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『総合的な翻訳による英語教育』第17回

2019/09/24

(連載)『総合的な翻訳による英語教育』第17回
 
          

 前稿に続き、本稿でも「英語の発音のエッセンスと音質のダイナミックな変容」について見ていきたい。

 
 日本語と微妙に違う音 日本語の音とほぼ同じと思い込まれているが、微妙に違う音がある。これを正しく発音することが「英語らしさ」の基本となる。以下、英語らしさを左右する重要な発音を取り上げる。
 
 

 英語の母音[æ]は日本語にはない音で、「ア」の口の形で「エ」と発音すればそれらしい音になる。強めると「エ」に近くなるが、
dancebagンス」「
」となる。また音声学の講義を受けていない教員が多い[1]ことから、中高だけでなく大学の英語教員でも知らないことが多いが、英語の子音[l]は、母音が続かないと、「ル」ではなく「オ」ないし「ウ」に聴こえる。舌が歯茎に付かないので、「母音性のこもった音」になる。milkfilmも「ミルク」や「フィルム」ではなく、英語では「ヲク」「ィウムだ。こもった響きなので「暗いl[2]と呼ぶが、母音が続くと(love, lakeなど)学校で教わるいわゆる[l]の特徴が明確な(舌が歯茎に付く)「明るいl」になる。また、英語の[i]と[i:]の音は、発音記号[3]がどちらも[i]で、後者は長音符[:]が付くので同じ音[i]の長音として認識し、そのように教えることが多い[4]だが、実際には[i]は日本語の「イ」と「エ」の中間の音であり、[i:]は緊張した「イ」に近い。本質的には「長さではなく音質の違い」なのである。

 有声音前の長音化 呼気が声帯を振動させると「有声音」になるが、有声子音が後に続くと、その声帯振動に滑らかにつながるように、母音の声帯振動が若干長くなる。つまり母音が伸びるのだ。

 母音[i][i:]を例にとると、音質の違いだけでなく基本的には[i:][i]より長いが、後続音によってはそうでない場合もある。例えば、有声子音dが続くbidの母音[i]は無声子音tが続くbitの母音よりも長くなる。同様にbeadの母音[i:]beatの母音よりも長くなり、bidbeatの母音[i:][i]はほとんど長さに差がなくなる(bidbitbeadbeatbid=beat)。

 自然な連なり 子音の発音の仕方も正しくないと連接の有無に影響が出る。前の単語の子音が後の単語の母音と(同じ音節として)一緒に発音することを「連接(リエゾン)」と呼ぶが、個々の音を正しく発音すれば、後の音と自然に連接する。

 英語の子音[n]は「歯茎の裏に舌先をべったり接する」が、語末においてそのまま発音すると、oneは「
」となる。これに母音が続くと、それと結合して、新たな音節を形成せざるを得ない。このため、one of は「」、one anotherは「ンナ」と発音される。ところが、日本人はほとんどが「ワンオヴ」と発音する。これは英語の[n]を(「本」「パン」の)「ん」で代用しているからだ。日本語の「ん」 ([N])は単独で音節を形成(成節音)する。「下顎に舌が平坦に載ったまま」だ。舌を歯茎に付けない。このため、母音で始まる音が続いても、連接は起こらない。ただし、「こ」「バナナ」など、日本語でも母音と結合する子音[n]は、英語と同じく、「舌先を歯茎の裏に接触させるが、べったりではなく、軽く一瞬接する」に留まる。)

 なお、単語の末尾のrはアメリカ英語では発音するが、イギリス英語[5]は通常発音しない方言が多い。しかし、その場合でも、後に母音で始まる単語が続くと、[r]をその母音と一緒に発音する。これは[r]の復活と呼んでも良いだろう。「連接(リエゾン)」は音節言語であるフランス語においても生じる一般的な現象である。

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強勢の移動 なお、語彙の強勢は、固定的なものではない。英語の「強弱を基本とするリズム」が強勢の配置に影響を与える。たとえば、辞書ではJapaneseの強勢は末尾の音節に置かれるが、Japanese boyのような句では、強い強勢が連続するのを避けて、語頭に第一強勢が移動する。

聴き取りの秘儀
 こうした発音のダイナミズムを知り、自らも発音できるようになった上で、聴き取りの際に注意を払うと、変容した音が聴き取れる。さらに、英語のネイティブのように、物理的には聴こえない音が心理的に聴こえるようになる。「
アンニアン ナンナンッグ」はan onion and an egg、「ウォ」はwant toのことだが、(イタリック表記の)消えた音や歪んだ音などについて、元の音を推定して単語を認識するには、音韻だけではなく、文法や話題となっている分野の知識が必要なことが少なくない。幅広い総合的な知識が、聴き取りの向上につながる。 

 かつて、ブッシュ米大統領が、来日時の国会での演説の中で、福沢諭吉がcompetitionを「競争」と翻訳したことに触れたが、この時「
」と発音していた。「京都」も英米人は「」と発音する。これは英語の音韻構造に沿って訛った発音だが、どこかに強勢がある方が発音も聴き取りもしやすいのだ。外国語を母語の音韻構造に載せて発音するのは普遍的な現象だ。日本人も英語を話す時には、ネイティブにとって強勢の持つ意味を意識して発音したら良い。「日本英語」になるのが避けられる。

 
単語の綴りが苦手なのは当たり前
 中学生の中には、英語の単語を、綴りに沿って読めない生徒が少なくない。文字を音声に変換することにつまずいているのだが、これには理由がある。英語以外の欧州諸語では、(ドイツ語の
chが[x]、schが[ʃ
]と発音されるなど、)一部の文字連続が一つの音を表わすこともあるが、基本的には、アルファベットの表わす音を、そのまま発音すれば、正しい発音になる。ローマ字読みで良い[6]。表音文字のアルファベットが本来の発音記号の役割を果たしているのだ。

