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『総合的な翻訳による英語教育』第23回

2020/03/23

『総合的な翻訳による英語教育』第23回












 
 
 
 前稿では、自動翻訳の誤訳などについて言及したが、人間でも通訳が難しいことはある。話者のメンタリティーが不思議な発話を生むことがあるが、これは通訳してもポエムになる。日常生活における発話には、母語話者にとっては易しいゲルマン語系の基本語から成る口語や俗語、さらに諺(ことわざ)やイディオムがふんだんに含まれるが、外国人にとっては、読書でも親しむロマンス語系の難解な文章語よりも分かりにくい。

日英翻訳における日本語の問題
 
 読売新聞の「編集手帳」に「日本の政治家の同時通訳が大変」というイラストレーター山藤章二氏と劇作家井上ひさし氏の対談があった。井上<ここらでひとつ褌を締めて、とかを連発する>。山藤<それで有名なのは、日本の大臣がアメリカに行って挨拶したときに、「貴国と我が国の因縁は浅からぬものがある。なぜなら、貴国のことを日本では米国と書くし、日本の主食は米である」…どう訳せっていうんだ>(『「笑い」の混沌』講談社文庫)

 「褌を締めて」は文字通りの意味ではwear a loinclothだ。この文では「踏ん張る」の意味なのでbrace oneself for an effortや慣用表現のroll up one’s sleeves(「袖を捲り上げる」)という訳語が良い。この類の慣用句は意味が対応する英語の表現を機械辞書に入れておけば自動翻訳・通訳でも出力できる。どちらを選ぶかは場面に拠るのだが、頻度的に多い方を優先させれば、正解率が高くなる。「情けは人の為ならず」、「無い袖は振れない」、「爪に火を灯す」(
極端に倹約する)など、昭和の香りのする諺(ことわざ)や慣用表現の正しい知識が乏しい若者も多い。英語よりも日本語の教育が必要だ。

 「貴国のことを日本では米国と書くし、日本の主食は米である」については、漢字を示すとか、解説をすることでダジャレを伝えるしかないが、これはそもそも大臣のメンタリティの問題だ。環境大臣の小泉進次郎にはポエムとされる独特の言い回しをする「小泉進次郎構文」というのがある。なぜか同じ言葉を使っていかにも説得力あるような言い方をする。

「今のままではいけない。だからこそ今のままではいけないと思っている」
「約束は守るためにありますから約束を守るために全力を尽くします」
「反省しているんです。ただ、これは私の問題だと思うが、反省をしていると言いながら、反省をしている色が見えない。というご指摘は、私自身の問題だと反省をしている」
「気候変動のような大きな問題に取り組むことは、楽しいはずなんです。とてもクールでセクシーであるはずなんです。」

 何を言っているのかさっぱり分からない。人間の通訳者でも自動通訳でも、これはそのまま通訳するしかない。小泉進次郎には学歴ロンダリングの噂もある。神奈川県のFランク関東学院大学経済学部(偏差値47)を卒業して、世界トップ10
[1] にランキングされる米国のコロンビア大学に留学した。父親、小泉純一郎の推薦で入学したのではないかとされる。周知の事実だが、英国や米国では有名私立大学でも膨大な寄付金やコネで入学できるのだ。秋篠宮家の真子様の婚約者に内定した経緯のある小室圭さんもこのケースだ。留学先であるフォーダム大学ロースクールのホームページのニュース欄には、「日本のプリンセス・マコのフィアンセが入学する」と発表されていたが、大学の知名度を上げることから、学力に関係なく入学を認められ、200人中1人しか選ばれない超難関のフォーダム大学の奨学金を2年に渡りゲットし、3年間で2000万円弱の授業料が全額免除になっている。

英語のイディオムを覚えるのは負担

 英語のイディオム(慣用表現)は、2、3語が結びついて元の意味とは違った意味を表す習慣的な言いまわしのことだ。イディオムには、英会話の場面で使える便利な表現がたくさんあるのだが、知らないと通訳できない。1980年代、筆者がカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)
[2] 客員研究員(文部省長期在外研究員)だった頃、初めて自動車の免許を取るために、アパ-トの2階のモルモン教徒の住人に運転を教わった  [3] 。車を出すときにEase out.と言われたが、「ゆっくり出て行く」という意味であることは状況から理解できた。

