ブックフェア2018 inフランクフルト レポート ー 竹島レッカー由佳子
2018/11/07
ブックフェア2018 inフランクフルト レポート
竹島レッカー由佳子(翻訳者、バベル翻訳専門職大学院修了)
ドイツに住む私にとって秋の恒例行事といえば、ワインテイスティングとブックフェア。お酒がからっきしダメでも、積読の山をいっこうに解消できなくても、それでも毎年いそいそと出かけます。
フランクフルトのブックフェアは毎年10月半ばに5日間に渡って開催されます。世界各国から出版関係者や著者、イラストレーター、翻訳家、メディア業者などが集まり、参加者がそれぞれ書籍を発表し、一方で版権売買の取引なども行なわれています。開催期間後半の週末は一般に公開されています。
国際色豊かで熱気ムンムンのフランクフルト・ブックフェアは、本好きにとってはまるでディズニーランドのようなものです。毎年100か国以上から少なくとも7000社の出版社・メディア企業が出展、そして今年の来場者は28万5000人にも上り、まさしく世界最大の本の祭典です。
戦後の1949年に開催され、今年で70回目となったこのブックフェア、その歴史は実のところもっと深く、15世紀半ばにグーテンベルクがマインツで印刷機を発明した頃、近くのフランクフルトで地元の書籍商が開催した見本市が起源だといわれています。

今年2018年のモットーは “I’m on the same page”(直訳=「私は同じページにいる」)。近年大きな運動に発展した「#MeToo」を思い起こさせる(と思うのは私が女性だからかもしれませんが)、政治色の強いモットーです。オープニングの式典では、話題のナイジェリア人女性作家、チママンダ・ンゴズィ・アディーチェが講演を行い、「Art can illuminate politics(芸術は政治を明るく照らすことができる)」「This is a time for boldness in storytelling(物語に豪胆さが必要な時代です)」と述べました。続いて、ドイツ出版社・書籍販売店協会の会長も人権問題に関して出版業界が担う役割を強調しました。文芸にも声があることを改めて気づかせてくれるメッセージです。

(来場者がモットーの横にメッセージを書き込んでいます)
さて、会場に着いて、最初に私が行なうのは当日のイベントチェックです。というのもフランクフルト・ブックフェアでは書籍の展示のみならず、フォーラムや朗読会、作家や業界関係者へのインタビューも数々行われているからです。その日もドイツ公共放送連盟ARDのホールでは、公開録画としてトーマス・マンの孫にあたるフリード・マンへのインタービュー、オーディオブックの録音風景、ドキュメンタリー映画などを観ることができました。同行した本好きな13歳のわが長女によると、日本でも『エーミールと探偵たち』で知られる児童文学作家、エーリッヒ・ケストナーとその時代を描いた映画では、ケストナーがヒトラー政権下でひそかに綴っていた記録書『Das blaue Buch』にまつわる逸話も紹介され、ファンにとっては彼の作品の背景を知る機会となったようです。
野外パビリオンでは朗読会などが行なわれています。その日、私が訪れたのは、近年ドイツの子どもに人気のある『Wood Walker』。会場は10~12歳ほどと思われるファンの子どもたちで埋め尽くされていました。『Wood Walker』は変身能力者で人間とピューマに姿を変えることのできる少年を主人公としたファンタジー作品です。著者であるカティア・ブランディスが数節を朗読しました。また、本書の舞台となった中米コスタ・リカの森でのリサーチや、そこで生まれたアイディアなど、エピソードも披露しました。

