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『総合的な翻訳による英語教育』第37回

2021/06/22

『総合的な翻訳による英語教育』第37回
 
政治的意図による翻訳通訳

感染者を増やした日本の欠陥対策












  
                                
 翻訳通訳は、翻訳通訳をする側の捉え方と訴えたい視点によって、元の発信者の意図とズレが生じることがあるが、往々にしてメディアではそれが狙いである。逆に、元の発信者が翻訳通訳をする側に敢えて曖昧に解されるような言葉を意図的に使う場合もある。本稿では(Ⅰ)翻訳通訳の意図の問題を扱うだけではなく、(Ⅱ)感染症対策分科会や政府、厚生省、配下の保健所[1]が「いかに感染者を増やす結果をもたらしたか」を、PCR検査を巡る決定的な遅延の実態と世界を席巻する日本製の全自動検査機器を日本が使わない村社会の裏事情を解説し、個人的な経験をも踏まえ[2]明確にしたい。ただし、これは編集者の意図には沿わないのかもしれない。
 
          Ⅰ 発信者と翻訳通訳者の意図

バッハIOC会長「フレキシブル」の真意
 
 集団免疫ができるほどワクチン接種が進んでいる諸外国にとって、日本のワクチン接種率の桁違いの低さは「五輪開催がわかっているのに、なぜワクチン接種を進めないのか」と素朴な疑問や「アスリートや関係者を危険にさらすのか」といった五輪開催方針への憤りを生んでいる。そんな逆風を感じてか、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長が、「意味深な発言」をした。

Thomas Bach said that [organisers of the Tokyo 2020 Games (, postponed by a year due to the coronavirus pandemic, ) have remained flexible]
(トーマス・バッハ氏は、1年延期された東京五輪の関係者たちは、今でも「フレキシブル」だと語った:ロイター通信)

   状況に応じて再度の「延期や中止」の判断を「フレキシブルに対応する」と示唆しているとも取れる発言だ。これが「再延期や中止」に向けての「観測気球」なのか、それとも諸事情にフレキシブルに対応しつつも「必ず開催する」という強い意志の表れなのか、真意を隠しているのだ。したたかな発言だ。

尾身会長のパーフォーマンス

 東京オリンピック・パラリンピックをめぐり、 政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身会長が、国内で猛威を振るう変異株の拡大と医療のひっ迫状況を背景に、「東京五輪・パラリンピックの開催について、国会で議論すべき時期にきている」と発言。めずらしく強い危機感を示した。 米紙ウオールストリートジャーナルなど海外メディアも相次いで「尾身発言」を報じている。

Japan's top covid adviser urges caution about proceeding with Tokyo Games
(日本のコロナ対策の責任者が東京五輪の開催について強い警告を促した:米ウオールストリートジャーナル紙)

 紙面ではurge caution(=「強い警告を促す」)と英訳されているが、これまで「政府寄り」と見られるコメントを続けてきた尾身会長が今後の危険な事態が生じた際の責任を回避するパーフォーマンスにしか思えない。ウオールストリートジャーナル紙の伝え方には「それでいいの?」と言いたい。今回の尾身会長の発言は遅すぎた。3度目の緊急事態宣言の下で、しかも日本のワクチン接種の遅延ぶりが世界的ニュースになっている中でのこの発言。G7でも開催支持のお墨付きを得る根回しをしたように、東京オリンピック・パラリンピックは既に政権の既定路線として動いており、感染状況がよほど急激に悪化しない限り延期や中止はもうない気配。

  Ⅱ 感染症対策分科会や厚生省配下の保健所が感染者を増やした

 尾身会長はこの1年余にわたり常識的な知見は述べるものの、コロナの蔓延を防ぎ克服する科学的に有効な方策を何ら提案していないというのが実態だ。オリパラ開催直前になってこういう発言をしても自己保身にしか見えない。19日成田空港で2回ワクチン接種を自国で終えPCR検査陰性証明を持った9名のウガンダの選手団に1人感染者が発見されたが、オーストラリア女子ソフトボール選手団の入国に続き2国目の選手団にしてこの有様だ。陽性の1人を除くウガンダの8人は濃厚接触者には当たらないと判断され合宿地の大阪・泉佐野市に向けてバスで出発したというが、どうして濃厚接触者には当たらないのだろうか。オリパラを契機とした感染拡大が懸念される。

