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『総合的な翻訳による英語教育』第16回

2019/08/22

連載)『総合的な翻訳による英語教育』第16回
 
          

 

 前稿では、読解においては音読をしない黙読でも脳内で音読と同じ神経回路が働いており、脳内音読が速くなることが読解の速さに繋がることを解説した。音読が速やかになるには英語の発音をしっかり習得することが条件となる。本稿では、「英語の発音のエッセンスと音質のダイナミックな変容」についてみていきたい。





カタカナで原音を映しとる

 江戸時代に漂流中米船に助けられ、米国に暮らしたジョン万次郎は、耳で聴いた通りに英語の発話をカタカナに書き写していた。聴こえる音を素直に写せば英語らしい発音になる[1]
のだ。英語の綴りに捉われたり、日本語音韻フィルターを通してはだめだ。Michaelは「マイケル」ではなく「イコ」と聴こえる。What time is it now? も「ホワットタイム・イズイトナウ」ではなく「イモジル」(「掘った芋いじるな」)の方が通じる。このように実際の発音をカナで表す「原音転写型カナ表記」と違い、綴り字をカナで表す「綴り字転写型カナ表記」には発音上の弊害が大きい。後者の場合、「音節[2]構造」の違いにより単音節語が多音節語として表記され、発音が原音と大きく乖離する。英語の音韻を正式に表すには音声記号[3]による表記が必要だが、[4]音声記号とその音価の教育を受けている人はそう多くはない。そこで、導入的方策として、原音転写型カタカナ表記を有効に活用して説明する。

 英語の音声の習得には、①個々の音声の生理的・音響的特徴、②隣接音と相互作用し変化するダイナミックな音変化の仕組み、さらに③プロソディ(超分節的な音律・音調)の知識を踏まえた訓練が不可欠である。発音練習は、単語だけではなく句や節に拡げて、③音調句
[5]ごとに、正しいプロソディーで、一定の長さで、読むように心がけなければならない。

ダイナミックに変化した現実の発音
 強勢の有無や隣接音との相互作用などによって、現実の発音は実に大きく変化する。そうして変化した音は綴り字に表される音とはかなり違った音となるため、外国人には容易に聴き取れない。たとえば、「
ネッ」「ナー」「ラユイン」がどういう英語か分かるだろうか。説明は後でするが、それぞれinternetnot at all What are you doing?である。

 こうした発音を聴き取るためには、英語の音が、諸々の条件の下で、どのように変化するかを理解し、自らその発音ができるようになることが必要だ。しかし、英語の発音を良くすると言っても、一般の学習者には「どうしたら改善できるのか」といった方策(ストラテジー)が分からない。結論的に言えば、個々の音の発音とその変化を支える発声の生理的な仕組みを母語との対比において理解し、それを踏まえて発音練習を集中的に行う
[6]ことにより、飛躍的な向上が見込めるのだが、それには音声変容のメカニズムの教育が不可欠である。そこで以下、典型的な現象について簡潔に説明する。

 どの言語においても、その音組織を構成する音は、実際の発音に際しては前後の音の影響を受ける。日本語のような「高低アクセント」の言語ではそれほどでもないのに対し、英語のような「強勢アクセント」言語では、発音の変容が極めてダイナミックである。

(1)強勢の影響 「強勢アクセント」を採る言語においては、強勢(
stress)の影響が極めて大きい。まず強勢の置かれる音節では母音が明瞭な形をとり、子音も(気音を伴うなど)強い音形になる。逆に、強勢のない音節では母音が曖昧音化し子音も弱い音形に変わる。同じ音でも強勢次第で違った実現形になるのだ。

母音の実現形 たとえば、
various, variety, finite, infiniteなどにみるように、強勢がある場合には二重音「
」「」になり、ない場合には曖昧な弱い母音「ヴァ」「フィ」になる。また、強勢のない機能語接辞は音が弱化するか脱落する。節導入のthatは(冠詞に近い)「ザ」程度に弱く発音される。名詞化接辞-tionも「ション」のように発音されることはなく、母音が曖昧音[ə]に弱化するか脱落して「シュン」と発音される。I like her/him.は強勢のない代名詞の[h]が落ちて「アイ/ケム」となる。

子音の実現形 肺からの呼気が
(a)舌や唇で一旦閉められ、続いて(b)一気に解放されると、破裂音になる。発音が生理的に二段階から成るのである。無声破裂音([p][t][k])は、1)語頭で強勢を受ける場合(pat,top,cat)、呼気解放(破裂)時に「気音を伴う鋭い子音」となる。また、2)
語中で強勢がない場合、声帯[7]が緩く閉じたまま振動(有声化)し、(アメリカ英語のように)[t][d]となるか舌先も歯茎まで伸ばされていないと[r]に変化する(「フラッピング現象」)。Fill it up.(「満タンにして」)は「
」となり、not at allは「ないし「」、waterは「」となる。What are you doing?は「ラユイン」だ。

消える音1 そして
3)語末で呼気が解放されない場合、そのままでは音として聴こえない。Take it.は「
イケッ」、catmapbackは「ャッ」「」「()」となる。

