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第3回 すんなり入れる特許翻訳-特許明細書の「従来の技術」

2019/03/22

特許翻訳入門

第3回 すんなり入れる特許翻訳

-特許明細書の「従来の技術」


奥田百子(おくだももこ)
奥田国際特許事務所にて、翻訳者、執筆者、弁理士として活訳し、バベル翻訳専門職大学院(USA)では
第3科目「特許・技術・医薬翻訳専攻」にて「特許翻訳訳レベルⅠ(英日)」をプロフェッサーとして担当
 
            

 
それでは第3回は、特許明細書の「従来の技術」を翻訳します。
 宿題として出しておいた以下の文章はお読みになったでしょうか? 以下を丁寧に訳していくので、読んでいなくても大丈夫です。





従来の技術とは?
 「従来の技術」とは、今出願しているこの発明の技術分野では、どのような既存の技術があるかを記載する項目です。そして実際の既存技術の例を挙げます。通常は、先行特許、先行特許出願(出願は出願日から1年6か月後に「出願公開」されます。それまでは出願内容は秘密にされます。出願公開は公報に出願書類全文を掲載するものであり、この公報を「出願公開公報」といいます。)を先行技術として挙げます。

 出願公開公報を見て第三者(つまり出願人以外の者)は、「このような発明が出願された」ということを初めて知ります。
  



  
 このように、出願された発明を掲載した出願公開公報が発行されます。原則としてすべての出願は1年6か月後に自動的に公開されるため、公開公報の量は膨大です。このなかから出願する発明の先行技術を見つける必要があります。これが「特許検索」であり、日本特許庁ウエブサイト「
J-PlatPat(特許情報プラットフォーム)」(独立行政法人工業所有権情報・研修館(INPIT))で行います。

  


  URⅬ:https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/all/top/BTmTopPage
 

公開公報の他に、特許が発行されると「特許掲載公報」が発行されます。つまり、
・出願公開公報=出願日から
1か月後に出願公開される際に発行される公報
・特許掲載公報=審査に通り、特許になった際に発行される公報という
2種類の公報が
あります。


  「出願公開公報」と「特許掲載公報」の内容は同じでしょうか。
出願公開時の出願内容=特許発行時の出願内容
 であれば、当然、両公報は同じものを掲載しているのですが、出願公開後に特許請求の範囲や明細書を補正することがあります。というより、補正することの方が多いです。なぜなら、出願公開後に拒絶理由通知がされるものは
90%であり、これを覆すには補正するのが通常だからです。 

基礎知識を得たところで、訳しましょう。
【従来の技術】
  [Prior Art] 
・インターネットの爆発的な普及に伴い、
With the explosive spread of the Internet,

・コミュニケーション手段としての電子メールの重要性が増大してきており、
significance of emails as communal tools has been increasing,

・ユーザと企業との間の連絡にも電子メールが多用されている。
emails are often used for communication between users and companies.

・例えば、ある企業の
Webサイトにアクセスし、そこに掲載された特定の商品について疑問を持ったユーザは、Webページ中のメールアドレス宛てに質問の電子メールを送信する。
 For example, a user who accessed a certain company’s website and had a question about a certain product posted thereon sends a questioning email to an email address posted on the webpage.  
   

・これを受けた企業の担当者は、回答文が記載された返信メールを作成し、当該ユーザのメールアドレス宛に送信する。
 A person in charge in the company who received this email writes and sends a response email describing an answer to the user’s email address. 


「回答文が記載された返信メールを作成し、当該ユーザのメールアドレス宛に送信」
 この文章のエッセンスは、「返信メールを作成し、送信する」です。

                      writes and sends a response email

 このように動詞を2つ並べてしまいましょう。
 日本語で「返信メールを作成し、メールアドレス宛に送信する」となっていると、

「writes a response email and sends it to an email address」

のように日本語の順序でそのまま訳したくなります。

 しかし、
itという代名詞を使う必要が生じ、これが何を指すかを読者に推測してもらう手間を合与えてしまいます。
 “to an email address“は”send”の目的地を表すものであり、writeとは関係ありませんが、それでも簡潔に
するために、
 “writes and sends an email to an email address”

 と訳します。

・「ユーザから寄せられる電子メールの数が比較的少ない中は、手の空いたスタッフが交代で対応すれば間に合う」
  この長い文章はどう訳すでしょうか?
  「少ない中は」「間に合う」など訳しにくいフレーズが複数あり、どこから手をつけてよいかわかりません。
 こういうときは、日本語をいじって訳しやすいように書き換えましょう。結局この文章は何がいいたいのか素直に書けばよいです。日本語をスリム化します。
  「比較的少ないユーザからのメールは、時間のあるスタッフが対応すればよい」
  これ以上スリム化できない文章になりました。
  「比較的少ない」
  「ユーザからのメール」=「ユーザのメール」
  「時間のあるスタッフ」
  「対応すればよい」
 この
つの言葉はどうしても落とせません。
    “A comparatively small number of”
   ”users’ emails”
  ”the staff who have time”
  ”may be handled”

    あとはつなげるだけです。
“A comparatively small number of users’ emails may be handled by the staff who have time”.