政府・分科会のコロナ対策の愚

 この一年余政府と厚生省は、新型コロナウイルス感染症対策分科会の進言にもしたがって不可思議な対応をとってきた。昨年春に歌舞伎町のホストのクラスターが話題になっても夜の街の男女の濃厚な接触を生業とする風俗店などの接客業[3]を狙い撃ちにすることもなく、広く飲食店全般の時短営業などを押していながら、市民のPCR検査も保健所をバリアとして抑え込んできた。世界と真逆の措置をとってきたのだ。「手指の消毒」「マスクの着用推奨」、さらに「換気の徹底」「ソーシャルディスタンス」、飲食店での「4人以下の会食」「(アクリル板など)パーティションの設置」など基本的なことは広まったが、飛沫感染を防ぐための対策が中途半端なのである。
 「4人以下」でも「2人」でも人数は関係ない。とにかく、会食に伴う「対面での会話」を禁止するなど、飛沫感染を防ぐ実効的な提案をするべきだったのである。パーティションなどが導入され始めたのは半年以上経過してからである。「4人以下での会食」もやっと昨年秋以降だ。しかし、「営業時間の短縮」や「人数制限」だけでは意味がない。「会食は4人以下」、最近は「家族」ならば認めるとされた。しかし、現実には、ファミレスや回転すしなどで家族であっても大声で話したり幼児や子供が飲食店で店内に響き渡るほど大声で泣き喚いたり叫ぶのを放置している。学校帰りに中高生が飲食しながら対面で大声で笑い話し合う。これで感染が広がるのが家族や生徒に全く認識されていない。子ども連れで飲食店に行くこと自体を禁止すべきなのだ。「店側も大声で話す客には注意しなければならない」という指針を(罰則付きで)政府が政令化しなければなかなか注意できない。
 「酒を出さない」というのも意味がない。一人で酒を飲みに行く人も少なくない。その場合、飛沫感染は起こらない。店員と客が向き合うカウンター席もパーティションを置き、4人でも対面席にも間にパーティションを置けば、飛沫感染は避けられる。酒を出しても問題ないのだ。東京都は「2人」なら酒の提供も良いとしたが、対面でも並んで座っても2人向き合って飲めば飛沫は飛ぶ。意味のない対応が多い。
 マスクを屋外もする人が多いが、人が密集する場所や呼気が相手にかかる状況でない限り、屋外でのマスク着用は不要だし夏に向かって熱中症の危険もある。マスクして運動し死亡した生徒が何人か報告されている。屋外でもマスクをする同調圧力は妨げなければならない。「飛沫感染」を起こす「対面での発話をできないようにする」ことに絞れば、営業時間や人数、そして酒、どれも関係ないのである。協力金を3ヶ月以上支払わない状況では、緊急事態宣言、蔓延防止宣言中であっても、時間も人数も酒も出す店が増えてもおかしくないし、アクリル板もおかないで繁盛している店もある。全ての対策が間違っているのだ。

「クラスター戦略」に固執 PCR検査抑制の誤り

 日本の新型コロナウイルス対応をめぐっては、「PCR検査数の少なさ」が批判された。だが文科省配下の日本の大学病院には大量の「PCR検査機」がある。日本でPCR検査が増えなかった原因は、厚労省と文科省の「縄張り争い」である。また欧米ほか海外で使われている全自動PCR検査機は日本生まれで7、8割が日本製だ。50か国で500台以上使われている。検査時間も人手だと1件6~7時間かかるところ2~3時間で12人分の検査が一斉にできる。昨年の3月にはフランスやイタリアで大量に稼働している。ところが日本では使用されていない。日本も無症状者を含め大量に検査をしていれば、蔓延することもなく重症者も抑えられたのである。欧米諸国ではワクチン接種が40~70%にも及んで日常生活が戻っているのに、日本では今年の6月から高齢者へのワクチン接種がやっと始まり12%が1回目を終えたところだ。

 今でこそ政権は支持率低下を抑えようとワクチン集団接種と騒いでいるが、「保健所が認めないと検査できない」状況を1年以上継続してきたことがいつまでもコロナを日本が克服できなかった主因なのだ。ワクチン接種も1月には始められたのにしなかった。そして、こうしたことを執拗に行ってきたのが、厚労省と繋がる機関と感染症専門家委員会なのである。その意味では尾身会長はまさにA級戦犯ともいえる人物だ。

 コロナ対策の失敗の原因は政府の柔軟な対応の欠如とその背後の厚労省―感染研―保健所・地方衛生研究所、さらに専門家会議という「感染症ムラ」の利権が絡んでいる。以下に、『東京保険医新聞』(2020年6月25日号)の記事を抜粋。

 PCR検査はウイルス感染の標準的診断方法だ。…新型コロナウイルス対策でPCR検査を仕切っているのは、厚労省―国立感染症研究所(感染研)―保健所・地方衛生研究所(地衛研)というラインだ。これらの組織がPCRを含む行政検査を「独占」することは、感染症法に規定されている。PCR検査は、彼らの処理能力や裁量に委ねられる。…元医系技官である西田道弘・さいたま市保健所長は「病院が溢れるのが嫌で(PCR検査対象の選定を)厳しめにやっていた」と公言…。(下線部筆者)

