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『総合的な翻訳による英語教育』第35回

2021/03/22

『総合的な翻訳による英語教育』第35回
 
ー 英語のコミュニケーションとは?
 













  
「英語のコミュニケーション」って何?

 1月24日に小学校英語教育学会京都支部(KEET)の特別企画オンライン研究会が開かれた。講演者染谷藤重氏(京都教育大学)が「日本語の授業より英語の方が小学生のコミュニケーション能力が高い」という趣旨の話があったので、「英語のコミュニケーションというのは具体的にどういうことですか」と質問したところ、「英語の方が発言が多い」と言うが、確認すると「教えられた表現を使って」ということだった。要するに、Where is your pencil/eraser? にIt is on the desk.と答えたり、What color do you like?にI like yellow.と答えるといった定型表現をイタリックの変数部分を入れ替えて使う形のやりとりなのだが、これを安易にコミュニケーションと言うのはいかがなものだろうか。
 「コミュニケーション」は自由な発話場面において新奇な対話を行うことであり、それには英語の文法力と語彙力が必要だ。特定の場面を想定し定型表現を使って発話させ「対話もどき」のことをしても、これをコミュニケーションとは呼べない。日本語の授業でこうした定型表現での対話をさせたりはしない。子供の自発的な発話が少ないのは当然だ。
 そもそもコミュニケーション力は日常的にことばを使う基盤(文法、語彙力)が幼児期でも整っている母語でこそ育てるものだ。そうして育まれたコミュニケーション力を、ことばを使う基礎がどうにか習得された英語力を使って、臨機応変に運用する。それが英語コミュニケーションということだ。英語のイロハもできていない小学生が、母語によるよりコミュニケーションができるはずがないではないか。「英語教育の目的はコミュニケーションの育成にある」とする文科省英語指導要領の根底にも見られるこういう薄っぺらなコミュニケーションの理解が英語教育を歪めるのである。

「新課程直前・高校英語『授業は英語で』を考える―何のために、どのように行うのか―」(上智大学・ベネッセ応用言語学シンポジウム2012)の中の講演「『授業は英語で』なぜ行うのか―生徒・教師は教室でどのように変わるのか」において、文科省の調査官は、「新学習指導要領外国語科の目標は「コミュニケーション能力を養う」ことだけである」と断じ、これにより「高校の外国語科の科目は一新される」と述べている。しかし、英語でのコミュニケーションは、英語力がそれなりになければ不可能である。ところが、現実には、中学修了時までに習得すべき基礎的な英語能力を習得できていない生徒が過半数以上いるのだ。
 この状況において、そのようなコミュニケーション能力のみに偏った目標を設定することは、生徒の英語力の実情を無視した暴挙であるばかりか、高校の授業において、「基礎的な英語能力の支えとなる文法力」やそれを踏まえた「読み書きの能力」を、ますます軽視することになりかねない。この目標のまま「英語での授業」を進めれば、英語力を支える基盤が脆弱なままになり、運用にも支障をきたすようになる。

英訳に際して必要な文成分の復活

 3月5日にオンライン開催された産業日本語研究会シンポジウム「サイバースペースにおける産業日本語」の中のパネル討論で、「日本語は文脈依存的で省略が多く、英語への翻訳においてそれを補う必要があり、機械翻訳にはそれが難しい」との発言があった。文成分の省略を減らして英語への翻訳に繋げやすくしたいという思いがあっての発言だろうが、日本語における「省略」は言語的な側面から捉える必要がある。英語は「文成分を全てあらわさなければならない」構造保持言語であるため、繰り返される名詞を代名詞などの形で残す。これに対し、日本語は非構造保持言語のため文脈的に分かっている場合には代名詞を残さないのだ。敢えて文成分の省略を減らすと日本語らしい表現ではなくなる。むしろ、学生にはそうした日英語の言語的な特徴の違いを認識させ、「日英翻訳では省略成分を補い、英日翻訳では代名詞を訳さない」という訓練をするのが、良いのではないだろうか。学力がなく、和文英訳した英文に「主語や動詞が欠ける[1] 」事態が改善できるだろう。

日本人は目で欧米人は口で表情を読むからマスクをしない?

 2月9日のMBSのテレビ番組「ひるおび」で、心理学者の山口真美氏(中央大)が、日本人のマスク着用率が高いのは、「日本人は目が喜怒哀楽を表し、欧米人は口が喜怒哀楽を表す」ためだとした。つまり日本人は相手の目が見えることで表情を読み取ることができるので、マスクに対しても抵抗が少ないが、欧米人はマスクをすると相手の表情を読み取ることができないので、口を覆うマスクをしたがらないというのだ。
 山口氏は生後7か月の日本人の子供76人とアメリカ人の子供77人を被験者として、モニターに映る人の顔のどこを見るか4台のカメラで目線の位置を割り出した。その(注視点がオレンジに光る)映像から、日本人の子供は微笑みかける目元が母親の特徴だと認識してほとんど目を見ているが、欧米人の子供は話しかける動く口元が母親の特徴だと認識して目と口を見ていると指摘した。しかし、映像で目線の位置を見ると、欧米人の子供ほどではないが、日本人の子供も口を見ていることを示すマーキングがある。(特に英独語に特徴的だが)欧米の言語では、①口を大きく開いたり②唇をギュッとすぼめたり③両唇をパッと一気に開き呼気を吐き出したり④舌を使って唾が飛ぶような破裂音も出す[2] 。このため、自然に口を見ることになるのだろうが、日本語ではそうした口や舌を大きく激しく動かすことはしない。だが、映像の注視点の大きさからみても、欧米人もやはり目の表情の方が大事なのだ。山口氏のように、「日本人は目で欧米人は口で喜怒哀楽を表す」という結論と言うか主張は短絡的であり、我田引水の感がある。
 心理学の研究で以前から知られていたのは、赤ちゃんは物と人が区別できるようになると、人の顔に興味を示す。特に目元と口元を強く注視するようになる。人は乳児の段階から、相手の視線や表情を観察し、その意図や関心のありかを探ろうとする本能がある。「目は心の鏡」と言うように、人間の心理状態は目に最も現れやすい。目の動きに感情が現れるのだ。マンガで目がキラキラ光る少女の絵があるが、男女とも恋人を見つめる場合、瞳孔は20%ほど開くという。キラリと目が光った状態だ。口元は欧米人でも二次的な表象になるに過ぎない。スポーツクラブでカナダ人の知人にも訊いたが、同じ意見だ。
                                                              