フランクフルト・ブックフェアで誰もが注目しているのは、ドイツ児童文学賞の発表と授賞式でしょう。ドイツ児童文学賞は、ドイツ語による作品の著者のみならず、世界の卓越した作品にも授与されます。10月12日に発表された2018年度受賞作品は次のとおりです。
絵本部門
Der siebente Bruder(英題:The Heartless Troll ノルウェー語からの翻訳)、文・イラスト:オイヴィン・トールシェーテル
児童書部門
Viele Grüsse, Deine Giraffe(邦題:ぼくはアフリカにすむキリンといいます 日本語からの翻訳)文:岩佐めぐみ
ヤングアダルト部門
Als ich mit Hitler Schnapskirschen aß 文:マーニャ・プレーケルス
ノンフィクション部門
Der Dominoeffekt (イタリア語からの翻訳)文:ジャヌンベルト・アッチネッリ
青少年審査委員賞
The Hate You Give(邦題:ザ・ヘイト・ユー・ギヴ 英語からの翻訳)文:アンジー・トーマス
今回、児童書部門で受賞したのは、岩佐めぐみさんの『ぼくはアフリカにすむキリンといいます』(2001年刊行 偕成社)のドイツ語訳です。翻訳本の受賞とはいえ、岩佐さんの文学性が高く評価されました。
審査員は決定の理由を次のように述べています。
「優れた低学年向けの本を見つけるのは難しい。複雑な言葉の表現を減らすために、作品の文 学性を削ってしまうことは少なくない。しかし、『ぼくはアフリカにすむキリンといいます』は例外だ。
岩佐めぐみ氏は初めて児童書を読む子どものための文学を創り上げた。また、彼女の文章は、 どのように読者の概念が形成されていくかを明確に表している。クジラ以外見たことのない
ペンギンが、どのように長い首をもつ動物を想像するのか? 反復や変化の原理が手紙の交換という形によって、うまく背景に組み込まれている」(ドイツ語からの一部抜粋)
(手前が岩佐さんのドイツ語受賞作品。イラストはイェルク・ミューレが手がけました)
会場でも多くの日本文学作品の翻訳版や原書が展示されていました。年々、日本の作品の存在感が高まっている印象を受けます。今年度、角野栄子さんの国際アンデルセン賞受賞に続き、岩佐めぐみさんのドイツ児童文学賞受賞ということで、日本文学のさらなる世界への飛躍を心から願います。
毎年、児童書・ヤングアダルトのホールは、大人が見ても胸が躍るような、すてきな作品で埋め尽くされています。今年、膨大な量の中から、私の心に残った児童書を以下にご紹介します。
(「ウンチソーセージ製造工場」と題された絵本。
原書はオランダ語です。
食べ物の消化から排出までのプロセスが描かれています。
子どもはなぜかウンチが好きですが、この本を読むともっと喜ぶでしょう)

(著者は人気児童文学作家、キルステン・ボイエ。
小学生読者を対象とした、両親とともにシリアを脱出した難民の兄弟の物語です。
歳若い読者に現代の戦争を伝えます。アラビア語とドイツ語で書かれています)
児童書・ヤングアダルトの会場、そして小説・ノンフィクションの会場を回っているうちにあっという間に閉場時間が近づきました。いったん外に出て、コスプレの若者たちが夕暮れのピクニックを楽しむ中央広場を横切り、インターナショナル・パブリッシングのホールへ急ぎます。
インターナショナル・パブリッシングでは、それぞれのブースの規模もプレゼンテーションの仕方も大きく異なり、まさしく国際色豊か。今まであまり係わりのなかった国のブースを訪れ、美しい装丁の本を手に取ると、この国にはどんな本屋があるのだろう、どんな人がこの本を読むのだろう、などと想像が膨らみ、その国の言葉を理解できないことが、むしょうに悔しくなってきました。その国を訪れずして、その文化に触れることができるのは、本の醍醐味です。とはいえ、言葉を理解できなければ、偏った想像だけで終わってしまいます。
最後に訪れた国際ブースで改めて感じたのは、言葉は文化であり、言葉を連ねた本は声である、ということ。そして、そこでの翻訳の役割も忘れてはいけません。翻訳は原書の「声」を他文化の人に届ける手段です。その声に共感してくれる人を増やすために、私たち翻訳者は翻訳に勤しむのです。

(カラフルなハンガリーのブースに目を奪われました)

(フェロー諸島のブース。動物を主体にした絵本が多かったように思います)

