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『総合的な翻訳による英語教育』第18回
2019/10/23
『総合的な翻訳による英語教育』第18回
-音読と語彙・文法アクセスの自動化

本稿では前稿までの「英語の発音のエッセンスと音質のダイナミックな変容」を授業で教え習得させることを前提とした「音読と音読による語彙・文法アクセスの自動化」について、脳の活動との深い関係を踏まえて明らかにして行きたい。
音読による語彙・文法アクセスの自動化
音読[1]には語彙と文や句の構造が記憶に定着する効果[2]がある。すなわち、短めの文や句を繰り返し音読することによって、その文の語彙と構造パターンの記憶への定着が堅固なものとなり、その語彙と語句の機能や文や句の構造を自動的に引き出せる状態で、脳中に蓄積することができるのである。何度も反復して音読練習することにより、(抑揚、強勢など)英語の音韻システムの獲得が促進されるだけでなく、記憶された語彙と構造パターンを導く語彙・文法規則が実質的に[3]自動適用されるようになる。そのため、英文の構造解析が高速化し直読直解力も向上する。その結果、脳のワーキング・メモリー[4]における言語処理時間が速まり、それに伴って、思考に振り向けられるメモリー量(思考スペース)が拡大することになる。英語でやりとりする際に、言語処理に追われて、じっくり考える余裕がない状態から、ある程度解放されるのである。
脳イメージング
2000年頃までに、国内でもMRIなどの機器を備えた医学部のある大学ほかの研究機関においては、脳科学の研究、特に「脳イメージング」によって、脳のどの領域が活動しているのかをリアルタイムで可視化できるようになっている。黙読や音読においては、言語領域だけではなく文章の処理中に想起される映像を描く視覚領域も活動しているなど、ほぼ全脳領域が活性化することが確認されている[川島教授(東北大学)のグループほかの研究]。
黙読と音読のプロセス
黙読でも脳のかなり広い領域が活動するが、音読ではほぼ全脳領域[5]が活動する。読解プロセスとして、①(眼球を停留させて)文字を知覚し、②単語を認知して、それを③音韻符号化し、黙読では、④脳内で発声する、という一連の低次処理の段階からなるが、音読では、(発音器官を動かして)④発声する。この発声の際には、発音器官の筋の協働を制御する脳の機構が活発に稼動し、筋が実際に動く。このため、黙読より幾分広い脳の領域の活動が検出[6]される。なお、語彙アクセスだけでなく構文・意味解析を行なって、それを反映したイントネーションで適切に読むのが、正しい音読になる。したがって、黙読においても音読においても、構文・意味解析を実行する文法機構と意味機構が中心的に稼動する言語処理と音声処理が多重的に進行するのである。
音読による脳の多重活性化
英語力の総合的な向上に、徹底的な音読が推奨されることが多い。ただし、①産出に気をとられ内容理解が伴わない(「空読みparrot reading」)とか、②速読の妨げになる(速読は普通の読書とは異質な技法を要する特殊な作業で、脳内&実際の音読と深く関連する読解プロセスとは切り離して扱うのが適切であり、批判には及ばない(本稿末の補足「速読の技法」参照)。)など、その効果について否定的な見方もある。だが、負の影響は「内容を理解してから音読する」ことで回避できる。音読を繰り返す過程で内容が理解され、黙読の速度も向上するという報告さえある。黙読においても、脳の音声制御部が音読と同じように活動するという研究もあるが、音読と違い実際に筋の協働を作動する制御に関わる脳の運動野の実際の活動がないので、作業負荷が少なく活動領域が若干少なくなるのであろう。
文章理解の際にも、語彙の音声面の処理(脳中の内的音読)が関わるのだろう。恐らく、認識に音声を必須としない漢字などの表意文字よりも(仮名を含む)表音文字において、より深い関与があると推定される[7]。
