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『総合的な翻訳による英語教育』第15回

2019/07/22

(連載)『総合的な翻訳による英語教育』第15回
 
          
 
 母語の読解と外国語の読解の生理的なプロセスはどのようになっているのだろうか。平成以降の研究では、読解においては、音読をしない黙読でも脳内で音読と同じ神経回路が働いていると考えられている。本稿では、読解の生理的なプロセスを見ると共に、脳内音読のメカニズムと語彙アクセスや構文・意味解析との関係ならびに脳内音読の多面的な効果について、脳科学研究の知見を踏まえて見て行きたい。




母語の読解過程
 意外に思うかもしれないが、大人の通常の母語の読解においては、ほとんどの語(内容語80以上、機能語40 以上)を、飛ばすことなく、1/51/4秒(200250ミリ秒)注視し、正確で反射的な語彙認知が起こる(cf. Harrison 1992)。これに続いて文脈に合った語義が意識下で自動的に選択され(=語彙アクセス(lexical access)、語の音声と意味が記憶から自動的に呼び起こされる。これと同時並行的に自動遂行された統語解析に沿う形で、文の意味が合成されて、テーマ関連知識との照合や推論などを踏まえて、意味解釈に至る。この読解プロセスと同じことが聴解プロセスにおいても起こると仮定されるが、どちらもワーキング・メモリー
[1]の動作する短い時間の間に完了しないと、理解が困難になる。(聴解プロセスでは、文が複雑で長いと文全体の意味解釈に到達する前に、文の始めの部分の情報が記憶から消えていく[2]ので、その理解に失敗することも起こり得る。)

外国語の読解過程
 外国語の読解過程は、習熟度が増すにつれ、徐々に母語の読解過程に近づくことになるが、学習途上段階では、(習得英語力のレベルより一段易しいテキストでない限り、)語彙の認知・アクセスはなかなか反射的にはならず、正確さも不十分だ。(母語では無意識に行なわれる)統語解析と語義選択は、意識を集中し、文脈や文化的な背景に照らして行ない、句や文の意味を合成するプロセスを経て、やっと意味解釈に至る。英語のような最も異質な構造や文法装置を持つ外国語で、かつテキストが難しいと、この読解プロセスにおける文脈照合と統語解析に沿う語義選択といった作業を、「(文法)訳読」という教育技法によって教師が「分析的に解説し思考訓練を行う」形でサポートする必要が出てくる。


音読による語彙・文法アクセスの自動化
 音読[3]には語彙と構造が記憶に定着する効果[4]がある。すなわち、短めの文を繰り返し音読することによって、語彙と構造パターンの記憶への定着が堅固なものとなり、その語彙と語句の機能や構造を自動的に引き出せる状態で、脳中に蓄積することができるのである。反復して音読練習することにより、(抑揚、強勢など)英語の音韻システムの獲得が促進されるだけでなく、構造パターンとそれを導く文法操作の適用が自動化されるようになる。そのため、英文の構造解析が高速化し直読直解力も向上する。その結果、脳のワーキング・メモリーにおける言語処理時間が速まり、それに伴って、思考に振り向けられるメモリー量(思考スペース)が拡大することになる。言語処理に追われて、じっくり考える余裕がない状態から、ある程度解放されるのである。

黙読と音読のプロセス

 黙読でも脳のかなり広い領域が活動するが、音読ではほぼ全脳領域
[5]が活動する。読解プロセスとして、黙読では、①(眼球を停留させて)文字を知覚し、②単語を認知して、それを③音韻符号化し、④脳内で発声(内語反復)する一連の低次処理の段階からなるが、音読では、さらに、実際に発音器官を動かして④発声する。この際、発音器官の筋の協同を制御する脳の機構が活発に稼動し、筋が実際に動く。このため、黙読より広い脳の領域の活動として検出される[6]。なお、語彙アクセスだけでなく構文・意味解析を行なって、それを反映したイントネーションで適切に読むのが、正しい音読になる。物語(発話)の聞き手は「構造と意味を反映するイントネーション」に沿って構文・意味解析を行なう。

 したがって、黙読においても音読においても、構文・意味解析を実行する文法機構と意味機構が中心的に稼動する言語処理が進行するのである。
2000年頃までに、国内でもMRIなどの機器を備えた医学部のある大学ほかの研究機関においては、脳科学の研究、特に「脳イメージング」によって、脳のどの領域が活動しているかをリアルタイムで可視化できるようになっている。黙読や音読においては、言語領域だけではなく言語処理中に想起される映像を描く視覚領域も活動しているなど、ほぼ全脳領域が活性化することが確認されている[川島教授(東北大学)のグループほかの研究]

音読による脳の多重活性化
 英語力の総合的な向上に、徹底的な音読が推奨されることが多い。ただし、産出に気をとられ内容理解が伴わない(「空読みparrot reading」)とか、速読の妨げになるなど、その効果について否定的な見方もある。だが、負の影響は「内容を理解してから音読する」ことで回避できる。音読を繰り返す過程で内容が理解され、黙読の速度も向上するという報告さえある。黙読においても、脳の音声制御部が音読と同じように活動するという研究もあるが、文章理解の際にも、語彙の音声面の処理(脳中の内的音読)が関わるのだろう。恐らく、漢字などの表意文字よりも(仮名を含む)表音文字において、より深い関与があると推定される[7]