 日本人は目上の人に話すときは、相手の目をじっと見続けるのは失礼だから、それを避ける傾向がある。だが、欧米人は相手の目をしっかり見て話さないとやましいことがあると勘ぐられる。そのようにアイコンタクトによる非言語コミュニケーションについて学生にも話してきた。欧米文化では対話における視線の役割が大きい。なお、日本でも欧米でも、相手に見つめられた途端に目をそらそうとする人は、相手に対して何らかのコンプレックス、或は隠し事や何かやましいことを持っている事が多いようだ。

米国テキサス大学の名誉教授マーク L.ナップによれば、非言語コミュニケーションは次のように分類される。 

①    身体動作(身振り、姿勢、顔面の表情、視線、目の動き、まばたき、瞳孔の収縮など)
②    身体の特徴(容貌、スタイル、頭髪、皮膚の色、体臭など)
③    接触行動(タッチング(相手に触れる)、握手、抱擁するなどの身体的な接触)
④    近言語(音声の音響学的な特徴、泣き・笑い、間投詞(ああ、ちょっと、はい)など)
⑤    プロクセミックス(対人距離、パーソナルスペース、縄張りなど)
⑥    人工物の使用(服装、装飾品、化粧など)
⑦    環境(インテリア、照明、温度など)

①    身体動作:視線や目の動きによって相手に与える印象が違ってくる。
②    身体の特徴:頭髪に一本の乱れも見られなければ、その人はおそらく几帳面という印象を与える。
③    接触行動:日本人が初対面の人に(握手や抱擁など)接触行動をとることは少ないが、国際的なコミュニケーションの場においては、日本人の接触行動の少なさがネガティブな印象を与える場合がある。
④    近言語:日本人の会話の中では相づちがないと、話し手は聞いてもらえていないのではないかと不安を感じるが、民族や文化によっては過度の相づちは良くない。
⑤    プロクセミック:1960年に米国の人類学者E.T.ホールが提唱した理論で、他人との距離のとり方は意思の伝達手段の一つ。この距離には文化的な違いがある。
⑥    人工物の使用:相手に与える印象に強く関係する重要な要素。その場に合わない化粧や服装などは、相手に不信感を与える要因になることもある。
⑦    環境:環境はコミュニケーションに影響を与える。寒色系の照明よりも暖色系の方が落ち着いた雰囲気になり、ゆっくり話をしながら食事をするのに適している。
 
 このように、非言語コミュニケーションは文化に深く関係しているため、その違いについての知識がないと、誤解を生じたり、悪い印象を与えたりする場合がある。日常的に抱擁などの接触行動をとる文化圏では、コロナの危険性が叫ばれても、そうした慣習は残り、感染が広まる事態を生んでいる。
 
  

 

[1]  全国の国公私立大学723校を対象に調査によると、学力が足りず大学の授業についていけない学生に高校レベルの補習をした大学は2008年度264校あった。これは、少子化、大学入学定員の増加、大学進学率の上昇などによって「大学全入時代」となったことや、AO入試や推薦入試など筆記試験のない入試枠が増えたことによる全般的な傾向だ。
英語の場合は、相当に深刻な状況である。語彙がないから英文を読めない文法を知らないので書いた英文には主語や動詞がないなどが珍しくない。非構造保持言語から構造保持言語への転換ができないのだ。


[2]  ウイルスの飛沫感染が欧米人に多いのはこれも原因だ。

 


成田一(なりた はじめ)
大阪大学大学院言語文化研究科名誉教授。英日対照構造論・機械翻訳・言語教育/習得論専攻。大阪大学功績賞受賞。
著書『パソコン翻訳の世界』(講談社現代新書)、『日本人に相応しい英語教育』(松柏社)、編著『こうすれば使える機械翻訳』(バベルプレス)、『英語リフレッシュ講座』(大阪大学出版会)、共著『名詞』「現代の英文法6」(研究社)、『ことばは生きている』(人文書院)、『日本語の名詞修飾表現』(くろしお出版)、『翻訳辞典2002』(アルク)、『私のおすすめパソコンソフト』(岩波書店)、『英語教育徹底リフレッシュ』(開拓社)、『21世紀英語研究の諸相―言語と文化からの視点―』(開拓者)他。英文テキスト編注解説、論文・新聞(読売、朝日、日経など)・雑誌記事(『SPA!』(責任編著)、『週刊現代』、『英語教育』、『新英語教育』、『Professional English』、『The Professional Translator』、『Cat(cross and talk)』他)多数。英語教育総合学会会長。