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『総合的な翻訳による英語教育』第39回

2021/08/23

『総合的な翻訳による英語教育』第39回
 
コミュニケーションの齟齬
英語短縮語の多用による危険性












  
                            
 本稿では、(症状の区分名称など)重要な言葉の選択やコロナ禍で政府が医療態勢を整えなかったことが医療崩壊を招き首相の発信力のなさが非常事態宣言の効力を低めるなど、コミュニケーションの在り方が国民の認識にもたらす効果について考察するとともに、英語の短縮語の多用により国民への歪んだ情報伝達になる危険性を指摘したい。

            
Ⅰ.コミュニケーションの齟齬

コミュニケーションの不足

 ワクチンを接種すると副反応が怖いとして、摂取したくない若者が多い。20代女性の6割、男性の5割になる。「熱が出るのが怖い」と言うが1日で熱は下がる、「腕の腫れや痛み、倦怠感」は数日のことだ。ネットでは、接種すると「不妊につながる
[1] 」「遺伝子が改変される」といった根拠のないデマまで様々な情報があふれ、若い世代に接種に不安を持つ傾向が強い。「5年後に副反応がどう出るか分からないので接種しないと家族で決めた」と番組で表明する元運動選手までいる。コメンテーターは影響に配慮して欲しい。

 「緊急事態」の連発に慣れて、人流の低下は望めない。会見での菅首相の呼びかけも原稿の棒読みで国民に訴えるコミュニケーション力が全くない。「制御不能」「災害レベル」と専門家が訴えるコロナの急激な感染拡大状況にあって、ワクチン接種を受けていない65歳以下の世代にも、(接種できない人を除き、)ワクチン接種を義務付けるべきで、「自主性に任せる」のは無責任な政策である。軽い副反応よりもワクチン接種することでコロナにかかりづらくなり重症化が避けられることが確認されているのだから、「ワクチン接種の義務化」を法令に定める時期なのだ。コロナにかかった人の(嗅覚味覚異常などの)後遺症は軽症の方が多く、女性が男性の1.4倍になるという。そのことも周知するべきだ。

 デルタ株が猛威を振るう中、政府は「中等症は自宅待機」という方針を打ち出した。「重症以外は入院させない」というのだが、国民や自民党の批判を受けて「医師の判断で中等症も入院できる」に変更。今後の重症者の入院に備えた措置であったと弁明したが、国民の命を守るという責任感を欠く新方針の朝令暮改だ。30代40代で自宅待機中に重症となり死んでしまうといった例が最近頻繁に報告されている中、人命を軽視した方針との誹りは免れない。遅きに失した感もあるが、東京都医師会長は自宅待機ではなく人材確保した100床規模の(プレハブなどの)「野戦病院」[2]
の設置を提案している。都は40歳以下は自宅療養としたが、自宅では医師の往診も酸素投与もまともにできない。都の酸素濃縮装置も500台しかないのだ。酸素もないまま死に怯える患者が蔓延する。首相の「国民の命を守る」とは裏腹に、政府が国民を全く守っていない。

実施できた対策を見送った1年半

 コロナが報じられて1年半の時間がありながら、三蜜を避ける趣旨で飲食店などの営業を制限する以外、尾身会長の分科会を含め、「感染状況を危惧し人流抑制を訴える」会見をするだけで、感染を実質的に止める方策
[3]を提言しなかったし、感染者が増えた場合の入院施設や宿泊の態勢も整えてないなど、政府は実質何もしてこなかった。人流が減らないのは政府の無作為に対する反発もあるだろう。ワクチン接種も欧米より半年遅れ今も接種できない人たちが多い。
1年半前の2020年1月に中国は新型コロナウイルスの感染拡大が深刻な武漢市で感染者を受け容れる1000床の仮設病院を10日で建設した
[4]。日本でもそのつもりなら短期間で仮設病院の建設ができたしホテルを確保できた。高給を支給すれば、全国から医師や看護師[5]を大都市部に集めコロナ診療の訓練をする余裕もあったのだ。また軽症・中等症向けの治療薬「抗体カクテル」[6]が早期に投与してこそ効果があるとされるのに、中等症でも容易に入院できない現状で、「入院患者にしか投与できない」という訳の分からない指針を厚労省が出した。倒錯した対応としか言えない[7]