 感染症対策の基本は検査と隔離だ。2020年3月16日、…WHO事務局長が記者会見で「疑わしいすべてのケースを検査すること。それがWHOのメッセージだ」と発言。…ところが、厚労省―感染研―保健所・地方衛生研究所、さらに専門家会議は基本を踏み外した。そして、「クラスター戦略」という自らの主張を声高に唱え、日本に大きな被害を与えた。…強毒型のウイルスが流行した欧米は兎も角、東アジアで院内感染が多発したのは日本だけだ。これはPCR検査を抑制したためだ。

 なぜ、厚労省は頑なにPCR検査を拒んだか。…2001年1月28日に厚労省が新型コロナウイルスを感染症法の「2類感染症並み」に指定した。この結果、PCR検査は保健所と地衛研が独占し、検査対象は海外からの帰国者と濃厚接触者に限定されることとなった。…これが国内に感染を蔓延させ、さらに軽症者を入院させねばならなかったので、病床を不足させた。

          後記:保健所は何のためにあるか?

 「保健所が頑張っている」という声があるが、私はその頑張りは感染経路追跡はともかく、さいたま市保健所長が「病院が溢れるのが嫌で(PCR検査対象の選定を)厳しめにやっていた」と公言したように、「PCR検査を阻む」元凶にもなっていたと考えている。
 また、感染者に病院を紹介するなどの役割を担うはずなのに、5月2日~5日の長い連休には保健所は全て閉鎖し感染者に対応する所員が一人も出ていない。コロナには連休はない。連休だからこそ、数名は交代で出勤し、感染者の対応に当たるべきではないだろうか。妻は2日から激しい下痢などの症状(メディアも報じていないが、これもコロナの症状)で、夜も眠れない食もほとんど全く取れない衰弱しきった状態で支えないと歩くこともできない数日を経て、連休明けの6日朝にかかりつけ医の紹介で市民病院に入れたが「肺が機能不全」のためICUで酸素ボンベに繋がれた。後1日遅れていたら命も危ない状況だった 。
 連休中は救急外来のある病院も救急診療所も「熱がある患者」は受け付けない。病院を紹介してくれるかもしれないと期待し保健所に電話しても休業で通じない。そこで、兵庫県の新型コロナウイルス健康相談コールセンターに連絡し、妻が病に苦しんでいる状態を伝え、「どの病院も対応してくれないので病院を紹介してください」と依頼しても、所員は「病院の紹介はできない」と言う。何故かと問うと「個人情報になりますから」と言う。一体、何のための健康相談コールセンターなのか、「病院を紹介することが個人情報を伝えることになる」というのはどういうことか。「個人情報」を病院紹介の職務を逃れる錦の御旗に使うという全く理解のできない対応だった[4]



 


[1] 保健所が「そういう決まりです」として、陰性の家族に自宅待機などを強い、科学的知見に基づく活動のできない機関であることは、夫がウイルスに感染した読売新聞論説委員川嶋三恵子氏も指摘している。

[2]  5月の4連休中の保健所閉鎖の結果、連休明けに緊急入院した病院の医師から感染した妻が退院後もガスボンベを外せなくなるかもしれないと伝えられ、5月の本連載を休止した経緯もある。

[3]  昨年春にホストクラブがクラスターと報道された後、店で感染対策を装っても、こうした風俗店では、店外のアフターにおいて濃厚な男女の接触が行われている。

[4] 退院後、妻は自宅療養中だが大量の漢方薬や酵素、栄養剤で徐々に回復に向かっている。

 
成田一(なりた はじめ)
大阪大学大学院言語文化研究科名誉教授。英日対照構造論・機械翻訳・言語教育/習得論専攻。大阪大学功績賞受賞。
著書『パソコン翻訳の世界』(講談社現代新書)、『日本人に相応しい英語教育』(松柏社)、編著『こうすれば使える機械翻訳』(バベルプレス)、『英語リフレッシュ講座』(大阪大学出版会)、共著『名詞』「現代の英文法6」(研究社)、『ことばは生きている』(人文書院)、『日本語の名詞修飾表現』(くろしお出版)、『翻訳辞典2002』(アルク)、『私のおすすめパソコンソフト』(岩波書店)、『英語教育徹底リフレッシュ』(開拓社)、『21世紀英語研究の諸相―言語と文化からの視点―』(開拓者)他。英文テキスト編注解説、論文・新聞(読売、朝日、日経など)・雑誌記事(『SPA!』(責任編著)、『週刊現代』、『英語教育』、『新英語教育』、『Professional English』、『The Professional Translator』、『Cat(cross and talk)』他)多数。英語教育総合学会会長。