 音読では、テキストの意味・構造的なまとまりを把握し、それに基づいて音声化を実行する、といったプロセスを踏むことになる。これには「構造・意味解析に関わる脳の部位」と「音声の認識・制御に関わる脳の部位」をそれぞれ同時に並行的に稼動させることになる。(発音した音声は自分自身それをフィードバックして聴くことになると予測されるが、脳のイメージングによるとそれはかなり抑えられるようだ。話す際には聴こえない方が良いのだろうが、同時通訳ではどうだろう。)少なくとも二つの言語処理を担う脳内機構が働くことになる。慣れないとなかなか困難だが、これは母語を話す際に我々が無意識に実行している作業だ。日頃からこうした音読練習をしておけば、いざ外国語を話すといった状況に素早く対応できる。構造・意味解析には、述語の許す複数の構文情報の中から、読み手の背景知識も動員して、文脈に相応しいものを総合的に選び出すプロセスが介在する。音読は、「単語を読み連ねる」表層的なレベルの作業では決してない。文法・知識情報を総動員して文章解析を遂行し、それを音韻・音調的に実現していく「多重並列的な統合処理」なのである。


脳内音読
 読解においては、黙読であっても、語彙の認知と文解析・意味理解を行なう過程で「脳内で音読」している。もちろん脳内では無音ではあるが、生理的に発声器官を動かさなくても、音声化のための脳内制御が作動している
[8]のだ。したがって、黙読は実際の音読に向けての訓練にもなるし、発声の基礎訓練になる。発音のメカニズムの教育と訓練・練習がしっかり行なわれると、「個々の音の調音と音の連接の調音の仕方」が脳内でプログラム化され、実際の発音が自動化されるだけでなく、黙読時の脳内発音も自動化される。調音の仕方が一旦プログラム化されると、話す際の発音も黙読時の発音も自動化されるのである。言わば、子どもの頃に自転車に一旦乗れるようになると、何年何十年も乗らなくてもほんの少しの練習で乗れるのと同様だ。脳内にその行為に必要なプログラムが神経回路として定着するのである。脳内音読においても発音のためのプログラムが作動するので、多読・速読時ごとに神経回路が堅固になって行く。その意味で「多読・速読」は適切に行なわれた場合、極めて有効な自動化手段となるのである。
 
 
[1] ワーキングメモリは、容量に限界があると考えられ、Miller1956)「マジカルナンバー7±2」によれば、数字や単語を記憶する場合、人が記憶できる量は「チャンク」と呼ばれる塊りで表すと7±2個の範囲に収まるとされた。その後の研究で、容量はおぼえる素材の種類に依存し、数字なら約7個、文字なら約6個、単語なら約5個であることが分かってきた。

[2] 英語のような言語的に日本語とは最も異質な構造で、述語や主部と修飾部の位置が真逆なほか日本語にはない疑問詞/関係詞の節境界を超えるWH移動のあるような外国語では、脳内処理が極めて困難になる。
 
[3]英文の音読をサポートする「音声合成(読み上げ)ソフト」も市販されている。ネイティブの音読と同じではないが、それに準じるレベルだ。平均的な日本人の英語教師よりは良い。個々の単語の発音だけでなく、音調(イントネーション、リズム)も悪くはない。ほかにもソフトはあるが、デモで確認したGlobalvoice EnglishHOYAサービス)などは安価で、学生の自主的な音読の手本に使える。(但し、使用にはテキストのファイル化が必要なので、教師が対応することも考えられる。)

[4] イスラム教徒はコーランを歌のようなメロディーに載せ、体も大きく揺らして音読する。黙読より記憶への定着効率が高い。

[5] 音読中の文章で描かれている情景の映像や音声が、脳の視覚や聴覚、ひいては、味覚、嗅覚,触覚を司る領域をも刺激して、言語・音声処理に関わる言語中枢以外の脳領域まで活性化するのである。

[6]ただし、黙読における脳内発声であっても、発音器官は動かされないものの、筋の協同の制御は行なわれており、脳の機構の活発な稼動が確認されている。

[7] 漢字と表音文字の脳における処理部位が異なることは、脳科学で確認されている。

[8] 黙読時に脳の発話を担う領域が活動することが測定されている。
 


成田一(なりた はじめ)
大阪大学大学院言語文化研究科名誉教授。英日対照構造論・機械翻訳・言語教育/習得論専攻。大阪大学功績賞受賞。
著書『パソコン翻訳の世界』(講談社現代新書)、『日本人に相応しい英語教育』(松柏社)、編著『こうすれば使える機械翻訳』(バベルプレス)、『英語リフレッシュ講座』(大阪大学出版会)、共著『名詞』「現代の英文法6」(研究社)、『ことばは生きている』(人文書院)、『日本語の名詞修飾表現』(くろしお出版)、『翻訳辞典2002』(アルク)、『私のおすすめパソコンソフト』(岩波書店)、『英語教育徹底リフレッシュ』(開拓社)、『21世紀英語研究の諸相―言語と文化からの視点―』(開拓者)他。英文テキスト編注解説、論文・新聞(読売、朝日、日経など)・雑誌記事(『SPA!』(責任編著)、『週刊現代』、『英語教育』、『新英語教育』、『Professional English』、『The Professional Translator』、『Cat(cross and talk)』他)多数。英語教育総合学会会長。