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『総合的な翻訳による英語教育』第29回

2020/09/23

『総合的な翻訳による英語教育』第29回

ー翻訳と通訳はどう違うのか?―

 












  

 バベル翻訳専門職大学院(USA) 副学長 堀田都茂樹氏から、通訳、翻訳の兼業の視点から、「翻訳と通訳の距離が縮まりつつある!?」というテーマで、自由な意見交換をしたいと提案があった。本稿では、その整理内容に留意する共に、翻訳、通訳という作業の共通点と相違点の本質に迫るが、スマホ翻訳通訳技術の利用も絡めて現実的に考えてみたい。

翻訳と通訳の共通点と相違点
 堀田氏は以下を提示している。
 
共通点
・ソース言語をターゲット言語に変換する。
・ソース言語の内容とターゲット言語の内容が同じになるように変換する。
・言語的差異のみならず、文化的差異の処理が必要となる。
相違点
 ・SpokenとWritten、モードが違う。
 ・作業に許される時間に違いがあり、
  翻訳は表現形式にまでこだわり、通訳は内容を重視する。
 ・翻訳は等価性(Equivalence)重視、通訳は忠実性(Identity)重視の傾向がある。
 ・翻訳には調査の時間が持て、改定、変更が可能。
 ・翻訳は永続的、通訳は一時的。

 共通点については筆者も同意だが、相違点については若干留意、補足したい箇所もある。まず、「作業に許される時間に違いがあり、翻訳は表現形式にまでこだわり、通訳は内容を重視する
[1] 。」という点だが、「表現形式」については言語間の距離が大いに関係する(本稿「言語間の距離と翻訳/通訳」参照)。超近似言語間ならば「表現形式を表面的に転写する」ことにより、翻訳だけでなく通訳でも「原言語の表現形式が訳言語でも再現」できる。
 次に、「翻訳には調査の時間が持て、改定、変更が可能。翻訳は永続的、通訳は一時的。」という点だが、従来、メモを取りながら一定分量ごとに訳す逐次通訳の場合でも、近年は音声翻訳(通訳)アプリ/通訳機を作動させ、その訳を聞きながら、(辞書機能により専門用語なども適切に訳出された)その訳を参考にして通訳することが可能だ。必要に応じて情報確認にスマホの検索機能を活用できる。この作業は(数秒遅れで通訳する)「同時通訳」の際にもある程度は可能だ。また、スマホに通訳音を録音させれば、翻訳同様、改定、変更も永続もできることになる。

**なお、パソコンやスマホでネット情報を瞬間的に翻訳できるだけでなく、
  多言語間翻訳/通訳アプリにより、(道を訊いたり教えたりといった)
  日常会話は無論、かなり込み入ったコミュニケーションでも、通訳者を
  介さずに、世界の各地の外国人と対話できる
[2]
  もちろん、リモート対話でも同じだ。

翻訳と通訳はどう違うのか


 翻訳でも通訳でも、「どういう分野のものを訳すか」により訳質に求められるものが違う。科学分野や(株式など)経済分野、(法廷など)法律分野、技術指導、ニュースなどの場合、「文章が自然かどうか」より、「翻訳内容が正確かどうか」
[3]が重要なのだ。その分野の専門知識や専門用語や特有の表現に詳しいことが求められるため、分野に特化した専門の通訳者が少なくないが、スマホの通訳アプリを使えば、専門知識はなくても対応できる。
 翻訳では、文芸作品の場合は、(①原文に沿った忠実な訳を作成し、)②これを翻訳調ではない自然な訳文に改める作業が必要になるが、さらに、③芸術的な香りの翻訳に改めることもある。翻訳にはじっくり時間をかけられるが、どれだけ自然な翻訳で原文の芸術的な香りをどこまで出せるかは、訳者の個人的な感性に依る。芸術的なセンスが求められるのだ。通訳の場合には、特に「俊敏さと正確さ」が求められる。訳文の自然さは特に求められない。科学分野や経済分野の会議、ニュースの通訳、さらに(法廷通訳など)法律分野や現場での技術指導などが通訳の対象となる。

