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『総合的な翻訳による英語教育』第47回

2022/04/22

『総合的な翻訳による英語教育』第47回 

会話フレーズと習得目標の選択













  

 前稿では、「日本人に相応しい英語教育」の項において、下記のように述べたが、会話においては文法や語彙だけでなく「頻繁に使うフレーズ」を覚えることも肝要である。
 
学校における「コミュニケーション英語」もまた、「場面ごとの定型的な表現のキャッチボール」に終始し、その表現だけでは表せない「自由な意見交換」(=コミュニケーション)にはなってない。「コミュニケーション英語」も「英語での授業」も、根本的に英語を使う基盤(文法力)が前提だ。それが脆いと、英語の聴き取りや会話もできないが、ネット時代の実践力になる(メールや添付ファイルの)英文の読み書きもできない。文科省は「コミュニケーション」を旗印に文法教育を軽んじてはいけない。
 
日常的な会話フレーズ

 議論や商談などと違い、日常的な会話では発話が比較的短い。このため、文法的にも込み入った英文にはならない。そのため、文法力は五文型など基本的な中核知識があればどうにか間に合うのだが、いわゆる口語特有の俗語や日常頻用されるフレーズを相当覚えなければいけない。口語特有の俗語には、「体調を表す」shape(What kind of shape are you in today?「今日の体調はいかがですか?」)、俗語表現には「やあ、元気?/調子はどう?」といった意味合いのWhat’s up?(もちろん、How are you (doing)?でも良い)などがあるが、返事は元気ならNot much.やNothing「特に何もない」と答える。Got it!は「分かった」という返事だ。Awesome「素晴らしい」は、アメリカでは「すごい」「格好いい」などの意味で使われる。No way!は「まさか」「嘘でしょ」「信じられない」とショックを隠せない気持ちを伝える。こうした俗語は親しみを込めて友人とか家族などの間で使い、上司には使わない方が良い。また俗語ではないが、日常頻用されるフレーズには(車など)Ease out.「ゆっくり出して」、Come on in!(発音は「カモニンヌ」)「(中に)入って」などがある。そうした会話で頻繁に用いられるフレーズをたくさん覚えておくと現地に行った際の生活においても円滑な会話が行える。こうした口語表現やフレーズはいわば汎用性を持っているのだ。
 もちろん、(例えば、下記のような)文法表現を固定的なフレーズとして覚えるのも機動的な運用に役立つ。一々英語を考えながら発話するより瞬発力が高いのだ。
 When do you go to?、When/How/Where can I …?、Can/May I …?、Thank you/ Thank a lot for …( your help).、Let’s (not) … (go there./do that.)「(…するのは)やめておこう」、Let me …「…させて」、I’m going to …、I’d like to …、I need to …、Is/Are there …?、Are you ready to …?、How was …?、I’m sorry for …、It makes me …、                                                                                                                                                                                                             
 自動翻訳・自動通訳機にもフレーズ搭載

 今回、ウクライナに寄贈のあった[1]1000台の自動通訳機POCKETALKなどは、会話に対応した多言語の語彙・フレーズなどの集積機であるという面もある。また、2017年頃からのGoogle翻訳の翻訳能力の飛躍的な向上はAI機能による深層学習(Deep Learning)によるとされるが、「具体的に何が学習される」のかは一般には知られていない。しかし、ロジカルに考えれば、(人間が文法システムと語彙を構築する)従来の「ルールベースの自動翻訳システム」の文法処理部と標準/専門語彙&慣用句を基幹とし、ニュースや商用文、技術文など、広範囲に及ぶ分野の文書の処理作業を通じて、文書に現れる語彙、用語、フレーズを吸収(深層学習)しているためである。もちろん、チャットや音声翻訳(通訳)機能による作業においては、口語表現や慣用句なフレーズも吸収する。

専門語彙、フレーズの学習

 人間の外国語学習においても、基盤となる文法語彙知識に加えて、関心のある分野ないし状況に現れる語彙、(専門)用語、フレーズを覚えることが日常生活場面を超える実務的で瞬発的な英語力を高める。

 最近のニュースでは、今回のロシアのウクライナ侵攻に対するembargo(政府命令により貨物の種類、路線、期間などを限定して出入港禁止措置を行なうこと。例:lay an embargo. 〔船に〕出入港禁止を命じる、an embargo on arms sales to ... 武器禁輸))やalliances(「同盟」。なお、カタカナ語として日本のマスメディアで使用される場合、「企業同士の提携」)のような語彙を覚えておく必要がある。

[動詞+前置詞/副詞]はまるごと記憶

 母語話者が子供の頃から使うのは、「基本的な動詞に前置詞/副詞を付けた表現」だが、そうした複合的な語彙が記憶単位となっており、日常的な会話で多用される。ところが、頻度の高いフレーズを除き、外国人は複合表現に慣れていない。(母語話者でも、方言が違うと通じない表現が少なくない。)母語話者には親しみやすい[動詞+前置詞/副詞] 形式の複合的な語彙が思春期以降に英語を学ぶ日本人には難しい。三音節以上のロマンス語由来の同義の高級語よりも覚えにくいのだ。例えば、make upのように多義な語[2]ではなく、compensateや constituteのようなラテン語に由来する一義の語の方がかえって外国人には記憶しやすいのである。                                                                                           
 前置詞/副詞が付くと基本語の意味がどう変わるのかは、その意味が慣習的に決まったものなので、基本語と前置詞/副詞の意味を分析的に考えても分からないのだ。日本人は高級語を使えば外国人には理解されるのだが、困ったことに、相手が基本動詞に前置詞ないし副詞(前置詞/副詞)を付けた表現を使った場合には、その意味を予め知らないと何を言ったのか分からない。
 基本動詞は前置詞/副詞と一緒に使われて、基本動詞の普通の意味にない特異な意味を帯びる[3]。このため、分析せず基本動詞と前置詞/副詞をまるごと一語のように覚えれば、日常生活での会話も苦ではなくなる。すなわち、[動詞+前置詞/副詞]をそれぞれセット形式の他動詞(句動詞)として学習させれば、日常生活場面でもレベル1、レベル2のコミュニケーションができるようになるのだ。