(ポーランドの絵本は色といいデザインといい、勢いを感じさせます)
フランクフルト・ブックフェアに興味のある方は、下記のサイトをご覧ください。
主催者情報(英語)
https://www.buchmesse.de/en
チママンダ・ンゴズィ・アディーチェのスピーチ(英語)
https://www.youtube.com/watch?v=UGV7315Pztw
ARD公開録画の視聴(ドイツ語)
https://www.hessenschau.de/kultur/buchmesse/ard-programm/index.html
ドイツ児童文学賞(ドイツ語および英語)
http://www.djlp.jugendliteratur.org/english_key_facts-27.html
竹島レッカー由佳子
英語・ドイツ語翻訳者。米国オハイオ州立大学言語学科卒業。独ボン大学翻訳科で学んだのち、バベル翻訳大学院(USA)で米国翻訳修士号を取得。児童書、料理本などの下訳や共訳のほか、スポーツ・アパレル・音楽・教育・産業関連の実務翻訳に幅広く携わる。訳書として、『身近にいる「やっかいな人」から身を守る方法』(あさ出版)、『私は逃げない~シリアルキラーと戦った日々』(バベルプレス)などがある。ドイツ・ハイデルベルク在住。
竹島レッカー由佳子(翻訳者、バベル翻訳専門職大学院修了)
ドイツに住む私にとって秋の恒例行事といえば、ワインテイスティングとブックフェア。お酒がからっきしダメでも、積読の山をいっこうに解消できなくても、それでも毎年いそいそと出かけます。
フランクフルトのブックフェアは毎年10月半ばに5日間に渡って開催されます。世界各国から出版関係者や著者、イラストレーター、翻訳家、メディア業者などが集まり、参加者がそれぞれ書籍を発表し、一方で版権売買の取引なども行なわれています。開催期間後半の週末は一般に公開されています。
国際色豊かで熱気ムンムンのフランクフルト・ブックフェアは、本好きにとってはまるでディズニーランドのようなものです。毎年100か国以上から少なくとも7000社の出版社・メディア企業が出展、そして今年の来場者は28万5000人にも上り、まさしく世界最大の本の祭典です。
戦後の1949年に開催され、今年で70回目となったこのブックフェア、その歴史は実のところもっと深く、15世紀半ばにグーテンベルクがマインツで印刷機を発明した頃、近くのフランクフルトで地元の書籍商が開催した見本市が起源だといわれています。

今年2018年のモットーは “I’m on the same page”(直訳=「私は同じページにいる」)。近年大きな運動に発展した「#MeToo」を思い起こさせる(と思うのは私が女性だからかもしれませんが)、政治色の強いモットーです。オープニングの式典では、話題のナイジェリア人女性作家、チママンダ・ンゴズィ・アディーチェが講演を行い、「Art can illuminate politics(芸術は政治を明るく照らすことができる)」「This is a time for boldness in storytelling(物語に豪胆さが必要な時代です)」と述べました。続いて、ドイツ出版社・書籍販売店協会の会長も人権問題に関して出版業界が担う役割を強調しました。文芸にも声があることを改めて気づかせてくれるメッセージです。

(来場者がモットーの横にメッセージを書き込んでいます)
さて、会場に着いて、最初に私が行なうのは当日のイベントチェックです。というのもフランクフルト・ブックフェアでは書籍の展示のみならず、フォーラムや朗読会、作家や業界関係者へのインタビューも数々行われているからです。その日もドイツ公共放送連盟ARDのホールでは、公開録画としてトーマス・マンの孫にあたるフリード・マンへのインタービュー、オーディオブックの録音風景、ドキュメンタリー映画などを観ることができました。同行した本好きな13歳のわが長女によると、日本でも『エーミールと探偵たち』で知られる児童文学作家、エーリッヒ・ケストナーとその時代を描いた映画では、ケストナーがヒトラー政権下でひそかに綴っていた記録書『Das blaue Buch』にまつわる逸話も紹介され、ファンにとっては彼の作品の背景を知る機会となったようです。
野外パビリオンでは朗読会などが行なわれています。その日、私が訪れたのは、近年ドイツの子どもに人気のある『Wood Walker』。会場は10~12歳ほどと思われるファンの子どもたちで埋め尽くされていました。『Wood Walker』は変身能力者で人間とピューマに姿を変えることのできる少年を主人公としたファンタジー作品です。著者であるカティア・ブランディスが数節を朗読しました。また、本書の舞台となった中米コスタ・リカの森でのリサーチや、そこで生まれたアイディアなど、エピソードも披露しました。

フランクフルト・ブックフェアで誰もが注目しているのは、ドイツ児童文学賞の発表と授賞式でしょう。ドイツ児童文学賞は、ドイツ語による作品の著者のみならず、世界の卓越した作品にも授与されます。10月12日に発表された2018年度受賞作品は次のとおりです。
絵本部門
Der siebente Bruder(英題:The Heartless Troll ノルウェー語からの翻訳)、文・イラスト:オイヴィン・トールシェーテル
児童書部門
Viele Grüsse, Deine Giraffe(邦題:ぼくはアフリカにすむキリンといいます 日本語からの翻訳)文:岩佐めぐみ
ヤングアダルト部門
Als ich mit Hitler Schnapskirschen aß 文:マーニャ・プレーケルス
ノンフィクション部門
Der Dominoeffekt (イタリア語からの翻訳)文:ジャヌンベルト・アッチネッリ
青少年審査委員賞
The Hate You Give(邦題:ザ・ヘイト・ユー・ギヴ 英語からの翻訳)文:アンジー・トーマス
今回、児童書部門で受賞したのは、岩佐めぐみさんの『ぼくはアフリカにすむキリンといいます』(2001年刊行 偕成社)のドイツ語訳です。翻訳本の受賞とはいえ、岩佐さんの文学性が高く評価されました。