言語間の距離と翻訳/通訳

 翻訳でも通訳でも、特に問題なのは、どういう言語間の翻訳・通訳かということだ。それが翻訳/通訳の時間、訳質の自然さなど、あらゆる局面に関わっている。
 特に英仏通訳など、極めて近い超近似言語間の通訳は語順が同じだけでなく文法も構文も多くが共通だ。英語本来の2音節の日常語彙は別だが、それ以外の3音節以上の語彙はフランス語から借用されたものなので、聴こえた文の流れに沿って活用や発音を若干変えれば良い。このため、作業負荷はさほどでもない。
 語順も文法、構文がほぼ同じなだけでなく語彙も音韻調整で対応する超近似言語と違い、最も遠い言語である日英語の通訳は、語彙や発音が全く違うのはもちろん、基本語順だけでなく修飾語句の位置も逆転するので、講演の通訳などで、発話の流れに沿って通訳するリアルタイムの処理は尋常では考えられないほどの注意力が必要となる。

日英同時通訳は神業

 通訳は時間の流れとの勝負だ。講演などでは一段落ほどのまとまった内容ごとに訳す逐次通訳になるが、メモを取りながら訳すこともできる。だが、話者が話し始めて二、三秒遅れで訳す同時通訳になると、とにかく(言語対によって)「基本語順の違い」、そして「言語差」が、決定的に作業の難易度を左右する要因になる。
 超近似言語の通訳は原文に沿うような訳が可能だが、日英語のような最もかけ離れた言語では、英語では述部の最初に動詞が現れるのに対し、日本語では最後に現れるため、文末まで待たないと動詞が現れず否定か肯定かも分からない。それでも文の途中で英訳するには見切り発車するしかないので、予測が外れた場合には修正が大変だ。一方、英日では発話の始めにすぐ動詞や否定辞が現れるので失敗はない。

 **国連の会議だと対応言語の通訳者が数名通訳ブースに入り、
   言語差の大きい言語間だと通訳者の記憶負担と緊張が限界に迫る
   15分ほどで交代しながら通訳とサポートを分担する。


どこまで翻訳できるのか?

 翻訳というのは、基本的には源言語から目標言語に「意味」を移す作業だが、その意味も「論理的な意味」以外に「文化的なニュアンスを含む意味」があり、さらに場合によっては、(漢字、仮名などの)視覚的表現形式や(俳句などの七五調の)音調形式、(擬音擬態語による)音韻象徴など「媒体形式に随伴するイメージ」まで移せるのか、ということも問題になる。通常、翻訳にしても通訳にしても、論理的な意味は伝えられるが、文化的なニュアンスを含む意味は困難だ。超酷似した言語でない限り、形式や音韻のイメージ(「音象徴」)まで移すことは困難だが、英仏語間ないし日韓語間ならそれができる。
 日本語のように、英語とは構造、配列のあらゆるレベルで正反対で語彙、形態、音韻面でも共通性がない言語では、補足的な表現を付加することも含め、論理的にほぼ同等の意味をどうにか伝えられるという程度が精一杯で、文化的ニュアンスや形態、音韻形式に伴うイメージなどはほぼ全て犠牲にせざるを得ない。それどころか、翻訳文においては、原文の語彙や文体には見られなかった「訳文言語側に起因する言語文化的ニュアンスやイメージ」を生み出してしまうことが避けられないのだ。


異質な文化参照枠に沿った翻訳・通訳

 翻訳・通訳というのは、ただ原文の意味を言語的なレベルで目標言語に訳出することではない。「自然な意訳」になっていなければならないのだ。「自然な」というのは、日本語の表現として自然な(日本語らしい表現)だけでなく、日本人の文化・社会的な背景知識において、正しく文意が理解される「意訳」であることも重要だ。これには原文の英語を正しく理解できるだけの文化・社会的な背景知識が求められる。さらに、訳文の日本語を読む者が原文の英語の意味を日本の文化・社会的な背景知識に照らして理解できるように、「文化・社会的な背景知識の転換」を行なう形で和訳を提示する必要がある。翻訳・通訳は、原文を目標言語の文化的な環境において適切に機能(=理解)できるようにする作業だ、と言っても良い。

