約基本解説」(法学書院、2017年1月)
「現代日本執筆者大事典・第5期」(日外アソシエーツ)所載