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『総合的な翻訳による英語教育』第31回

2020/11/24

『総合的な翻訳による英語教育』第31回

多読の効用と限界












  

多読の効用

 近年、「英文は大体の意味が掴めれば良い。辞書も調べなければ和訳もしないで、大量の英文を読み進むのが英語力を高めることになる」として、熱心に薦める教師もいるなど、プチトレンドの感がある「多読 [1] 」だが、その授業での扱い方と効用については吟味する必要がある。
 多読 [2] においては、「テキストのレベルが読み手の英語習得レベルよりワンランク低い」ことが前提となる。語彙も未知語が1頁当たり2,3個程度をあまり超えてはいけない。辞書で調べたり読み返したりしないでどんどん読み進むのだが、それにはテキストを速やかに読めるだけの文法知識と語彙の習得が不可欠である。そうした文法と語彙の知識が備わっていなければ、速やかな多読を行えないのだ。学習途上では、「精読」によって文の構造と意味を正確に分析・理解する訓練を行ない、英文読解の基盤を固めることが先決だ。その基盤能力を活用して多読が可能になるのである。
 「多読をすることで、より高い英語力が文法面でも語彙面でも得られる」という主張もみられる。大量の英文に接することで、そこに含まれる未習得の英語の文法や構造の知識を無意識の内に習得できると言うのだが、果たしてそうであろうか。多くの英文を速やかに読むことによって、新たな文法、構造や表現に遭遇したとしても、学習者が自らその機能や意味を正確に把握し、教わっていない文法操作を無意識に会得することは考えられない。
 たとえば、仮定法の仕組みや基本的な用法を学校で教えられていたとしても、「助動詞と主語の倒置が条件を表わす」ことを教えられていなければ[3]、“Had they begun earlier, the task of learning a foreign language would have been easier.”のような英文に接して、どれだけの生徒が“If they had begun earlier, …”の意味で理解・解釈できるのだろうか。構文解析などに強い一部の学習者だけだろう。 
 「新たな言語表現に接して、学習者が自らその機能や意味を知り、必要な操作などを無意識に会得する」のは、(日韓語や欧州の同族諸語のように)自分の母語がその外国語に(方言差ほどに)近く文法や操作がほぼ共通な場合には可能かもしれない。違う部分が少ないので、それに気付き、母語の文法を微調整するといったプロセスが想定できる。だが、日本語と英語は世界中の言語の中でも言語差が最も大きい。「インプットの英文を読む中、教わっていない数多の文法規則を発見する」ことは「言語を自動獲得できる時期」を過ぎた小学校中学年以降の学習者にはほぼ見込めない。
 また、語彙については、教師に意味や使い方の説明を受けるとか、文脈的にどういう意味かを推測した上で辞書引きを行なって、適合する意味を選んでしっかり覚えるという作業をしないと記憶に定着しない、という報告もある。多読においては、未知語を調べないで読み進み、意味を正確には理解しないきらいがある。だが、それでは記憶に残らない。何となく分かったつもりでいるような学習の仕方は実力を養うものにはならないのだ。
アメリカの大統領選 で勝利を確実にしたバイデン氏が、トランプ大統領が法廷闘争を続け敗北宣言をしない状況を念頭に、「率直に言って、恥ずかしいことだ」と批判した。「恥ずかしいこと」と翻訳されたのはembarrassmentだが、辞書には「困惑、戸惑い、狼狽」などの語義が記載されている。バイデン氏側だけでなく多くの国民も「戸惑い」を覚えるような「民主的選挙結果を認めない執念深い対応」を「恥ずかしいこと」と表したのである。なお、「敗北宣言」と訳されることばもconcession speechが元で「(権限などの)委譲」を意味する。したがって、「大統領の権限を委譲する」と宣言することを指すので、報道で使われる「敗北宣言」という訳は、原語とは若干違ったニュアンスになる。こうしたことは精読の授業で説明されないと生徒自身では分からない。

文法・語彙アクセスの自動化に有効

 ただし、英語力を高めるというのが、「英語をより速やかに読めるようになる」という面を指すなら、その効果を否定するものではない。多読をすることにより、既知語の認識も速くなるし文の構造解析も速やかになり、同時に意味処理も速くなる。これはそうした言語処理がある程度まで自動化するプロセスだが、この解析能力は口頭運用においても働くし、解析を支える文法力は、文の生成の際にも半自動化された形で威力を発揮する。その意味で「多読」は極めて有効な自動化手段となるのである。通訳能力の向上にもつながる。もちろん、これは文法解析語彙力が習得できていることが前提だ。
 読解においては、黙読であっても、語彙の認知と文解析・意味理解を行なう過程で「脳内で音読」している。脳内では無音ではあるが、生理的に発声器官を動かさなくても、音声化のための脳内制御が作動している。音読に対応する筋を制御する脳の活動が起こっているのだ。したがって、これは実際の音読に向けての訓練にもなるし、発声の基礎訓練になる。発音教育と訓練・練習がしっかり行われていれば、多読で脳内音読を重ねることにより発音が半自動化される。なお、特殊技法を駆使する「速読」ではテキスト中の所定範囲の文の瞬間的な把握の連続のようなプロセスなので音声化は起こらない。

教師の指導下での多読?

