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『総合的な翻訳による英語教育』第22回

2020/02/22

『総合的な翻訳による英語教育』第22回












 
 
 
 前々稿では英語民間試験の成績活用に至る経緯と日本人が英語を話せないのは言語差が最大の原因であることを踏まえ、英語民間試験の成績活用の問題点について論じた。前稿では、自動翻訳・通訳の高度化が飛躍的に進む近年の状況を踏まえ、会話試験が必要か、英語教育がどこまで必要か、ということを考えた。

    シンポジウム「日本の英語教育をどうするか―民間試験活用の誤謬―」

 文科省の英語民間試験活用の中止、国語と数学の記述試験の中止を受けて、第18回英語教育総合学会のシンポジウム「日本の英語教育をどうするか―民間試験活用の誤謬―」
[1] を1月25日に開催した。本稿では、前2稿の内容とも重なるところもあるが、このシンポジウムで話され全体討論でも認識を共有された内容の報告をしたい。

 英語教育の転換にもつながる旬なテーマのシンポジウムに、大津由紀雄氏(慶應義塾大学名誉教授)、江利川春雄氏(和歌山大学教授)といった英語教育改革のリーダーを講師陣に招聘したことから関心が高くなったことが伺われるが、近畿圏や中京、四国、中国など従来参加者の多い広域圏だけでなく、札幌からの参加者もあった。

成田:4技能を測る民間試験の入試への活用によって中高の英語教育を変え、英語が話せるようにする政府の方針は、日英語の言語差を全く考慮しない愚策。
蔦田:知識偏重の試験からの脱却を目的に産出能力を選考基準とする概念は受容される一方で、民間試験は学生ファーストであり得るのか?
江利川:専門家不在・官邸主導の英語教育政策。英語民間試験導入など教育市場化による巨大利権構造。英語教育関係者は学理と実践に根ざす主張と行動を!
大津:新しい学習指導要領にその萌芽が明確に見られる、「ことば(language)」の視点からの言語教育こそが現在の混乱から教育を救う鍵である。

英語民間試験の成績活用の黒い背景
 講演の概要は上記の通りだが、英語民間試験の成績活用は、①経済格差に左右されるだけでなく、②それぞれの試験の目的が異なり相互の成績が対応できないほか、③アルバイトの学生にも採点を委ねる予定のため、採点の公平性にも強い疑念があったことから、全受験生に課すべきではない。しかも、これは④それぞれの民間試験に文科省幹部の天下りや政治家への献金や利権も絡んで導入されようとしたことが判明している。この件については、江利川講師が官邸主導の英語教育政策と英語民間試験導入など教育市場化による巨大利権構造を極めて明快に解説して、そこからの脱皮を強く訴えたのに参加者が感銘を受けた。「読み書き」と「聴き取り」は共通テストを利用するにしても、⑤「記述試験」や特に「話す試験」はそれぞれの大学・学部が時間をかけて行うのが、採点・評価の信頼性も担保できるということで、全体会議において認識の一致を見た。

「総合的な文法訳読」により文法語彙力を堅固に!
 それとともに、今後の英語教育の在り方についても議論が交わされた。グローバル化の時代には英語でコミュニケーションできることが重要であるとして、「文法訳読」を政財界や文科省が根拠なく否定してきた。しかし、英語でコミュニケーションをするには英語の基礎能力となる文法語彙力の育成が必要だ。まず(「激動する英語の発音の仕組み」の教育を踏まえた)音読も行う「総合的な文法訳読」により文法語彙力を堅固なものにし、それを踏まえて高い読解作文力を養成することが難関校の受験には欠かせないこと、さらに文法語彙力が、実務において重要なメールや文書などの「読み書き」だけでなく「聴く話す」ことにも大いに役立つことを成田講師が述べたが、全体討議でもその認識が共有できた。

自動翻訳・通訳の高度化とグローバル社会への導入
 さらに、自動翻訳・通訳が近年の人工知能の深層学習により急速に高度化し、学生が授業のテキストの英文の読解や英作文に(Google翻訳などの)アプリで自動翻訳を使用している実態を踏まえ、英語教育も自民党の教育再生実行会議が提案するような「目標を中高の教師でも達成困難な荒唐無稽なレベル
[2]」にするのではなく、それぞれの学生が自らの習得希望に沿って選択する可能性についても成田講師から提案があり全体で討議した。