英仏通訳の詳細

英仏翻訳[4]では(フランス語における「(目的語の)代名詞の動詞前への移動」[5]などを除けば)ほとんど語順が一緒なだけでなく、(通常3音節以上の)語彙(ギリシャ・ラテン語由来のフランス語とそれを借用した英語)は、綴り字も実質的に同じだ。発音は若干変容するがごく一部を除けばアルファベット通りに読むので、英語より遥かに変則性がない。このため、いわば「シャドーイング」[6]に近い感覚での①語彙レベルの瞬時的な置換(同じ語彙の英音から仏音への転換)と②(活用や文法辞の移動などの)文法的調整だけで通訳できる。句構造ごとに訳せば、その修飾対象が曖昧なままで、しっかり意味を理解していなくても、翻訳そのものは成立する。極めて浅いレベルの翻訳だ。技術的な内容のために、意味を明確に理解していなくても 、修飾関係が分かっていなくても[7] 、言語的なレベルでは通訳できる[8]のである。


[1]    翻訳も通訳も内容は重視するが、翻訳は表現形式にもこだわるということ。

[2]  2012年2月に、多言語間翻訳・通訳機能がスマートフォンに秋から搭載される予定がメディアで報じられた際に、TBSラジオの番組『荒川強啓デイ・キャッチ!』の中で、筆者は自動翻訳のメカニズム、日英・英日、英仏・仏英、日韓・韓日翻訳の精度と音声認識レベル、定型表現を組み込んだ「場面会話」通訳機能の実用性などについて、電話インタビューに答えた。

[3]   堀田氏の挙げる等価性(Equivalence)と忠実性(Identity)の違いを定義いただきたい。

[4]   11世紀のノルマン王朝以降300余年英国の公用語がフランス語だったことから、英語はフランス語の影響を語彙だけでなく文法面でもかなり受け、複雑な名詞活用などゲルマン語の特徴を失いロマンス語化し、言わば混合語に変貌している。

[5]   ラテン語の子孫として姉妹関係にあるイタリア語、スペイン・ポルトガル語、南仏語においても「目的語の代名詞の動詞前への移動」が起こる。こうした言語間では「文法辞の操作と語彙ならびに活用接辞の置換」だけで翻訳がほぼ成立し、構造レベルの処理はあまり必要ない。

[6]   発話の直後から発声を影のようになぞって発声する訓練法。

[7]  英仏語の配列は修飾語句も変わらないため、英文で曖昧な修飾関係を同じ配列で仏文に置き換えれば翻訳が成立する。訳文の曖昧性の解消は読み手が行えば良い。一方、日英語間では修飾関係が曖昧なままでは翻訳できない。例えば、I killed a man [with a stick].は「僕は[杖を持った]男を殺した」か「僕は[杖で]男を殺した」と訳すが、これにはwith a stickの修飾先を決定しなければならない。

[8]   国際シンポジウムにおけるオーストラリアの翻訳会社の発表でその旨の報告があった。
 


成田一(なりた はじめ)
大阪大学大学院言語文化研究科名誉教授。英日対照構造論・機械翻訳・言語教育/習得論専攻。大阪大学功績賞受賞。
著書『パソコン翻訳の世界』(講談社現代新書)、『日本人に相応しい英語教育』(松柏社)、編著『こうすれば使える機械翻訳』(バベルプレス)、『英語リフレッシュ講座』(大阪大学出版会)、共著『名詞』「現代の英文法6」(研究社)、『ことばは生きている』(人文書院)、『日本語の名詞修飾表現』(くろしお出版)、『翻訳辞典2002』(アルク)、『私のおすすめパソコンソフト』(岩波書店)、『英語教育徹底リフレッシュ』(開拓社)、『21世紀英語研究の諸相―言語と文化からの視点―』(開拓者)他。英文テキスト編注解説、論文・新聞(読売、朝日、日経など)・雑誌記事(『SPA!』(責任編著)、『週刊現代』、『英語教育』、『新英語教育』、『Professional English』、『The Professional Translator』、『Cat(cross and talk)』他)多数。英語教育総合学会会長。