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『総合的な翻訳による英語教育』第27回

2020/07/22

『総合的な翻訳による英語教育』第27












  

 本稿では、世界最速のスーパーコンピューターとなった「富岳」についての社説「スパコン世界一 高性能を幅広い分野に生かせ」(読売新聞(2020/06/28)のオンライン英文版Use world’s fastest supercomputer’s features across wide range of fields(June 28, 2020))を取り上げ、読解の授業を音読や文法構造、背景となる知識などを解説する形で多角的に実践してみたい。(固有名詞の配列についての説明では末尾に「授業の余談「大学名の英語」」を載せた[1])英文の上には社説の日本語を記載したが、これは英文と対照するためだ。日本語の社説とその英文版なので、その英文は一応社説の英訳ではあるが、社説をそのまま英訳したものではない。社説が簡略的に述べていることを英文版では背景説明的な面も踏まえた記述になっている箇所もみられる。本稿では社説の日本語文を英文版社説のプロフェショナルな英訳ではどのように表現しているかを見ることで、英訳の技法を学ぶことができる。なお、参考のためにGoogle翻訳でも日英、英日を対照してみたが、英日は原文の表現構造に沿った訳文となっており、日英より精度が高い。

英文の理解と修飾関係

 英文を理解するには、名詞がandで結ばれている場合、動詞や前置詞の目的語が前の語か後ろの語か、所有格や形容詞ないしは副詞がいずれの語を修飾しているかを見極めなければならない。例えば、John didn’t die happily.では、助動詞didに統合された縮約否定辞n’t(not、but、cat、cap、topでもそうだが、通常、語末の無声破裂音[p]と[t]は発音しない)がhappilyを修飾するのであれば(統合前の基底文:John died not happily.)、和訳は「ジョンは幸せな死に方をしなかった」であり「ジョンは死んだ」のである。一方、happilyがJohn didn’t die という文を修飾するということであれば、「幸せなことに、ジョンは死ななかった」であり「ジョンは生きている」ことになる。この曖昧性をなくすにはJohn didn’t die, happily.のようにカンマをいれるか、Happily, John didn’t die.のように語順を変える必要がある。

 修飾関係の伝達や理解には、文脈情報や文化社会的な背景、人間関係などが重要だが、言語レベルでは音声情報も大切だ。話したり読んだりする場合には、John didn’t dieとhappilyとの間にポーズを置くということになる。ポーズを置かないで読めば通常「幸せな死に方をしなかった」の意味になり、ポーズを置けば「ジョンは生きている」ことになる。したがって、話し方、読み方が意図された意味の伝達には重要なので、授業で英文を音読する場合にも修飾関係を反映した読み方をしなければならない。「読み方で意味が変わる」ということだ。

英文社説の分析

その①

基礎科学や企業の研究開発にスーパーコンピューターが重要な役割を担っている。世界と戦える競争力を維持し、産業の振興につなげたい。(社説)

Supercomputers are playing an important role in  fundamental science and companies’ research and development. It is hoped [that Japan will maintain its competitiveness in this field [to compete with the rest of the world] and 2promote its industry]. (英文社説)

 上の第一文では in の目的語[fundamental science]and [companies’ [research and development]] にはandが二つ出て来るが、下線で示すように最初のandが二つの名詞句を結んでおり、軽く[ən]と読む。二番目のresearch and development という名詞句の内部のand は二つの名詞を結ぶ。これも軽く[ən]と読むが[ə]が更に弱く[n] しか聞こえない。構造関係が読みに反映するのである。It is hoped [that Japan will 1maintain its competitiveness in this field [to compete with the rest of the world] and 2promote its industry].では、willに続くのがandで結ばれた 1maintain …worldと 2 promote…industryである。このandも軽く[ən]と読む。いずれにせよ、通常anddは読む場合も話す場合も音声化しないのである。

比較対照

社説の「世界と戦える競争力を維持し、産業の振興につなげたい」が英文では、

It is hoped [that Japan will maintain its competitiveness in this field [to compete with the rest of the world] and 2promote its industry].

となっているが、この英文は直訳的に和訳すると、「(この分野で)世界(の他の国々)と戦える競争力を維持し、産業を振興することが望ましい。」となる。だが、社説の日本語では( )部分を省略し、It is hopedに対応する下線部分を「につなげたい」とする簡潔な表現だ。つまり、英文が社説の簡略な日本語の表現において削がれた部分を説明的に補った表現になっているのである。日英表現の妙と言おうか。

比較対照MT

日英MT(和文社説のMT訳)

基礎科学企業の研究開発にスーパーコンピューターが重要な役割を担っている。世界と戦える競争力を維持し産業の振興につなげたい。(社説)⇒ Supercomputers play an important role in basic science and corporate research and development. We want to maintain competitiveness to compete with the world and promote industry.(MT訳)

このMT訳は、第二文が英文社説と異なり、下線部の対照で分かるように、社説を文体的にもそのまま翻訳したものになっている。

英日MT(英文社説のMT訳)