音読では、①テキストの意味・構造的なまとまりを把握し、②それに基づいて音声化を実行する、といったプロセスを踏むことになる。これには「構造・意味解析に関わる脳の部位」と「音声の認識・制御に関わる脳の部位」をそれぞれ同時に並行的に稼動させることになる。(発音した音声は自分自身それをフィードバックして聴くことになると予測されるが、脳のイメージングによるとそれはかなり抑えられるようだ。話す際には聴こえない方が良いのだろうが、同時通訳ではどうだろう。)少なくとも二つの言語処理を担う脳内機構が働くことになる。慣れないとなかなか困難だが、これは母語を話す際に我々が無意識に実行している作業だ。日頃からこうした音読練習をしておけば、いざ外国語を話すといった状況に素早く対応できる。構造・意味解析には、文中の述語の許す複数の構文情報の中から、読み手の背景知識も動員して、文脈に相応しいものを総合的に選び出すプロセスが介在する。音読は、数珠つなぎのように「単語を読み連ねる」といった表層的なレベルの作業では決してない。文法・知識情報を総動員して文章解析を遂行し、それを音韻・音調的に実現していく「多重並列的な統合処理」なのである。
補足 速読の技法
「速読」は、「読む場所を選ぶもの」と「全文を読むもの」の2つに大きく分けられる。トレーニング方法や習得にかかる時間も違い、理解度も変わってくる。
「読む場所を選ぶもの」:新聞やビジネス本を読むのに向き、「斜め読みや飛ばし読み」とも呼ばれる。本文の前に目次や見出しを見て、あらかじめ読みたい部分の目安をつけ、読みたいところだけ読む。既知の内容や興味がない文章はどんどん飛ばす。膨大な情報から本当に必要なものを選択するスキル。本を読みながら情報の取捨選択を瞬時にし、迷ったら読み飛ばす。「慣れるコツは、眼球をすばやく動かすこと」。最初は普通に読むよりずっと集中力が必要で疲れるが、慣れていくにつれ自然と読めるようになる。
「全文を読むもの」:小説や参考書を読むのに向き、文章を一文字、一行ではなく、「1頁を絵のように捉える」。そのため、まず読視野を広げることから始める。普通に読むと、一目で認識できる文字数は3~4文字だが、7~8文字、15~16文字と少しずつ増やしていく。文字数を増やすと、それだけ認識するのに時間がかかるが、次に行うのは、その認識時間を減らすトレーニング。認識できる文字が3~4文字から7~8文字に増えたら、認識する時間も3~4文字の時と同じくらいの時間でできるように意識しながら本を読むことで習得。一目で認識できる文字数を増やし、認識するまでの時間を減らしていくと、最終的に1頁を絵のように捉えられる。
[1] 英文の音読をサポートする「音声合成(読み上げ)ソフト」も市販されている。ネイティブの(喜怒哀楽の感情を表す)音読に準じるレベルだ。平均的な日本人の英語教師より良い。個々の単語の発音だけでなく、音調(イントネーション、リズム)も悪くない。Globalvoice English3(HOYA)は英語の文章を読み上げするソフト。簡単な操作で学生の自主的な音読の手本に使えるネイティブライクな英語音声が作れる。(但し、使用にはテキストのファイル化が必要。)なお、Globalvoice CALL2は発音矯正ソフトで、学習者の『英語発音』と『リズム』を自動判定する。発音上達のコツが分かるほか、発音記号の基礎を修得できる機能がある。
[2]イスラム教徒はコーランを歌のようなメロディーに載せ、体も大きく揺らして音読する。黙読より記憶への定着効率が高い。仏教のお坊さんが独特で抑揚なくお経を唱えるのにもそうした効果がある。
[3] 語彙・文法規則が「実質的に自動適用する」というのは、語彙と構造パターンは語彙・文法規則により導出されるものであり、脳中においてその規則適用作業が実施されないとしても、適用結果としての語彙と構造パターンを抽象的パターンとして記憶し、それを話者が使うと考えられるためである。
-音読と語彙・文法アクセスの自動化

本稿では前稿までの「英語の発音のエッセンスと音質のダイナミックな変容」を授業で教え習得させることを前提とした「音読と音読による語彙・文法アクセスの自動化」について、脳の活動との深い関係を踏まえて明らかにして行きたい。
音読による語彙・文法アクセスの自動化
