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『総合的な翻訳による英語教育』第20回

2019/12/23

『総合的な翻訳による英語教育』第20回


 
          
 
 前稿では英語民間試験の成績活用に至る経緯[1]と日本人が英語を話せないのは言語差が最大の原因であることについて論じた。本稿では、英語民間試験の成績活用の問題点を、記述試験の採点の信頼性と会話試験の実施の実行可能性への疑念、といった観点から掘り下げ高校、大学などの対応の流れについて記す。





記述式問題成績評価の客観性
 大学入学共通テストの国語・数学で導入される記述式問題について、難関大への合格実績がある高校を対象に大学通信、駿台予備学校、毎日新聞社が共同でアンケートしたところ、約7割が「廃止が望ましい」と回答した。(毎日新聞2019年11月15日)

 受験生
50万人に対し1万人規模の採点者が必要となるが、学生アルバイトにも採点させる予定であることから、記述試験の成績評価の客観性と公平性には疑問がある。また、受験生は自己採点に基づいて出願先を決めるが、これまでの客観試験と違い自己採点し難く、自己採点と民間試験企業の採点とのズレが重大な影響を与えかねない。何より問題なのは、採点基準を決める業務を委託されているベネッセが「教育経験不問、サクッと稼げる」と記して採点の学生アルバイトを募集していることだ。

 
2016年に文科省が設置した「共通テスト検討・準備グループ」は、事務局からの提案に対して委員がそれぞれの立場で意見を述べる性格のもので、英語については格差の問題などさまざまな課題が指摘されたが、その課題に具体的にどう対応するか、具体策までの議論は十分には行われなかった。また50万人の記述内容を民間がどう採点するのかまでは議論していない。

 それぞれの記述問題について複数の正答の条件を記載し、それを参照して、教員と高校生が採点したところ、両者の点数に倍近い差が生じたという。教員とアルバイト学生でも点数に大きな差があることは変わらないだろう。試験は受ける側に選抜する側への信頼関係がないといけないが、高校生も「アルバイトの学生が自分の将来がかかった共通テストを採点するとなったら納得できない」という。高校生グループが文科省に来年度の記述式試験の中止を求める要望書を提出している。

大学の入学試験での記述問題の採点
 特に重要なことだが、多くの大学の入学試験では、英語でも(英文エッセイだけでなく和文英訳や英文和訳などの)記述問題においては、問題作成委員の教員が解答例を提示し、採点委員の英語教員に対し、「どういう解答なら正当として良いか」を丁寧に解説し、同じ問題の担当者同士でも採点基準を相談する。このため、かなり信頼のおける採点になるが、それでも
10点満点で12点の個人差は避けられない。このため、同じ学部の受験者の同じ問題は同じ教員が担当し、学部内での差が出ないように配慮する。だが、英文エッセイは内容と英語を評価するので担当のネイティブ教員の採点には15点満点で24点程度の差は出てしまう。そこで同じ答案を二人が採点し調整する大学もある。それだけ採点には慎重な態勢で臨むのである。数学・国語の記述問題の採点も同様だ。

 これに対し、
50万人分の膨大な答案を20日間という短期間で学生を含むアルバイトが採点する民間の試験では、そうした検討の場や配慮があるとは考えられない。文科省は「国語の記述試験を2次試験に進む受験生を絞り込む「2段階選抜」の判断材料にしないように要請する」ことを検討しているが、そういうものを合否に使うのはおかしいという批判が国会でも出た。

話すことを試験することの困難さ
 大学受験において、センター試験では「読む聴く」能力をみたが、「書く話す」を加えるために民間英語試験の導入を決定した。ただし、「話す」能力を確認するためには、面接方式で英会話をする必要があるが、時間的にほんの1、2分の英会話のやりとりしかできない。それで「話す」能力が評価できるのか。英検などはそれぞれの級で、一応、文法の間違いや発音の良し悪しのほかトピックに対してどう考えるか、その理由を1、2挙げるなどの基準はあるものの、どんな採点をするかは面接官によってかなりズレや揺れがある。TOEFLやIELTSは現在より一桁多い受験者数になる可能性もある
[2が、その場合、新たにネイティブもしくは日本人の教員の面接官を確保することは到底できない。もちろん、学生アルバイトは面接官にはできない。

民間委託の暗部

 ベネッセが高校関係者向けに配布した資料では、「採点基準を助言する業務を受託した」と記載した上で、自社の模試を「入試改革に対応した出題、生徒に気づきを与える採点フィードバック」などと謳っていた。業務を受託する事実を利用して取引を誘引することにより、「本業務の中立性および信頼性を損なっている」と国会でも批判され、萩生田文科大臣も「厳重に抗議して是正を促していきたい」と答えている。さらに、テレビ朝日の「朝まで生テレビ!」では、司会の田原総一朗氏が民間業者決定時の下村文科大臣にベネッセから二千数百万円献金があり、文科省から何人もベネッセ関連業者に天下りしていること、試験の実施に伴い
120億円が投じられることに疑念が抱かれている。TV朝日『羽鳥のモーニングショー』に出演したジャーナリストの田崎史郎氏は、『受験生は約50万人いる。2回やれば1006団体に入る。最初2団体だったのが6団体に増えたのは、それぞれに政治家が付いてるから』と、背後に政治家の利権が絡んでいることを示唆した。
 新聞などのメディアにおいて、英語民間試験の成績活用
[3]については、色々な大学や全国高校長協会[4]、英語教育者から批判と疑問が出されていることが報道され[5]ていた。