「軽症・中等症・重症」区分が危機感を薄めた
 
 そもそも、「軽症・中等症」の理解が一般市民と同程度にしか政府首脳陣できていないと言わざるを得ない。メディアの報道でもコロナの感染者を軽症、中等症、重症と分けているが、中等症の解釈が医師と一般人では大きく違う。一般人は「軽症では風邪程度で中等症は息苦しさが出る、重症だと入院が必要だろう」といったイメージを持つ人が多い。医師はどうか。重症は人工呼吸器やエクモを使い昏睡状態で生死を彷徨うレベルだが、中等症にはⅠとⅡがあり、中等症Ⅱは人工呼吸器が要る。酸素を大量に吸入し点滴で生かされる状態だ。重症とは紙一重なのである。38~39度の高熱が続き肺炎が広がっても人工呼吸器が要らなければ中等症Ⅰとなる。
 実は、「東京都の重症」の基準は、「米国の重症」より重い「重篤、危篤(critical)」にあてはまる。言わば瀕死状態だ。米国の重症に近いのは、日本でいう「中等症Ⅱ
[8]」だ。「ワクチンの重症化を防ぐ効果」という際の「重症」も、日本の「中等症2」を含めたものだ。そうした名称の使い方により、メディア関係者を含む一般人が病状の実態を深刻に捉えることを妨げている。こうした「軽症」「中等症」というミスリーディングな名称を使うべきではない。

         
 Ⅱ.英語の縮約語の使用は避けよう

 CMでも繰り返されるように、ICT、SDGsといった英語の縮約語を、テレビや新聞などのメディアは「アイシーティ」「エスティジィズ」とそのまま使うが、その意味が一般人には明確に理解できないと思う。日本語は「国連(国際連合)」「学割(学生割引)」「英検(英語検定)」などのように短縮は意味のある漢字熟語になる。だが、英語の縮約語は意味を持たないアルファベットの単語の頭文字を繋いだものなので、意味を持たない文字列に過ぎない。もちろん、単語のように読めるようにする「頭字語」もある。意味を想起させる語になるように元の複合語を作るケースもある。

 頭字語(Acronyms):語群の各語の頭字や頭音節を組み合わせて造った(発音可能な)語。大文字で表されることが多いが、小文字の場合もある(loran<long range navigation「広域航海」)。NASA「ナサ」:米国航空宇宙局。N(ational) A(eronautics and) S(pace) A(dministration)の略。UNESCO 「ユネスコ」:国連教育科学文化機構。U(nited) N(ations) E(ducational) S(cientific and) C(ultural) O(rganization)の略。radar「レーダー」:電波探知機。radio detecting and ranging「電波による目標の探索検知」。laser「レーザー」:光増幅器。light amplification by stimulated emission of radiation「誘導放出による光の増幅・発振」
☆内容的なつながりを持つ[関連する連想を生む]既存の単語と同一の文字連鎖を持つ頭字語ができるように非省略名称が考案されたこともあるが、これは通常の頭字語形成法とは逆の過程に従っている。WAIF「国際養子基金」は waif[weif]「宿無しの動物;浮浪児」を連想させる。WAVES「米国海軍婦人予備部隊員」も waves「波」との連想がある。

    
 英語の日本語への訳語を考える場合に、それが「指示対象を読み手聞き手に実感として伝わるようなものになっているのか」を吟味することが大切だ。
 近年のコマーシャルでは「ソーシャルICTを活用した」とか「SDGsな取り組み/製品」といった台詞が氾濫し、ドラマでも「コンプライアンス(compliance)
[9]」(法令順守)などの言葉が飛び交っている。英語の知識が高ければ、こうした英語そのものの意味は分かる。だが、それぞれの場面により「具体的に何を意味しているかが違う」。そこまでは分からない。学生や社会人にもぴったりはまった意味が掴みにくいまま何となく分かった気分になるが、人口の23割の65歳以上の高齢者には生活実感として馴染みのある言葉ではない。

 「クラスター」「エアロゾル」「ソーシャルディスタンス」などは繰り返し報道に現れ意味が一つなので明快だが、「集団感染」「浮遊飛沫」「社会的距離」で良くないか。一般人を煙に巻くような言葉を安易に使うべきではない。ほとんどの日本人に分かる言葉として、(カタカナないし英語そのものを使うのではなく、)場面に沿った日本語に訳して表現するべきではないだろうか。「アイシーティ(ICT)を活用した」は「情報通信技術を活用した」に、「エスティジィズ(SDGs)な取り組み/製品」は「持続可能な取り組み/製品」に改めないと、ストレートに頭に入らない。ただし、「持続可能な取り組み/製品」でも意味が明快とはとても言い難い。

SDGs(エス・ディー・ジーズ)とは?