音読[1]には語彙と文や句の構造が記憶に定着する効果[2]がある。すなわち、短めの文や句を繰り返し音読することによって、その文の語彙と構造パターンの記憶への定着が堅固なものとなり、その語彙と語句の機能や文や句の構造を自動的に引き出せる状態で、脳中に蓄積することができるのである。何度も反復して音読練習することにより、(抑揚、強勢など)英語の音韻システムの獲得が促進されるだけでなく、記憶された語彙と構造パターンを導く語彙・文法規則が実質的に[3]自動適用されるようになる。そのため、英文の構造解析が高速化し直読直解力も向上する。その結果、脳のワーキング・メモリー[4]における言語処理時間が速まり、それに伴って、思考に振り向けられるメモリー量(思考スペース)が拡大することになる。英語でやりとりする際に、言語処理に追われて、じっくり考える余裕がない状態から、ある程度解放されるのである。
脳イメージング
2000年頃までに、国内でもMRIなどの機器を備えた医学部のある大学ほかの研究機関においては、脳科学の研究、特に「脳イメージング」によって、脳のどの領域が活動しているのかをリアルタイムで可視化できるようになっている。黙読や音読においては、言語領域だけではなく文章の処理中に想起される映像を描く視覚領域も活動しているなど、ほぼ全脳領域が活性化することが確認されている[川島教授(東北大学)のグループほかの研究]。
黙読と音読のプロセス
黙読でも脳のかなり広い領域が活動するが、音読ではほぼ全脳領域[5]が活動する。読解プロセスとして、①(眼球を停留させて)文字を知覚し、②単語を認知して、それを③音韻符号化し、黙読では、④脳内で発声する、という一連の低次処理の段階からなるが、音読では、(発音器官を動かして)④発声する。この発声の際には、発音器官の筋の協働を制御する脳の機構が活発に稼動し、筋が実際に動く。このため、黙読より幾分広い脳の領域の活動が検出[6]される。なお、語彙アクセスだけでなく構文・意味解析を行なって、それを反映したイントネーションで適切に読むのが、正しい音読になる。したがって、黙読においても音読においても、構文・意味解析を実行する文法機構と意味機構が中心的に稼動する言語処理と音声処理が多重的に進行するのである。
音読による脳の多重活性化
英語力の総合的な向上に、徹底的な音読が推奨されることが多い。ただし、①産出に気をとられ内容理解が伴わない(「空読みparrot reading」)とか、②速読の妨げになる(速読は普通の読書とは異質な技法を要する特殊な作業で、脳内&実際の音読と深く関連する読解プロセスとは切り離して扱うのが適切であり、批判には及ばない(本稿末の補足「速読の技法」参照)。)など、その効果について否定的な見方もある。だが、負の影響は「内容を理解してから音読する」ことで回避できる。音読を繰り返す過程で内容が理解され、黙読の速度も向上するという報告さえある。黙読においても、脳の音声制御部が音読と同じように活動するという研究もあるが、音読と違い実際に筋の協働を作動する制御に関わる脳の運動野の実際の活動がないので、作業負荷が少なく活動領域が若干少なくなるのであろう。
文章理解の際にも、語彙の音声面の処理(脳中の内的音読)が関わるのだろう。恐らく、認識に音声を必須としない漢字などの表意文字よりも(仮名を含む)表音文字において、より深い関与があると推定される[7]。
音読では、①テキストの意味・構造的なまとまりを把握し、②それに基づいて音声化を実行する、といったプロセスを踏むことになる。これには「構造・意味解析に関わる脳の部位」と「音声の認識・制御に関わる脳の部位」をそれぞれ同時に並行的に稼動させることになる。(発音した音声は自分自身それをフィードバックして聴くことになると予測されるが、脳のイメージングによるとそれはかなり抑えられるようだ。話す際には聴こえない方が良いのだろうが、同時通訳ではどうだろう。)少なくとも二つの言語処理を担う脳内機構が働くことになる。慣れないとなかなか困難だが、これは母語を話す際に我々が無意識に実行している作業だ。日頃からこうした音読練習をしておけば、いざ外国語を話すといった状況に素早く対応できる。構造・意味解析には、文中の述語の許す複数の構文情報の中から、読み手の背景知識も動員して、文脈に相応しいものを総合的に選び出すプロセスが介在する。音読は、数珠つなぎのように「単語を読み連ねる」といった表層的なレベルの作業では決してない。文法・知識情報を総動員して文章解析を遂行し、それを音韻・音調的に実現していく「多重並列的な統合処理」なのである。