機械翻訳では愛を語れないか? ただ、会場の中学校の先生から「機械翻訳では愛を語れない」という旨の発言があったが、「よっぽど互いに細かい言葉のニュアンスにうるさいカップル以外は片言の英語で(目と目で)会話できますし、実際共通のコミュニケーション言語を持たずに国際結婚したカップルをたくさん知っています」という私信を北海道情報大学の先生から頂いた。その通りで、愛の交換はともかく、友人関係になるには、まともに言葉が通じない同士のやり取りより、通訳機で相互の言語でコミュニケーションできる方がお互いのことが良く分かる。スマホの普及もあり、言語の壁を破るコミュニケーションができる時代になったのだ。また、江利川講師から代名詞の翻訳について否定的な声もあったが、they/them/their
[3]以外の代名詞はそのまま訳されれば通常は問題ない。もちろん、日英で主語や目的語が欠落しているときに誤訳はするが、それは日本語の欠落部を補って翻訳すれば良いことだ。阪大の理工系の研究室でも使っているし、英語が苦手な学生や先生よりどうにか理解可能な翻訳になる。
通訳機や翻訳・通訳アプリは、市役所の窓口、鉄道の駅、空港などの公共施設、大病院やレストラン、ファーストフード、百貨店、家電店、大型回転すし店など、いろいろな職場(3000企業以上)で多言語通訳機がどんどん導入されてきている。

司法通訳にも多言語通訳機を! 司法通訳の場でも、今後、多言語通訳機の導入は必須だ。全国の地裁・簡裁で外国人が被告となり、通訳がついた事件は2018年に3757件で、5年前の1.6倍に増えた。通訳言語は38言語にも及ぶ。法廷の通訳は難解な法律用語を訳すなど、専門性が要求される
[4] が、現在は書類審査と裁判官による面接で適性を判断している。通信技術の活用も重要だ。ある地裁では別の裁判所にいる通訳が映像と音声をつなぐビデオリンク方式で法廷内のやり取りを通訳する。法務省も、検察での外国人の取り調べにテレビ会議を使った通訳の仕組みを導入し、取調室と通訳のいる別の検察施設を結ぶ。
 今のところ、司法の場での通訳機の導入は予定されていないが、38言語以上の通訳を確保するのは現実には難しいし、通訳のレベルにばらつきがある。過去には、公判での誤訳が問題となったケースがあった。実用レベルにある多言語通訳機(ポケトーク(55言語通訳+19テキスト翻訳19,800円:2017年12月発売)などを導入し、通訳機の訳と比較して違うようであれば、裁判官や検察官が通訳者に通訳の精度の確認を求めるなどにより、適正な操作と公判審理の実現を期すことが求められる。

多言語での情報通知 今回のコロナ・ウィルスのように国民に情報を周知しなければならない事態においては、日本に住む外国人への情報を従来の英語、中国語、韓国語だけではなく38以上の言語で発信することが望ましいが、それには多言語通訳機やアプリの活用が欠かせない。ただし、自動翻訳の結果が「意味が分かるかどうか」の確認は、翻訳者でなくとも、せめて母語話者に確認する必要はある。たとえば、(以前は、職員らが英訳したが、情報更新が遅れがちなので、)2018年7月に自動翻訳を導入した厚生労働省のホームページに掲載された「新型コロナ・ウィルス感染症について」という特設ページでは、情報が随時更新され、画面の<言語切り替え>から英語、中国語、韓国語を選択できるが、外国語への誤訳例には、「手洗いなどの実施」が韓国語では「トイレなどの実施」、英語では「トイレでの実施」(implementation in the restroom)となっており、「そのうちの2つは」が中国語では「何日か過ぎている2つは」となっており、意味が通じない。より高度な自動翻訳の導入が急務だ。

全ての学生が「英語を話せなければならない」のか このように、自動翻訳や通訳機、翻訳・通訳アプリの高度化と普及で、グローバル化を理由に「英語を話せる」教育を全ての学生受けさせる必要がない状況になりつつある。特に、日本語との言語差が極めて大きい英語は、授業はむろん塾や家庭でも学んでも習得できる学生が限られている。英語に費やす膨大な時間をほかの学習に費やした方が有益なのではないか、また、平均で5.5時間もスマホに費やす女子高校生は、英語習得どころかどの授業の予習復習もしていない実態についても憂慮された。