Supercomputers are playing an important role  in fundamental science and companies’ research and development. It is hoped [that Japan will maintain its competitiveness in this field [to compete with the rest of the world] and 2promote its industry]. (英文社説)⇒スーパーコンピュータは、基礎科学や企業の研究開発において重要な役割を果たしています。日本がこの分野で競争力を維持し、世界と競争し、産業を振興することが期待されます。(MT訳)

このMT訳もほぼ英文の表現構造に沿った正確な和訳となっている。第二文のmaintain its competitiveness … the world]を敢えて英文通りに直訳すると、「世界と競うべく、日本がこの分野で競争力を維持し、」となるだろうが、MT訳のままで全く問題ない。

その②

理化学研究所(理研)と富士通が開発したスパコン「富岳」が、計算速度を競う世界ランキングで1位になった。先代の「京」が2011年11月に獲得して以来、8年半ぶりの朗報だ。(社説)

The Fugaku supercomputer [developed by Riken and Fujitsu Ltd.] ranked No. 1 in the world [based on computation speed]. This good news comes 8½ years [after its predecessor, K, ranked as the world’s best in November 2011]. (英文社説)

The Fugaku supercomputerは [developed … Ltd.] という分詞句の修飾を受けこの文の主語となっているが、この句はwhich was をdevelopedの前に補い関係節で示すと分詞句に慣れていない学生には分かりやすい。ただ、固有名詞が普通名詞を修飾する形で前に置くより普通名詞に続くのが普通 なので、The Fugaku supercomputerはThe supercomputer Fugakuの方が良いのではないだろうか。

比較対照

「計算速度を競う」が「世界ランキング」を修飾する節として表されているが、英語では分詞句[based…speed]によって表されている。これはranked No. 1 in the world(「世界一に順位付けられた」)の根拠ないし基準を提示する表現で、社説の日本語とはかなり違う表現だ。

第二文では「8年半ぶりの朗報だ」がThis good news comes 8½ years [after…のように表現されている。学生が英作に使える対応だ。なお、前の文で世界一になっているので、社説では「2011年11月に獲得して」だけで「世界一」を省いているが、英文ではranked [as the world’s best]…のように明示されている。

比較対照MT

日英MT(和文社説のMT訳)

理化学研究所(理研)と富士通が開発したスパコン「富岳」が、計算速度を競う世界ランキングで1位になった。先代の「京」が2011年11月に獲得して以来、8年半ぶりの朗報だ。(社説)⇒ The supercomputer "Togaku", developed by RIKEN and Fujitsu, has ranked first in the world ranking in terms of calculation speed. This is the good news for the first time in eight and a half years since the previous K computer acquired in November 2011.

社説のスパコン「富岳」The supercomputer "Togaku"とMTで訳されているのは語順的にはこれが普通なためだろう。(何故か第二文ではthe previous K computerとなっているが、これもthe previous computer Kとなれば良かった。)ただし、「富岳」が"Togaku"と訳されているが、これは富士山の別称なので機械辞書に記載がなかったためだ。ただ、他の箇所の"Fugaku"を含む英文のMTによる英文和訳では「富岳」となっている。英訳の難しい「計算速度を競う世界ランキングで1位になった」も「獲得して以来、8年半ぶり」もほぼ適切な翻訳となっている。

英日MT(英文社説のMT訳)

The Fugaku supercomputer [developed by Riken and Fujitsu Ltd.] ranked No. 1 in the world [based on computation speed]. This good news comes 8½ years [after its predecessor, K, ranked as the world’s best in November 2011]. (英文社説)⇒
 理研と富士通が開発したスーパーコンピュータ「富岳」は、計算速度で世界第1位。この良いニュースは、前任者であるKが2011年11月に世界最高と評価されてから8年半後のことです。(MT訳)

 このMT訳の「前任者であるK」は「前任/先代の京」が望ましいが、英文社説は素直な英語なのでほかは適切に訳されている。

その③

日本は02年に国産スパコン「地球シミュレータ」で世界一の座についた。スパコン大国の米国は衝撃を受け、巻き返しに出る。その後は中国が10年に初のトップに立つなど台頭が著しい。日本は地盤沈下が否めない状況だった。(社説)

[When Japan’s domestic supercomputer Earth Simulator was ranked the world’s best in 2002], the United States, a supercomputer powerhouse, was shocked and aimed [to recover the position]. Since then, however, China’s rise has been remarkable, as evidenced by  [it first winning the top spot in 2010] and [other achievements]. There was no denying [that Japan was experiencing a decline in its research foundation]. (英文社説)

 第一文の[to recover the position]は動詞aimedの目的語となる不定詞句だ。第二文では前置詞 by の目的語になっているのはitを主語とする分詞句[it first winning the top spot in 2010]と名詞句[other achievements]である。上記文の理解に必要な文法説明はこれ位だろう。