補足 速読の技法
「速読」は、「読む場所を選ぶもの」と「全文を読むもの」の2つに大きく分けられる。トレーニング方法や習得にかかる時間も違い、理解度も変わってくる。
「読む場所を選ぶもの」:新聞やビジネス本を読むのに向き、「斜め読みや飛ばし読み」とも呼ばれる。本文の前に目次や見出しを見て、あらかじめ読みたい部分の目安をつけ、読みたいところだけ読む。既知の内容や興味がない文章はどんどん飛ばす。膨大な情報から本当に必要なものを選択するスキル。本を読みながら情報の取捨選択を瞬時にし、迷ったら読み飛ばす。「慣れるコツは、眼球をすばやく動かすこと」。最初は普通に読むよりずっと集中力が必要で疲れるが、慣れていくにつれ自然と読めるようになる。
「全文を読むもの」:小説や参考書を読むのに向き、文章を一文字、一行ではなく、「1頁を絵のように捉える」。そのため、まず読視野を広げることから始める。普通に読むと、一目で認識できる文字数は3~4文字だが、7~8文字、15~16文字と少しずつ増やしていく。文字数を増やすと、それだけ認識するのに時間がかかるが、次に行うのは、その認識時間を減らすトレーニング。認識できる文字が3~4文字から7~8文字に増えたら、認識する時間も3~4文字の時と同じくらいの時間でできるように意識しながら本を読むことで習得。一目で認識できる文字数を増やし、認識するまでの時間を減らしていくと、最終的に1頁を絵のように捉えられる。
[1] 英文の音読をサポートする「音声合成(読み上げ)ソフト」も市販されている。ネイティブの(喜怒哀楽の感情を表す)音読に準じるレベルだ。平均的な日本人の英語教師より良い。個々の単語の発音だけでなく、音調(イントネーション、リズム)も悪くない。Globalvoice English3(HOYA)は英語の文章を読み上げするソフト。簡単な操作で学生の自主的な音読の手本に使えるネイティブライクな英語音声が作れる。(但し、使用にはテキストのファイル化が必要。)なお、Globalvoice CALL2は発音矯正ソフトで、学習者の『英語発音』と『リズム』を自動判定する。発音上達のコツが分かるほか、発音記号の基礎を修得できる機能がある。
[2]イスラム教徒はコーランを歌のようなメロディーに載せ、体も大きく揺らして音読する。黙読より記憶への定着効率が高い。仏教のお坊さんが独特で抑揚なくお経を唱えるのにもそうした効果がある。
[3] 語彙・文法規則が「実質的に自動適用する」というのは、語彙と構造パターンは語彙・文法規則により導出されるものであり、脳中においてその規則適用作業が実施されないとしても、適用結果としての語彙と構造パターンを抽象的パターンとして記憶し、それを話者が使うと考えられるためである。
[4]「作業記憶/作動記憶」(Working Memory):情報を一時保ちながら操作するための構造や過程。前頭皮質、頭頂皮質、前帯状皮質、および大脳基底核の一部がワーキングメモリに関与するとされる。
成田一(なりた はじめ)
大阪大学大学院言語文化研究科名誉教授。英日対照構造論・機械翻訳・言語教育/習得論専攻。大阪大学功績賞受賞。
著書『パソコン翻訳の世界』(講談社現代新書)、『日本人に相応しい英語教育』(松柏社)、編著『こうすれば使える機械翻訳』(バベルプレス)、『英語リフレッシュ講座』(大阪大学出版会)、共著『名詞』「現代の英文法6」(研究社)、『ことばは生きている』(人文書院)、『日本語の名詞修飾表現』(くろしお出版)、『翻訳辞典2002』(アルク)、『私のおすすめパソコンソフト』(岩波書店)、『英語教育徹底リフレッシュ』(開拓社)、『21世紀英語研究の諸相―言語と文化からの視点―』(開拓者)他。英文テキスト編注解説、論文・新聞(読売、朝日、日経など)・雑誌記事(『SPA!』(責任編著)、『週刊現代』、『英語教育』、『新英語教育』、『Professional English』、『The Professional Translator』、『Cat(cross and talk)』他)多数。英語教育総合学会会長。
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