・企業規模が大きくなり、その認知度が高まってくると毎日大量の電子メールが届くようになるため、大勢の専任担当者を置いて分担処理する必要が生じる。
「企業規模が大きくなる」「認知度が高まる」は、「企業が大きくなる」「有名になる」と言い換えることができます。

”The company size becomes larger”, “its awareness is raised”ではあまりに堅い英文です。

  ではスリム化して訳しましょう。以下の英文ができあがりました。

 “A company which has become larger and famous receives a large amount of emails every day and then have to assign many persons exclusively responsible for making responses in sharing”.


 このように、「大きくなり、有名になった企業は、毎日多くの電子メールを受信するため、分担して返答する多くの専従者を置く必要がある」という文章にスリム化して訳しています。

「大勢の専任担当者を置いて分担処理する必要が生じる」を「分担して返答する多くの専従者を置く必要がある」と言い換えて訳しているところがミソです。

・この場合、通常は仕訳専門の担当者が一旦全ての電子メールを受信し、内容に応じて各担当者に転送し、返信メールの作成及び送信を依頼することとなる。

“In this case, persons exclusively responsible for sorting ordinarily receive all emails once, and transfer them to persons in charge in accordance with their contents to have them drafted and sent return mails”.
 ここで注意すべきは「各担当者」は「返信担当者」を意味しており、「仕訳専門の担当者」ときちんと訳し分けが必要ということです。そこで、
”persons exclusively responsible for sorting””persons in charge”と訳し分けました。
 
 今回はここまでにしておきましょう。次回は以下を訳します。

 
「【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、この従来の処理方式では以下の問題があった。
(1)電子メールを各担当者に振り分ける作業が不可欠であり、そのための手間暇が掛かることはもちろんのこと、電子メールの内容に応じて最適の担当者に振り分けるには一定の経験を要する。
(2)仕訳担当者が不在のときに大量の問い合せメールが届いた場合、対応が遅れる危険性がある。
(3)電子メールを一旦各担当者に転送した後は、その処理状況を監視することができず、担当者任せとなってしまう。このため、返答漏れが発生する危険性がある。
(4)対応する担当者によって回答のレベルにバラツキが生じ易く、また相互に矛盾する回答が発せられる危険性がある。
(5)同種の質問について各担当者が個別に調査して回答するため、時間と労力の無駄が生じ易い。」






 


【プロフィール】
奥田百子(おくだももこ)
・外資系銀行を経て特許事務所にて勤務
・現在、奥田国際特許事務所にて、翻訳者、執筆者、弁理士として活躍し、バベル翻訳専門職大学院(USA)では第3科目「特許・技術・医薬翻訳専攻」にて「特許翻訳レベルⅠ(英日)」をプロフェッサーとして担当
・「現代日本執筆者大辞典・第5期」(日アソシエイツ)に掲載されている
・元 弁理士試験委員
<著書>
「ゼロからできるアメリカ特許取得の実務と英語」(秀和システム)
「国際特許出願マニュアル2版」(中央経済社)
「特許翻訳テクニック2版」(中央経済社)
「もう知らないではすまされない著作権」(中央経済社)
「なるほど図解特許法のしくみ(2版)」(中央経済社)
「なるほど図解著作権法のしくみ(2版)」(中央経済社)
「なるほど図解商標法のしくみ(3版)」(中央経済社)
「米国特許法改正のポイント」(中央経済社)
「ネイティブに笑われない英文ビジネスメール」(中央経済社)
「こんなにおもしろい弁理士の仕事(3版)」(中央経済社)
「誰でも弁理士になれる本(4版)」(中央経済社)
「なるほど図解特許法のしくみ第3版」(中央経済社)
「自宅でできる翻訳の仕事」(ペーパーバック+電子書籍、インプレスR&D)
「知的財産関係条約基本解説」(法学書院、2017年1月)
「現代日本執筆者大事典・第5期」(日外アソシエーツ)所載