「優れた低学年向けの本を見つけるのは難しい。複雑な言葉の表現を減らすために、作品の文 学性を削ってしまうことは少なくない。しかし、『ぼくはアフリカにすむキリンといいます』は例外だ。
岩佐めぐみ氏は初めて児童書を読む子どものための文学を創り上げた。また、彼女の文章は、 どのように読者の概念が形成されていくかを明確に表している。クジラ以外見たことのない
ペンギンが、どのように長い首をもつ動物を想像するのか? 反復や変化の原理が手紙の交換という形によって、うまく背景に組み込まれている」(ドイツ語からの一部抜粋)
(手前が岩佐さんのドイツ語受賞作品。イラストはイェルク・ミューレが手がけました)
会場でも多くの日本文学作品の翻訳版や原書が展示されていました。年々、日本の作品の存在感が高まっている印象を受けます。今年度、角野栄子さんの国際アンデルセン賞受賞に続き、岩佐めぐみさんのドイツ児童文学賞受賞ということで、日本文学のさらなる世界への飛躍を心から願います。
毎年、児童書・ヤングアダルトのホールは、大人が見ても胸が躍るような、すてきな作品で埋め尽くされています。今年、膨大な量の中から、私の心に残った児童書を以下にご紹介します。
(「ウンチソーセージ製造工場」と題された絵本。
原書はオランダ語です。
食べ物の消化から排出までのプロセスが描かれています。
子どもはなぜかウンチが好きですが、この本を読むともっと喜ぶでしょう)

(著者は人気児童文学作家、キルステン・ボイエ。
小学生読者を対象とした、両親とともにシリアを脱出した難民の兄弟の物語です。
歳若い読者に現代の戦争を伝えます。アラビア語とドイツ語で書かれています)
児童書・ヤングアダルトの会場、そして小説・ノンフィクションの会場を回っているうちにあっという間に閉場時間が近づきました。いったん外に出て、コスプレの若者たちが夕暮れのピクニックを楽しむ中央広場を横切り、インターナショナル・パブリッシングのホールへ急ぎます。
インターナショナル・パブリッシングでは、それぞれのブースの規模もプレゼンテーションの仕方も大きく異なり、まさしく国際色豊か。今まであまり係わりのなかった国のブースを訪れ、美しい装丁の本を手に取ると、この国にはどんな本屋があるのだろう、どんな人がこの本を読むのだろう、などと想像が膨らみ、その国の言葉を理解できないことが、むしょうに悔しくなってきました。その国を訪れずして、その文化に触れることができるのは、本の醍醐味です。とはいえ、言葉を理解できなければ、偏った想像だけで終わってしまいます。
最後に訪れた国際ブースで改めて感じたのは、言葉は文化であり、言葉を連ねた本は声である、ということ。そして、そこでの翻訳の役割も忘れてはいけません。翻訳は原書の「声」を他文化の人に届ける手段です。その声に共感してくれる人を増やすために、私たち翻訳者は翻訳に勤しむのです。

(カラフルなハンガリーのブースに目を奪われました)

(フェロー諸島のブース。動物を主体にした絵本が多かったように思います)

(ポーランドの絵本は色といいデザインといい、勢いを感じさせます)
フランクフルト・ブックフェアに興味のある方は、下記のサイトをご覧ください。
主催者情報(英語)
https://www.buchmesse.de/en
チママンダ・ンゴズィ・アディーチェのスピーチ(英語)
https://www.youtube.com/watch?v=UGV7315Pztw
ARD公開録画の視聴(ドイツ語)
https://www.hessenschau.de/kultur/buchmesse/ard-programm/index.html
ドイツ児童文学賞(ドイツ語および英語)
http://www.djlp.jugendliteratur.org/english_key_facts-27.html
竹島レッカー由佳子
英語・ドイツ語翻訳者。米国オハイオ州立大学言語学科卒業。独ボン大学翻訳科で学んだのち、バベル翻訳大学院(USA)で米国翻訳修士号を取得。児童書、料理本などの下訳や共訳のほか、スポーツ・アパレル・音楽・教育・産業関連の実務翻訳に幅広く携わる。訳書として、『身近にいる「やっかいな人」から身を守る方法』(あさ出版)、『私は逃げない~シリアルキラーと戦った日々』(バベルプレス)などがある。ドイツ・ハイデルベルク在住。
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