紙の辞書か電子辞書か なお、「紙の辞書と電子辞書/アプリ
[5] のどちらを使うのが語彙習得に良いのか」ということも質問が出たが、携帯と語彙を引くのが容易で音声も聴けるという点では電子辞書/アプリが便利だが、学習段階では、色んな情報を用例を含めページ全体を見てじっくり調べられ、マーカーで記すなどの作業を行うことで記憶にも定着しやすいため、紙の辞書で勉強するのが良いということで講演者一同が一致した。

言語獲得期には誰でもネイティブに
米国での移民の言語習得の調査結果からすると、(WH移動など)日本語にはない文法操作の瞬時処理能力の獲得については、言語獲得期の7,8歳までに習得する必要がある。最近のTV番組で「天才少女が英検2級合格」とか「天才兄弟が大阪城で英語ボランティア」が紹介されていたが、言語獲得期の幼少期に児童英語放送やDVDを毎日見るなど適切なインプットさえ与えられれば、誰でもかなり英語が話せるようになる。言語習得期にはどの子も外国語習得の天才になるのだ。実際、ネイティブの先生の授業を受ける英語保育園
[6]や私大初等科の児童はネイティブに準じる英語力を習得する。一方、文科省の方針のように、小学3,4年でのお遊びの外国語(英語)活動や5,6年での英語教科化では、そうした言語獲得期のメリットは享受できない。


[1]   シンポジウムの講師と演題は、コーディネーター:「民間試験を課せば英語が話せるのか―言語差と脳内処理が壁―」成田一(大阪大学名誉教授)、「英語教育と民間試験の「借用」」蔦田和美(関西外国語大学)、「官邸主導の英語教育政策を問い直す」江利川春雄(和歌山大学)、特別講演「今こそ、「ことば」の教育を!」大津由紀雄(慶應義塾大学名誉教授)

[2]  「成長戦略に資するグローバル人材育成部会提言」(2013年)では、「大学において、従来の入試を見直し、実用的な英語力を測るTOEFL等の一定の成績を受験資格および卒業要件とする」とし、国公立トップ30校の卒業要件をiBT 90点にすることを提言。これは英語教師でもクリアするのが難しい。文科省が英語教師に求めるiBT 80点(英検準1級)に達するのは、中学で28%、高校で53%に留まる。

[3]    they/them/theirは、「彼ら(が/を/の)」と訳されるが、「彼女/それら(が/を/の)」などのこともあり、現段階では改善が迫られる。
  
[4]   米国やオーストラリアには法廷通訳の資格制度があり、ランク別の報酬規程を定めた米国の州もある。日本弁護士連合会では13年同様の精度の創設を提言。19年からは東京外国語大と青山学院大が連携して「司法通訳」養成講座が開講。通訳技法に加えて、法律や裁判の仕組みを教え修了者には終了証を交付。

[5]  『グーグルレンズ』という無料アプリは、英文に向けるだけで日本語に翻訳する。


[6]  その卒園児を受け入れる児童英語スクールもある。

成田一(なりた はじめ)
大阪大学大学院言語文化研究科名誉教授。英日対照構造論・機械翻訳・言語教育/習得論専攻。大阪大学功績賞受賞。
著書『パソコン翻訳の世界』(講談社現代新書)、『日本人に相応しい英語教育』(松柏社)、編著『こうすれば使える機械翻訳』(バベルプレス)、『英語リフレッシュ講座』(大阪大学出版会)、共著『名詞』「現代の英文法6」(研究社)、『ことばは生きている』(人文書院)、『日本語の名詞修飾表現』(くろしお出版)、『翻訳辞典2002』(アルク)、『私のおすすめパソコンソフト』(岩波書店)、『英語教育徹底リフレッシュ』(開拓社)、『21世紀英語研究の諸相―言語と文化からの視点―』(開拓者)他。英文テキスト編注解説、論文・新聞(読売、朝日、日経など)・雑誌記事(『SPA!』(責任編著)、『週刊現代』、『英語教育』、『新英語教育』、『Professional English』、『The Professional Translator』、『Cat(cross and talk)』他)多数。英語教育総合学会会長。