 国連本部のWEBでは、次のように説明されている。

 「持続可能な開発目標(SDGs=Sustainable Development Goals)とは、すべての人々にとってよりよい、より持続可能な未来を築くための青写真です。貧困や不平等、気候変動、環境劣化、繁栄、平和と公正など、私たちが直面するグローバルな諸課題の解決を目指します。SDGsの目標は相互に関連しています。誰一人置き去りにしないために、2030年までに各目標・ターゲットを達成することが重要です。」

 国連本部のWEBでアイコンをクリックする、SDGsの17の目標を個別に見られる。

 このような17の目標がSDGsに盛り込まれていることを知っている日本人は数パーセントに過ぎないだろう。そうしたほとんどの人がその具体的な目標を知らないSDGsを日々のメディア報道の中で繰り返すのは正常なことではない。みんなが理解する形でのキャンペーンになることを望む。
 


         
        
 




目標1   あらゆる場所で、あらゆる形態の貧困に終止符を打つ 
目標2   飢餓をゼロに 
目標3   あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、
       福祉を推進する 
目標4     すべての人々に包摂的かつ公平で質の高い教育を提供し、
               生涯学習の機会を促進する 
目標5   ジェンダーの平等を達成し、すべての女性と女児の
       エンパワーメントを図る 
目標6     すべての人々に水と衛生へのアクセスを確保する 
目標7     手ごろで信頼でき、持続可能かつ近代的なエネルギーへの
               アクセスを確保する 
目標8   すべての人々のための包摂的かつ持続可能な経済成長、
               雇用およびディーセント・ワークを推進する 
目標9   レジリエントなインフラを整備し、持続可能な産業化を推進する
               とともに、イノベーションの拡大を図る 
目標10    国内および国家間の不平等を是正する 
目標11    都市を包摂的、安全、レジリエントかつ持続可能にする 
目標12 持続可能な消費と生産のパターンを確保する 
目標13 気候変動とその影響に立ち向かうため、緊急対策を取る 
目標14 海洋と海洋資源を保全し、持続可能な形で利用する 
目標15 森林の持続可能な管理、砂漠化への対処、土地劣化の阻止および
               逆転、ならびに生物多様性損失の阻止を図る 
目標16 公正、平和かつ包摂的な社会を推進する 
目標17 持続可能な開発に向けてグローバル・パートナーシップを
               活性化する


[1] 日本産婦人科学会は妊婦の積極的なワクチン接種を推奨。

[2]  イギリスでは感染初期段階から設置。医師、看護師などスタッフが小人数で医療対応できる。

[3]  「食事は4人以内」など、「対面で話すと飛沫感染が起こる」のに、奇異な対策を提言。

[4]  ユニットハウスは梁(はり)を四隅の柱で支える構造で、天井、壁、床にそれぞれパネルを取り付けた単純なつくり。

[5] 潜在看護師:看護師免許を持っているが、臨床の現場で働いていない看護師が全国に71万人もいる(厚労省調査)。結婚や出産などによって潜在看護師が増えているが、そのほとんどが復職を希望している。

[6]  7万回分確保しているというが、桁が違う。

[7]  厚生労働省は8月13日、病床を備えた「臨時の医療施設」となる宿泊療養で使うことができると改めたが、「高齢者施設や自宅は引き続き対象外」と明記。

[8]   中等症2は、血中の酸素飽和度が93%以下になり酸素投与が必要。中等症1は、酸素飽和度が96%未満で、肺炎がありつらい状態。健康な人の酸素飽和度はだいたい96%以上。

[9]  辞書には〔要求・命令・規則・法令・仕様・規格などに対する〕順守、適合性、準拠、整合性とある。

 
成田一(なりた はじめ)
大阪大学大学院言語文化研究科名誉教授。英日対照構造論・機械翻訳・言語教育/習得論専攻。大阪大学功績賞受賞。
著書『パソコン翻訳の世界』(講談社現代新書)、『日本人に相応しい英語教育』(松柏社)、編著『こうすれば使える機械翻訳』(バベルプレス)、『英語リフレッシュ講座』(大阪大学出版会)、共著『名詞』「現代の英文法6」(研究社)、『ことばは生きている』(人文書院)、『日本語の名詞修飾表現』(くろしお出版)、『翻訳辞典2002』(アルク)、『私のおすすめパソコンソフト』(岩波書店)、『英語教育徹底リフレッシュ』(開拓社)、『21世紀英語研究の諸相―言語と文化からの視点―』(開拓者)他。英文テキスト編注解説、論文・新聞(読売、朝日、日経など)・雑誌記事(『SPA!』(責任編著)、『週刊現代』、『英語教育』、『新英語教育』、『Professional English』、『The Professional Translator』、『Cat(cross and talk)』他)多数。英語教育総合学会会長。