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『総合的な翻訳による英語教育』第38回

2021/07/22

『総合的な翻訳による英語教育』第38回
 
プロはどのように翻訳しているか












  
                                
 村上春樹・柴田元幸著『本当の翻訳の話をしよう』(新潮文庫)の「公開翻訳 僕たちはこんな風に翻訳している」という著者二人の対話を掲載した章の中で、

 レイモンド・チャンドラー
[1]の『プレイバック』を村上春樹氏が翻訳しているが、柴田元幸氏が試訳をして、ある有名な翻訳ならびにそれぞれの翻訳を互いに批評しあっている。

“How can such a hard man be so gentle?” she asked wonderingly.
  “If I wasn’t hard I wouldn’t be alive. 
If I couldn’t be gentle, I wouldn’t deserve to be alive.” 
  I held her coat for her and we went out to my car. 
On the way back to the hotel she didn’t speak at all.
                         Playback(1958)
柴田訳
「そんなに無情な男が、どうしてこんなに優しくなれるわけ?」
納得できない、という顔で彼女は訊いた。
無情でなければ、いまごろ生きちゃいない。
 優しくなければ、生きている資格がない

は彼女にコートを着せてやり、二人での車のところへ行った。
ホテルへの帰り道、彼女は一言もしゃべらなかった。
村上訳
「これほど厳しい心を持った人が、どうしてこれほど優しくなれるのかしら?」
彼女は感心したように尋ねた。
厳しい心を持たずに生きのびてはいけない。
 優しくなれないようなら、生きるに値しない

は彼女にコートを着せかけてやり、我々は車のあるところまで歩いた。
ホテルに戻る途中、彼女は一言も口をきかなかった。

原文の太字の箇所は、(日本のハードボイルド小説
[2]の基礎を築いた一人)生島治郎の有名な翻訳では、

 「タフでなければ生きていけない。
  優しくなければ生きている資格がない


 というセリフ
[3]になっている。
 この訳ではhardタフとしているが、日本語の「タフ」(英語のtoughとは意味がズレる)
[4]は「無情/非情」の意の[5] hardと違い否定的な意味がないので、この訳では「hardな人間がgentle」という逆説に驚く彼女の問いかけが成り立たない[6]として、この翻訳を退け、柴田は無情、村上は厳しい心と訳している。hardでなければ、ロサンゼルスの厳しい裏社会では、生きていけない、という背景がある。ただし、この有名なセリフは「翻訳としてはちょっとまずい」としながらも、「かなりな意訳だが、響きとしてはいい」、と評価している。なお、村上は「無情」という言葉の響きがあまり好きではないので、厳しい心と訳したという。柴田は否定的な感じを強調して無情と訳したのだと言うが、「これでは読者がマーロウを好きにならないだろう」という自覚はあったという。このように、それぞれ色々な視点に立ち思いを巡らしながら訳語を選び翻訳しているのである。
 なお、『プレイバック』を最初に邦訳した清水俊二の訳は

 「しっかりしていなかったら、生きていられない。
  やさしくなれなかったら、生きている資格がない


対談で論じられていないが、wonderinglyの二人の翻訳には、それぞれが思い描くヒロインの彼女の表情が記されている。柴田は「納得できない、という顔で」、村上は「感心したように」と訳しているが、訳者の状況人物心理の理解がこうした意訳を生んでおり、原作を訳者が解釈してそれぞれの翻訳の読者の理解を大きく左右するのである。                                                                

               ★★★★★★ 

            人称代名詞をどう訳すか?

 『本当の翻訳の話をしよう』の「公開翻訳 僕たちはこんな風に翻訳している」の中で、村上と柴田は「一人称のIの訳し方」としてのどれを選ぶかというテーマで翻訳についての対話を繰り広げている。日本語には英語のような性・数・格の照応を担う文法システム装置的な人称代名詞がないので、「私、俺、僕」などの名詞が充てられる。状況や登場人物の関係性さらに年齢などによって使い分けられているのだ。
 村上はフィリップ・マーロウの一人称を全て「私」と訳している。「フィリップ・マーロウの年齢は分からないが、『プレイバック』の頃は、老成、円熟している。だから、やっぱり一人称は「私」じゃないかな、と考えた」という。
 柴田は、「マーロウは私立探偵でアウトローではないけれどアウトサイダーではある。そのアウトサイダー性がちょっとは欲しい。それを反映させようと思うと「俺」になるが、「俺」だとアウトサイダー性がちょっと重くなる。」と言う。
 村上は、「清水俊二さんがずっとチャンドラー作品を「私」で訳してこられて、そのおかげで日本のハードボイルドファンの雰囲気が決まっちゃたんですよね。「私」的な美学ができた。トレンチコートの襟を立てて、「私」はと呟くとか、」と述べるが、村上が「私」を選ぶのは、自分のマーロウ像があって、それが「私」に近いということのようだ。
 村上はこうした代名詞の選択はレイモンド・カーヴァ
[7]が難しいと言う。「カーヴァの小説は、「僕」と訳している場合が多いが、労働者階級の話なのになんで「僕」なんだ、という批判もある。カーヴァは労働者階級の出身だけれど、彼自身はインテリで苦労して大学にも行っているし教養もある。労働者階級の出身だから「俺」じゃなくちゃいけないということはない。」という見解だ。