比較対照

社説では2文に分けて併記していた文を、英文版では第一文を[When Japan’s domestic …the world’s best in 2002]のように時を表す副詞節とし、第二文を主文とすることで社説の「スパコン大国の米国は衝撃を受け、巻き返しに出る」をより強調した表現にしている。社説の「その後は中国が…台頭が著しい。」に記載の「台頭が著しい」ことの証左として「10年に初のトップに立つなど」とさらりと述べるに留まるのに対し、英文版ではas evidenced by  [it first winning the top spot in 2010] and [other achievements]と明確な説明をしている。さらに、社説の「日本は地盤沈下が否めない状況だった。」の「地盤沈下」は文脈から研究基盤が弱くなっていることだと分かるが、英文版ではThere was no denying [that Japan was experiencing a decline in its research foundation].の下線部分のように明確に説明している。

比較対照MT

日英MT(和文社説のMT訳)

 日本は02年に国産スパコン「地球シミュレータ」で世界一の座についた。スパコン大国の米国は衝撃を受け、巻き返しに出る。その後は中国が10年に初のトップに立つなど台頭が著しい。日本は地盤沈下が否めない状況だった。(社説)
In 2002, Japan took the top spot in the world with the domestic supercomputer "Earth Simulator". The supercomputer nation, the United States, is shocked and rebounds. After that, the rise was remarkable, with China taking the first place in 10 years. Japan was in a situation where land subsidence cannot be denied. (MT訳)

 社説の「国産スパコン「地球シミュレータ」で世界一の座についた。」において「世界一の座についた」のは「国産スパコン「地球シミュレータ」」なので、前置詞withを付帯的に付けたJapan took the top spot in the world with the domestic supercomputer "Earth Simulator".では原文の意味を正確には表していない。また「巻き返しに出る」がreboundsと訳されているのは「立ち直り」程度の意味なので弱い。with China taking the first place in 10 years.以下で状況説明しているが、定冠詞の付いたthe rise was remarkable, では「何の台頭」なのか分からない。社説の「地盤沈下」はそのままland subsidenceと訳されているが、これは日本的な比喩表現なので、英文社説のa decline in its research foundationが明確な事実表明として遥に分かりやすい。

英日MT(英文社説のMT訳)

[When Japan’s domestic supercomputer Earth Simulator was ranked the world’s best in 2002], the United States, a supercomputer powerhouse, was shocked and aimed [to recover the position]. Since then, however, China’s rise has been remarkable, as evidenced by [it first winning the top spot in 2010] and [other achievements]. There was no denying [that Japan was experiencing a decline in its research foundation]. (英文社説)

 日本の国内スーパーコンピューターである地球シミュレーターが2002年に世界最高のランク付けされたとき、スーパーコンピューターの大国である米国はショックを受け、地位を回復することを目指しました。しかし、それ以来、中国の台頭は目覚ましいものであり、2010年に初めて中国がトップの座を獲得したことやその他の業績によって証明されています。日本が研究基盤の衰退を経験していることは否定できない。(MT訳)

 ほぼ正確に訳されているが、as evidenced by [it first winning … achievements].が「中国の台頭は目覚ましいものであり、2010年に...によって証明されています。」は、「目覚ましい。そのことは2010年に...によって」に改めたら関係が明確になるだろう。

授業の余談「大学名の英語」: 大阪市立大学と大阪府立大学が統合されて大阪公立大学になる予定だが、その英語名をUniversity of Osakaとするというのが、府知事から公表された。しかし、この英語名については大阪大学から抗議の声が出ている。大阪大学は英語名Osaka Universityだが、海外ではUniversity of Osakaの名称でも知られている。英米の大学は地名が大学名になっている場合、(University of OxfordやUniversity of ChicagoやUniversity of Californiaなど)、University of … という形式が一般的なのである。(ただし、州立大学はCalifornia State University)大阪府は大阪都への移行を目指しているのだから、統合大学の名称も大阪都立大学とし、英語名をOsaka Metropolitan Universityとするのが、良いのではないだろうか。


[1] 
 固有名詞の配列については、本稿末尾の「授業の余談「大学名の英語」」を参照。
 

成田一(なりた はじめ)
大阪大学大学院言語文化研究科名誉教授。英日対照構造論・機械翻訳・言語教育/習得論専攻。大阪大学功績賞受賞。
著書『パソコン翻訳の世界』(講談社現代新書)、『日本人に相応しい英語教育』(松柏社)、編著『こうすれば使える機械翻訳』(バベルプレス)、『英語リフレッシュ講座』(大阪大学出版会)、共著『名詞』「現代の英文法6」(研究社)、『ことばは生きている』(人文書院)、『日本語の名詞修飾表現』(くろしお出版)、『翻訳辞典2002』(アルク)、『私のおすすめパソコンソフト』(岩波書店)、『英語教育徹底リフレッシュ』(開拓社)、『21世紀英語研究の諸相―言語と文化からの視点―』(開拓者)他。英文テキスト編注解説、論文・新聞(読売、朝日、日経など)・雑誌記事(『SPA!』(責任編著)、『週刊現代』、『英語教育』、『新英語教育』、『Professional English』、『The Professional Translator』、『Cat(cross and talk)』他)多数。英語教育総合学会会長。