 
大母音推移 しかし、英語では、
15世紀までに標準の綴りがほぼ確立していて、それ以降変えていない。ところが綴りが確立して以降に、「大母音推移」という母音の発音位置が全体的に上にずれる「音声システムの構造転換」が起こった。これにより、例えば、namefiveは綴り通りに「
ーメ」「ーヴェ」の発音だったのに、母音が綴りとは違う音に変化した。その後も、いろいろな母音の変容は続くが、こうした音声の組織的な変動にも関わらず、標準の綴りをその変動に対応させて変えることはなかった。このことから、(特に基本語の)単語の綴りと発音との間に乖離が生じ、単語の綴りと音声を対応させることが困難になった。

 さらに(特にアメリカの)英語においては、文中で他の単語と並んで使われる場合に大きな音質の変容を起こす、という運用面でも、元の単語の発音との対応が取り難くなる。すなわち、①綴りと音声の対応が歴史的に崩れたことと、②運用時に強勢の影響などで音声がダイナミックに変容することにより、単語の綴りと発音の対応が取りにくい状況が生じているのだ。このため、英語圏は識字率がかなり低い[7]。欧州諸語では基本的にアルファベットが表音機能を果たしているのに対し、英語ではその機能がかなり歪められているからだ。




[1]  これは英語の口頭運用を重視してきたにも拘らず、文科省が音声学を教職の必修科目にしていないためだ。

[2] 学生の頃にアメリカ人家族をアパートに案内しカルピスを飲ませたら、何という飲み物か訊かれたので、「キャウピス」と発音したが、cow pissと聞こえたのか怪訝な表情だった。なお、番組でオーストラリア人がcultureと発音したのを、芸人が「紅茶?」と聞き直していたが、音としてはそう聴こえる。

[3] 
辞書の英語の発音記号は簡略表記であることから、同じ記号になっているが、辞書によっては(精密表記における)[I][i]の表記で区別する。なお、簡略表記の発音記号の実際の音質は言語によって微妙に異なる。

[4] 発音の本やネットでもそうした誤った説明が横行している。

[5] アメリカ英語は一般米語と南部米語、東部米語に分かれる。発音と語彙には若干違いがあるが相互に通じる。ただし、黒人英語は南部米語の特徴もあるもののアフリカの諸言語の影響が色濃く、語彙、発音、文法が極めて違い、相互に通じない。一方、イギリス英語は黒人英語ほどではないが地域による方言差が大きく相互に通じにくい。階級方言もあり、上流階級のクイーンズ英語やBBCキャスターの英語がRPReceived Pronunciation「容認発音」)標準英語とされるが、中流階級の河川域英語のほか、語法や発音に特徴のあるコックニィと呼ばれる労働者階級の英語がある。

[6]  インドからヨーロッパに跨る印欧語族の内、ヨーロッパは中北部のゲルマン諸語、東部のスラブ諸語、南部のロマンス諸語に分かれる。ロマンス諸語は、ローマ帝国の言語(ラテン語)が征服した地域の言語に取って代わり、(西)ローマ帝国が476年に滅亡して以降、各地域で変容を遂げ、方言的な特徴を持つに至った。もちろん、イタリア語はローマ帝国の直系の末裔(まつえい)だが、ルーマニア語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語は属領の末裔になる。文法要素の形態を含め、発音に微々たる違いがあるものの、(フランス語を除き)いずれも方言差を越えるものではない。フランク語との接触で音韻変容を被ったフランス語は、ほかのロマンス諸語が基本5母音なのに対し、3つの「中舌母音」、(nの前の)4つの「鼻母音」を増やすなど、母音が複雑化した。

[7]  アメリカの成人の21%(4000万人超)は、小学校5年生程度の読解力。米国教育機関によると、首都ワシントンの居住者の36%が実質的に識字能力がない。(移民や貧困層を除くのか、)アメリカの識字率95%(20人に1人は非識字者)というデータのもあるが、識字者とされていても、(求職票の記入、地図の読み方、バスの時刻表や新聞の読解ができないなど、)日常生活で問題を抱える「機能的非識字者」が多い。4人に1人が高校を中退。(欧州諸国の識字率は99%以上、日本は99.8%。)

 


成田一(なりた はじめ)
大阪大学大学院言語文化研究科名誉教授。英日対照構造論・機械翻訳・言語教育/習得論専攻。大阪大学功績賞受賞。
著書『パソコン翻訳の世界』(講談社現代新書)、『日本人に相応しい英語教育』(松柏社)、編著『こうすれば使える機械翻訳』(バベルプレス)、『英語リフレッシュ講座』(大阪大学出版会)、共著『名詞』「現代の英文法6」(研究社)、『ことばは生きている』(人文書院)、『日本語の名詞修飾表現』(くろしお出版)、『翻訳辞典2002』(アルク)、『私のおすすめパソコンソフト』(岩波書店)、『英語教育徹底リフレッシュ』(開拓社)、『21世紀英語研究の諸相―言語と文化からの視点―』(開拓者)他。英文テキスト編注解説、論文・新聞(読売、朝日、日経など)・雑誌記事(『SPA!』(責任編著)、『週刊現代』、『英語教育』、『新英語教育』、『Professional English』、『The Professional Translator』、『Cat(cross and talk)』他)多数。英語教育総合学会会長。