受験機会の格差
 その①:受験生の居住地や家庭の経済状況で受験機会に差が出る。民間試験の行われるような大都市に住み裕福な家庭の子弟だと、どんなに高額の試験でも2回3回と受けられるし、一番良い成績を報告できるだけでなく、その試験対策を教える予備校や塾に通える。ネイティブの教える英会話スクールにも通え、話す能力を高められる。地方都市の場合、民間試験の行われる大都市への移動時間と交通費(および宿泊費)という負担も避けられないだけでなく、対策に通える予備校や塾、英会話スクールもない。
 その②:大学受験時の民間試験受験費用等に係わる格差ではないが、英語を話す能力については幼少時の教育が大きく影響する。裕福な家庭では英語の授業を週に何度も行う幼稚園や保育園や(日本人向け)インターナショナルスクール
[6]に子供を通わせ、私立の小中一貫校[7]に入れる。言語獲得期なのでどの子も速やかに話せるようになる。やはり格差社会では早期英語教育のメリットを利用する機会が大きく違う。言うまでもなく、これが大学入学時の英語力の圧倒的な差につながるのである。
 上記2点に記した理由で、格差社会では教育の機会均等が阻害されるということだ。

国公立大、入試では独自に「活用しない」
 共通テストでの英語民間試験の活用は、受験生が来年
412月に団体種類の試験から選び、2回まで受験。大学入試センター経由で志望先の大学に成績が提供される予定で、全大学・短大の約割にあたる629校が参加を表明していた。しかし、2020年度に始まる大学入学共通テストへの英語民間試験の導入延期[8]を受け、各国立大学は1129日、20年度実施の英語入試方針を発表した。国立大82校の8割に当たる66校が、一般入試では独自に「活用しない」とした。
 各大学の発表などによると、国立大82校のうち78校が民間試験を使う予定だった。しかし、東京大、京都大、大阪大など62校は導入延期を受け、「活用しない」と変更した。このほか、15校は独自に民間試験を「活用する」とした。学部によって対応が異なる大学もあるが、いずれも既に一般入試で民間試験を活用しており、引き続き使うという。

 こうした流れの中、結局
1217日、現状、採点に関する課題の解消が難しいとして、萩生田文科大臣が共通テストでの数学・国語の「記述式問題」の延期を発表した。

 
[1]201310月政府の教育再生実行会議が大学入試センター試験に代わる新テスト(外国語の外部検定試験の活用:思考力・判断力・表現力など幅広い学力の把握)の導入を安倍首相に提言。1412月中央教育審議会がテスト改革案(英語民間試験活用:国語と数学での記述式問題の導入)を下村文科大臣に答申。177月文科省が20年度からの大学入学共通テストの実施方針を公表。

[2]
 TOEFL:世界約72万人・国内約8万人。IELTS:世界約250万人以上・国内約3.7万人。GTEC(4種類):102万人。なお、民間試験の活用への参加を辞退したが、TOEIC:世界約700万人・国内約250万人(聞く、読む)、3.2万人(話す、書く)。英検(7種類):340万人。

[3] 民間試験の成績活用の問題点:7つの民間試験は出題の目的、形式、難易度が違い、学生によって違う試験の成績をどう対応させるか分からない。公平性に疑問符が付く。

[4] 20199月に英語民間試験活用の延期を文科省に要望

[5] 201811月の試行調査(プレテスト)では、国語の記述式問題で生徒の自己採点と実際の得点が一致しないケースが3割程度あった。

[6]
 全ての授業がネイティブにより教えられるので、卒園時には英検準2級になる幼児もいる。

[7]
 やはり、1年生から多くの英語の授業をネイティブが担当するので、初等科高学年では聴き取りはネイティブ並みで話す能力も優秀な大学生よりも遥に高く、読み書きも高校2年レベルにはなる。

[8] 
 「身の丈に合わせて頑張ってもらえれば」という自身の発言で追い込まれた萩生田文科大臣が111日に英語民間試験活用の延期を表明。
 
 
 


成田一(なりた はじめ)
大阪大学大学院言語文化研究科名誉教授。英日対照構造論・機械翻訳・言語教育/習得論専攻。大阪大学功績賞受賞。
著書『パソコン翻訳の世界』(講談社現代新書)、『日本人に相応しい英語教育』(松柏社)、編著『こうすれば使える機械翻訳』(バベルプレス)、『英語リフレッシュ講座』(大阪大学出版会)、共著『名詞』「現代の英文法6」(研究社)、『ことばは生きている』(人文書院)、『日本語の名詞修飾表現』(くろしお出版)、『翻訳辞典2002』(アルク)、『私のおすすめパソコンソフト』(岩波書店)、『英語教育徹底リフレッシュ』(開拓社)、『21世紀英語研究の諸相―言語と文化からの視点―』(開拓者)他。英文テキスト編注解説、論文・新聞(読売、朝日、日経など)・雑誌記事(『SPA!』(責任編著)、『週刊現代』、『英語教育』、『新英語教育』、『Professional English』、『The Professional Translator』、『Cat(cross and talk)』他)多数。英語教育総合学会会長。