 しかし、外国人にとって、日常会話で多用されるイディオムが難しい。たとえば、a piece of cakeというイディオムは「そんなの朝飯前」という意味だが、直訳すると「1切れのケーキ」という意味だ。これは状況からはよく分からない。「ケーキを1切れ食べることなんて簡単だ」というところから派生して、その意味で使われるようになったようだ。このように、「なぜその意味で使われるようになったのか」を理解すると記憶に残りやすい。しかし、イディオムの中には、何でそういう意味になったか、不分明なものもある。たとえば、kick and scream「嫌だ嫌だと大騒ぎをする」はどうにか分かるが、kick and main「攻撃的にふるまう」の意味の由来は分からない。kick the bucketは「死ぬ、くたばる」という意味だが、一説では「自分が上に立っているバケツを蹴って、首が吊るした縄で締まって亡くなる」というのがある。もちろん、普通の意味もあり、John kicked the bucket.「ジョンがバケツを蹴った」を受け身にしてThe bucket was kicked by John.と言えるが、「死ぬ、くたばる」の意味では受け身にできない。特異な意味を担う超熟成イディオムは「構造が凍結(frozen)」していて構造を変えられないという統語的な制約がある。ただし、成分の基本的な意味から分かるレベルのイディオムは構造操作が可能だ。たとえば、John took advantage of Mary. 「(弱み/善意に)つけ込む」はMary was taken advantage of by John. ないしAdvantage was taken of Mary.という2つの受動態に変えることができる。

 イディオムだけではない。母語話者が世間で日常的に用いる口語や(「マジ」「やば」など)あらたまった場面では使われないような卑俗な俗語(ぞくご)も外国人にはやっかいだ。俗語は、比較的幅広い層で使用されるが、仲間内だけで用いられるような、くだけた印象を与える言葉で、公的な場や文章では用いられない言葉である。英語のchickは「ひよこ」の意味だが、口語では「(一家の)子供たち」の意味でも使うが、俗語としては(男女同権(Feminist)運動が盛んになる1970年代前に、若者の間で)「若い娘」の意味でも使われた。

 相手を罵倒する言葉にも俗語が使われる。ロサンゼルス在住の頃のアパートには家主に使用を認められた車庫を使ったが、別の部屋の(運転が下手で自分では車を駐車できない)婆さんからは(「そこは私の車庫だ」と言わんばかりに)「車庫代払え」と理不尽に言われ、拒否すると、son of a bitch!(サノバビッチ)「卑劣なやつ、いけ好かないやつ」と罵られた。bitchは「雌犬」だが、俗語では「あばずれ/売春婦」の意味だ。英語は罵りことばの宝庫だ。

 日本人が犯罪の多いアメリカで覚えておかなければならない言葉がある。銀行強盗がFreeze!と言ったら、動いてはいけない。これを知らず殺された日本人留学生がいる。1992年愛知県の高校2年生が、交換留学で米国ルイジアナ州バトンルージュを訪れ、ホームステイ先の高校生と共にハロウィンパーティーへと出掛けた。本人はジョン・トラボルタの衣装を模した服装で、同行者は頭や手足に包帯等を巻きつけ交通事故の被害者の格好に仮装していた。しかし訪問先の家を間違え、玄関のベルを鳴らした。勝手口で応対した妻は異様に仮装した2人を見つけると、夫ピアーズに銃を持ってくるよう要求。夫は寝室から拳銃を持ち出し勝手口へと向かい、2人に向け構え、Freeze!(「動くな」の意味)と警告した。だが被害者はその英語の意味が分からず、We're here for the party.と応えながら勝手口に近づいたため、夫は発砲。弾丸は被害者の左肺を貫いた。