(2)隣接音の影響 どの言語においても、その音組織を構成する音は、実際の発音に際して前後の音の影響を受ける。

同調音連続-消える音2 破裂音が閉鎖したまま、後に同じ音が続く場合、前の音が飲み込まれ、後の音だけが発音される。このため、破裂音、摩擦音、鼻音などが続くと前の子音が消え、
hot teatake carefootballgood jobbad namelend meは「
ィー」「」「」「」「」「」となる。

 また
littlebottleでは呼気が閉鎖したまま[l]が重なるように発音され、「
」「」のように重い響きになる。一方、 [n][t],[d],[ð]が続く場合は、ともに舌先が歯茎に付くため、 [n]だけが発音され後の音が消える傾向があり、twentyは「ェニ/internetは「ネッ」、and then/thatは「エン/」となる。

同化 隣接音に発音様式が近づくことを同化という。英語の半母音
[j](y)は前の子音Cと結合し、その子音の舌の接触点を後退させる(口蓋化)。このため、did youwith youも独立音の結合「ディドウ」「ウイズ」+「ユー」ではなく「ディ」「
」のような融合音になる。[C+j]C[j]の調音点に合わせて本来の位置より上の歯茎から口蓋に移動するのだ。同じくbless youthis yearSUVsport utility vehicle「スポーツタイプ多目的車」)は[s+j][ʃ]に変わり「ブスユー」「
」「ーヴィー」ではなく「ブシュ」「」「ィー」と発音されることが多い。

 次稿でも「英語の発音のエッセンスと音質のダイナミックな変容」を続ける。

 
[1] カタカナを英語の発音表記に利用すれば、より原音に近い発音を意識的に訓練できる。留学経験が長くかなり英語の話せる人でもintensive「インテンシヴ」と発音する人が少なくないが、「インテンスィヴ」と表記することによって、英語の音声の微妙な違いが視覚的に気付きやすくなる。カナ表記を使えば、学習者が英語の実際の音声に着目せざるを得ない。

 
[2]音節というのは母音を中核とする音韻上の区分単位だが、日本語では基本的に母音のみか子音+母音の構成だ。一方、英語では母音の前後に幾つもの子音が集結して一つの音節を形成することが少なくない。英語のstrike [straik](3子音str+母音ai+1子音k)は1音節だが、日本語の「ストライク」ないし「ストライキ」は5音節の語になる。子音のみでは音節にならないので、子音ごとに母音を補うためだ。なお、「ストライキ」は「スト」に短縮され、結果的にほかの語と結んで複合語(「スト権」;「ハンスト」)を形成する生産性を得る。


 
[3] 「国際音声記号」(IPA: International Phonetic Alphabet):あらゆる言語音声を文字で表記すべく国際音声学会が定めた。精密表記と(辞書に記載の)簡略表記がある。1888に発表後、数度改訂。

 
[4]1980年代頃まではかなり多くの学校で発音記号とその音価(音声)について教えていたが、どういう訳か現在ではどの学校でもほとんど教えていないようだ。


[5]
音調句とは音調上のまとまりの単位をいうが、これは句、節、文などの構造に対応し、話し方の速度、スタイルにより区切りが変る。話者が強調を意図した音節がその音調句の核になるが、通常これは音調句の右端の内容語に生ずる。核の位置に生ずる音の高さの変化を核調子(nuclear tone)というが、下降調、上昇調、下降上昇調、上昇下降調、平板調などに分けられる。

 
[6] ネイティブを模倣しても、なかなか上達しない。英語の音声を日本語の音声システムに転換し「日本語の耳で聴いてしまう」ためだ。また、たまたま出した音声を「それで良い」とネイティブに指摘されても、発声の仕方を特定する形で分かるわけではない。生理的なポイントの解説が必要なのだ。


[7]声帯は開閉する筋肉組織で、緩く閉じた状態で呼気が出ると声帯が振動し有声音となるが、緊張させると開いて呼気が声帯に阻まれずに出るので振動が起らず無声音となる。発声の経済原則から言えば、緊張させないのが好ましい。このため、
[t]は有声化し[d]になり、さらに舌先を歯茎にきちんと付ける努力を回避することから[r]に変わるのである。
 


成田一(なりた はじめ)
大阪大学大学院言語文化研究科名誉教授。英日対照構造論・機械翻訳・言語教育/習得論専攻。大阪大学功績賞受賞。
著書『パソコン翻訳の世界』(講談社現代新書)、『日本人に相応しい英語教育』(松柏社)、編著『こうすれば使える機械翻訳』(バベルプレス)、『英語リフレッシュ講座』(大阪大学出版会)、共著『名詞』「現代の英文法6」(研究社)、『ことばは生きている』(人文書院)、『日本語の名詞修飾表現』(くろしお出版)、『翻訳辞典2002』(アルク)、『私のおすすめパソコンソフト』(岩波書店)、『英語教育徹底リフレッシュ』(開拓社)、『21世紀英語研究の諸相―言語と文化からの視点―』(開拓者)他。英文テキスト編注解説、論文・新聞(読売、朝日、日経など)・雑誌記事(『SPA!』(責任編著)、『週刊現代』、『英語教育』、『新英語教育』、『Professional English』、『The Professional Translator』、『Cat(cross and talk)』他)多数。英語教育総合学会会長。