 多読では教師による解説がなくても理解できる英文を読むことが原則だが、多読作業は授業時間外での「生徒の自習課題(宿題)とする」のが現実的だ。作業を授業中にさせた場合、それは生徒が教師を通して学ぶ時間だけでなく、教師という人的資源の有効活用を損なうことになる。教師は、授業中、英文の理解の確認など補助的な役割を果たすに留める。すなわち、「多読」作業についての教師の役割は、多読の際の読み方の技術指導とか授業外で生徒が読んだ英文の理解内容の確認、重要な構文や語彙についての解説であって、(一部に見られるようだが、)多読を生徒にさせて机間を巡ることではない。教師のいる授業中に多読をさせると授業時間の有効活用ができなくなる。
 多読では、素材分量が多い分、頻繁に同一の語彙や構文に接するため、その処理に必要な文法規則や語彙へのアクセスの過程で、言語運用がかなり自動化すると考えられる。ただし、基盤能力が十分に整う前の学習初期から中期にかけての段階で、多読を行なっても、学んでいない高度な文法力の獲得にはつながらない。その意味でも、まず教師が指導する精読によって文の構造と意味を正確に分析・理解する訓練をしっかり行ない、英文読解の基盤を固める。その基盤能力を踏まえて多読を行なうのだ。

多読以前の訳読による読解力養成

 訳読の習慣が付くと、多読の弊害になるという批判もある。だが、訳読は現在の自分の英文読解能力よりも若干高いレベルの英文 [4]を、構文解析を行なって言語的意味を理解しつつ文脈・文化的な背景に照らして意図された意味を読み解く作業を、教師の指導の下、教室という場において行ない、その質を高めていく教授法である。この作業で文法構造の解析力も高まるし、語彙知識も豊かになる。文構造を反映した音読における発音指導により、口頭運用の基盤もできる。このように訳読は英語の音韻、文法、構文解析、語彙、作文、文化など総合的な説明を行なうものなのだ。ただし、これはあくまでも教室での「指導方法」であり、学習者の読解過程ではない。学習者自身は、英語読解力が中級レベル以上に上がってくると、英文の流れに沿って理解する。いちいち和訳することはない。

  


[1]  Harold Palmerが「多読」(extensive reading)という言葉を外国語教育において最初に用い、「素早く」「次から次へと」本を読むことで、読者の注意は内容に注がれるのに対し、「精読」(intensive reading)では1行1行辞書や文法で調べ分析し訳しテキストの表現を記憶しながら学ぶとした。

[2]  ネットの英語多読サイトには「多読の最初は字のない絵本です。そこからほんの少しずつレベルを上げていきます。すると、母語に訳さず、身につけたい外国語をその外国語のまま理解できるようになっていきます。」という説明も見られる。魅力的な誘いだが、思春期の生徒にはそう甘いものではない。

[3]   もちろん、教師から教えられなくても、文法書などで学んで入ればその知識はある。

[4]  精読を授業で行なうのが訳読だが、訳読に使うテキストは生徒の現段階の能力(i)より若干レベルが上(i+1~3)のものでなければならない。(レベルが(i+1)なら自習もできる。あまりレベルが上(i+5)のものは、教えようとしてもなかなか習得できない。)多読や速読が生徒の現段階の能力より若干レベルが下(i-1)のものを使うのと対照的だ。


 


成田一(なりた はじめ)
大阪大学大学院言語文化研究科名誉教授。英日対照構造論・機械翻訳・言語教育/習得論専攻。大阪大学功績賞受賞。
著書『パソコン翻訳の世界』(講談社現代新書)、『日本人に相応しい英語教育』(松柏社)、編著『こうすれば使える機械翻訳』(バベルプレス)、『英語リフレッシュ講座』(大阪大学出版会)、共著『名詞』「現代の英文法6」(研究社)、『ことばは生きている』(人文書院)、『日本語の名詞修飾表現』(くろしお出版)、『翻訳辞典2002』(アルク)、『私のおすすめパソコンソフト』(岩波書店)、『英語教育徹底リフレッシュ』(開拓社)、『21世紀英語研究の諸相―言語と文化からの視点―』(開拓者)他。英文テキスト編注解説、論文・新聞(読売、朝日、日経など)・雑誌記事(『SPA!』(責任編著)、『週刊現代』、『英語教育』、『新英語教育』、『Professional English』、『The Professional Translator』、『Cat(cross and talk)』他)多数。英語教育総合学会会長。