日本の政治家の会話力

 クリントン元大統領が九州・沖縄サミットに出席するために沖縄に到着した時、森喜朗総理の失言を最小限に抑えるため、「どのように受け答えるか」を秘書官と事前に打ち合わせた。秘書官:「総理!もし大統領が表れたら、How are you?と握手をして出迎えて下さい。」総理:「うん、それで、」秘書官:「きっと大統領はFine! Thank you, and you?と答えると思います。そしたらMe too!と答えて下さい。後は付き添い通訳が全てサポートします。」総理「うん、わかった。」

  ところが、実際にクリントン大統領がタラップを降りてきたら、森喜朗総理は握手をしながら、ついWho are you?と言ってしまった。クリントン大統領はジョークでも始まるのかと誤解し、Oh, I'm man of Hillary.( Hillary's husband.)と答えた。総理はすかさずMe too!と答えた。これは森が失言をしたと虚偽報道された問題。一部報道機関、著名人が事実として取り扱ったが、後に毎日新聞論説委員の高畑昭男が、自分が創作したジョークが、事実として広がり報道されたと述べている。しかしながら、このジョークが信じられるのは、森首相が一般入試を受けずに早稲田に裏口入学したという事実
[4] も背景にある。
 


[1]    世界大学ランキング1 Harvard University 2 Stanford University 3 Yale University 4 California Institute of Technology 5 University of California at Berkeley 6 University of Cambridge 7 Massachusetts Institute Technology 8 Oxford University 9 University of California at San Francisco 10 Columbia University 11 University of Michigan at Ann Arbor 12 University of California at Los Angeles 13 University of Pennsylvania 14 Duke University 15 Princeton University 16 Tokyo University 東京大学 57 Osaka University 大阪大学 68 Tohoku University 東北大学 94 Nagoya University 名古屋大学

[2]  University of Californiaは、カリフォルニア州全土に10の大学(バークレー校、デイビス校、サンディエゴ校、サンフランシスコ校、サンタ・クルーズ校、サンタ・バーバラ校、ロサンゼルス校、アーバイン校、リバーサイド校、マーセド校)を持ち、世界的に有名な研究重視の大学群である。

[3]    アメリカの運転免許:(10~15分ほどの)簡単な筆記試験に合格すると、友人や家族など免許を持っている人が助手席に乗って指導すれば路上での運転ができる。1週間ほどの練習で実地試験を受けて免許が取得できる。自動車学校に通う必要がないので試験費用数十ドルで済む。数か月滞米すると、国際免許を取れば国内の免許に数千円で切り替え可能だ。
  
[4]   森首相時の国会で民主党の鳩山氏が”早稲田を裏口入学で入り”と批判。昭和23年、喜朗が小学5年生の時分に早稲田大学のラグビー部がOBである父(根上町長)を頼って根上町に合宿に来た。この時の練習試合を見て喜朗はラグビーに興味を持ち、中学校卒業後金沢二水高校に進学しラグビー部に入部。キャプテンを務め、北陸三県大会で決勝戦にすすんだものの敗退。その活躍から、父の知人であった当時の早稲田大学ラグビー部監督のスポーツ推薦で早稲田大学商学部に入学。

 

成田一(なりた はじめ)
大阪大学大学院言語文化研究科名誉教授。英日対照構造論・機械翻訳・言語教育/習得論専攻。大阪大学功績賞受賞。
著書『パソコン翻訳の世界』(講談社現代新書)、『日本人に相応しい英語教育』(松柏社)、編著『こうすれば使える機械翻訳』(バベルプレス)、『英語リフレッシュ講座』(大阪大学出版会)、共著『名詞』「現代の英文法6」(研究社)、『ことばは生きている』(人文書院)、『日本語の名詞修飾表現』(くろしお出版)、『翻訳辞典2002』(アルク)、『私のおすすめパソコンソフト』(岩波書店)、『英語教育徹底リフレッシュ』(開拓社)、『21世紀英語研究の諸相―言語と文化からの視点―』(開拓者)他。英文テキスト編注解説、論文・新聞(読売、朝日、日経など)・雑誌記事(『SPA!』(責任編著)、『週刊現代』、『英語教育』、『新英語教育』、『Professional English』、『The Professional Translator』、『Cat(cross and talk)』他)多数。英語教育総合学会会長。