句動詞成分の移動

 句動詞を構成する成分には特異な副詞の移動現象が見られる。
例えば、I took off my shirt.「私はシャツを脱いだ。」(take off~「~を脱ぐ」という句動詞:この文はtakeが他動詞、offが副詞。)では、I took the shirt off.のように目的語の後ろに副詞を移動することができる。だが、目的語が代名詞の場合、I took it off.のように必ず副詞を後ろに移して目的語の挟み込みをしなければならない(×I took off it.)。逆に、目的語が長い場合は副詞は挟み込めない。I took off the shirt made in China.(×I took the shirt made in China off.)動詞と副詞の間の介在要素が長く複雑だと両者のつながりの速やかな理解を妨げるためだ。

学習者の会話目標レベル設定

 英語教育で何を目指すかという場合に、目的別の教育ないし学習方法がある。文科省のように「外国語学習の目標はコミュニケーションにある」とするのは、「小学中高学年、中学、高校、大学と英語教育を受けても日常的な会話もできない」と批判された日本の英語教育を変革する姿勢を学習指導要領でも示したものだ。しかし、これは文法の教科書を廃止するなど、英語でコミュニケーションする基盤の養成を疎かにしたものだった。
 そこで誤解のないように、ベーシックな基盤を「中学までに現れる文法語彙知識」と規定し、「英語コミュニケーション」はその基盤をしっかり習得した上で実施できるということを了解しよう。その場合、コミュニケーション能力を、「日常生活の基本的な応対ができる」レベル1、「日常の話題について話し合える」レベル2、「(商談や研究などの)実務的な討議ができる」レベル3に分けて、学習者の目標を設定する必要がある。レベル1の習得者は旅行者として遭遇する様々な状況に対応でき、レベル2の習得者は英語圏での日常生活ができるだろう。レベル3の習得者は英語圏での実務に携わることができる。なお、実務においては[基本動詞+前置詞/副詞]形式のフレーズではなく、ギリシャ/ラテン語由来の高級語彙を使うことが多い。

日本人の英語運用自動化

 母語が英語とは最もかけ離れた日本人は、欧州人のように母語の応用はできない。このため、英語の文法をしっかり学ぶ必要がある。文法、特に、構文や瞬時的な統語操作は、そのエッセンスを意識して、繰り返し何度も何度も練習すると、どうにか半自動化までは到達する。また、口語特有の俗語や(一連の文法表現を含む)日常頻用されるフレーズの知識も瞬発力に貢献する。とにかく、徹底的な訓練が、その定着と自動化に寄与するのだ。特に英文を大量に読んだり書いたりすることが効果的だ。読解においては、脳の中で音読している[4]のだが、発音の仕組みを踏まえ訓練していると、読解のスピードが上がるし、音声化していなくても、発音の訓練になるのである。

 

[1]  AI 通訳機「ポケトーク 」1,000台を 医療機関や保健所へ寄贈(2021/01/28)。

[2]   make up:「作り上げる」「化粧する」「準備する」「構成する」「埋め合わせる」

[3]   通常、「動詞+前置詞(または副詞)」の構造の句動詞は、それぞれの単語が持つ基本イメージから派生した意味ではなく、新規な意味になる。例えば、動詞look「見る」と前置詞after「後に」から成る句動詞look afterは「世話をする」の意の他動詞だ。John looked after the dog.「ジョンは犬の世話をした

[4]  脳波測定などによって黙読中の脳の発声を司る部位の活動が確認されている。



成田一(なりた はじめ)
大阪大学大学院言語文化研究科名誉教授。英日対照構造論・機械翻訳・言語教育/習得論専攻。大阪大学功績賞受賞。
著書『パソコン翻訳の世界』(講談社現代新書)、『日本人に相応しい英語教育』(松柏社)、編著『こうすれば使える機械翻訳』(バベルプレス)、『英語リフレッシュ講座』(大阪大学出版会)、共著『名詞』「現代の英文法6」(研究社)、『ことばは生きている』(人文書院)、『日本語の名詞修飾表現』(くろしお出版)、『翻訳辞典2002』(アルク)、『私のおすすめパソコンソフト』(岩波書店)、『英語教育徹底リフレッシュ』(開拓社)、『21世紀英語研究の諸相―言語と文化からの視点―』(開拓者)他。英文テキスト編注解説、論文・新聞(読売、朝日、日経など)・雑誌記事(『SPA!』(責任編著)、『週刊現代』、『英語教育』、『新英語教育』、『Professional English』、『The Professional Translator』、『Cat(cross and talk)』他)多数。英語教育総合学会会長。