男と女が対話で自分を指す言葉

 村上・柴田は、主人公が「一人称のI」の場合を取り上げているが、男なら選ぶのはニュートラルな「私」以外に「僕」と「俺」がある。しかし、女なら「私」だけだろう。
 対話においては、自分を指すのに女は「私」と言うことが多いが、カジュアルな場面ではwatasiのwが落ちて「あたし」となる。ただし、関西なら友人同士とか家族間では「うち」を使い、それ以外の他人には「私」を使う。あまり多くはないが、(アニメなどの影響か)中高生など若い女の子が「僕」と言うこともあるようだ。なお、相手を呼ぶときは、大人でも友人同士では(三津子を「みっちゃん」、幸子を「さっちゃん」と呼ぶなど)名前の略称に(接辞「さん」に親しみを込めて使う)「ちゃん」を付けてお互いを呼び合うことが多い。
 一方、男は、「小学生以外は、概して(「成田、成田君、成田さん、成田先生」のように)姓に敬称を付けるか単独で(教師、医師、代議士、弁護士を)「先生」呼ぶ。なお、職場では上司を呼ぶときには男女とも「課長」「部長」といった役職名だけが普通。

ほかの人称代名詞をどう訳すか

 一人称複数weなら「私」「俺」「僕」に「たち」ないし「ら」を加えるほか、「我々」もある。二人称のyouは、「君」「あなた」「あんた」「お前おまえ/おめえ」「手前てめえ」方言では関西は相手に対して「自分」と言うが、罵る時には「我われ」「己おんどれ」と言う地域もある。三人称のhe/sheは「彼」「彼女」「奴やつ」「あいつ」、「あの子」「その子」だ。三人称複数のthey/them/theirは「彼ら」「彼女ら/達」「奴やつ」「あいつら」、「そいつら」「あいつども」、「そいつども」だ。
 しかし、翻訳においては、敢えて英語の人称代名詞に「彼」「彼女」といった英語の代名詞もどきの名詞を充てるよりは、「その女たち」「この患者」「その警官」「犯人」など、人称代名詞の指示対象を具体的な名詞で表現するのが良い。私自身、読解の授業では、学生にそのように教えてきた。

 

[1] Raymond Chandler(1888-1959): アメリカ合衆国シカゴ生まれの小説家で脚本家。1932年世界恐慌の影響や欠勤、不倫などで44歳に石油会社副社長の職を失い、推理小説を書き始めた。最初の短編「脅迫者は撃たない」は1933年有名な「ブラック・マスク」誌(大衆誌)に掲載。『プレイバック』以外の長編はいずれも映画化。死の直前にアメリカ探偵作家クラブ会長に選出。
 チャンドラーの文体はアメリカ大衆文学に大きな影響を及ぼし、他の「ブラック・マスク」誌の作家と共に「ハードボイルド探偵小説」を生み出したとされる。彼が生み出した冷静沈着な主人公フィリップ・マーロウは、チェスやクラシック音楽やスコッチウイスキーを好み、警察には絶対不服従だが弱い者には非情になれない人間性に描かれるハードボイルド系「私立探偵」。


[2]  ハードボイルド(hard-boiled):《卵の固ゆでの意から、冷酷、非情、冷めていること。》 第一次大戦後に、アメリカ文学に登場した新しい写実主義の手法。感傷に動かされない客観的で簡潔な文体で現実をスピーディーに描くのが特徴。ヘミングウェイらに始まる。推理小説の一ジャンル。行動的な私立探偵を主人公に、謎解きよりも登場人物の人間的側面を描く。ハメット・チャンドラーなどが代表。

[3]   1978年公開された薬師丸ひろ子(当時13歳)のデビュー作角川映画『野生の証明』のキャッチコピー「男はタフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない」と「男は」を追加。

[4] 英語のtoughは日本語の「タフ」と違い、「(物が)頑丈、(食べ物が)固い、かみ切れない、(肉体が)頑健、(精神的に)逞しい、不屈な」という意味。

[5]    例えば、You are a hard man!は「お前は血も涙もない奴だ!」と言ったネガティブな意味にもなる。

[6]   タフ=強い 人間が優しくなるというのは全然逆説ではない。

[7] Raymond Carver(1938‐1988):アメリカ合衆国オレゴン州生まれの小説家、詩人。家は裕福でなく、父親はアルコール依存症の傾向。大衆本や雑誌などを読むうち、作家を志す。 高校卒業後結婚し、翌々年には二人目の子が生まれる。職を転々とし、夜は働きながらニューヨーク州立大学の創作科で学び、大学で客員講師の職を得る。 1976年には、初めて大手の出版社から『頼むから静かにしてくれ』を刊行。短編小説・(装飾的趣向を必要最小限まで省く表現スタイル)ミニマリズム「最小限主義」の名手として、ヘミングウェイやチェーホフと並び称されることも多い。

 
成田一(なりた はじめ)
大阪大学大学院言語文化研究科名誉教授。英日対照構造論・機械翻訳・言語教育/習得論専攻。大阪大学功績賞受賞。
著書『パソコン翻訳の世界』(講談社現代新書)、『日本人に相応しい英語教育』(松柏社)、編著『こうすれば使える機械翻訳』(バベルプレス)、『英語リフレッシュ講座』(大阪大学出版会)、共著『名詞』「現代の英文法6」(研究社)、『ことばは生きている』(人文書院)、『日本語の名詞修飾表現』(くろしお出版)、『翻訳辞典2002』(アルク)、『私のおすすめパソコンソフト』(岩波書店)、『英語教育徹底リフレッシュ』(開拓社)、『21世紀英語研究の諸相―言語と文化からの視点―』(開拓者)他。英文テキスト編注解説、論文・新聞(読売、朝日、日経など)・雑誌記事(『SPA!』(責任編著)、『週刊現代』、『英語教育』、『新英語教育』、『Professional English』、『The Professional Translator』、『Cat(cross and talk)』他)多数。英語教育総合学会会長。