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『総合的な翻訳による英語教育』第14回

2019/06/22

(連載)『総合的な翻訳による英語教育』第14回
 
          
 
 本連載の第4回において、授業における学生の訳読プロセスについて考えた。まず、文法・語彙知識を活用して「英文を構文解析」する。これによって得られた(修飾関係などの)構造情報を踏まえて、英文中の単語の意味を(基本語ほど多義なので)複数の中から選択する。そして、その英文の①「言語的な意味」の訳出(「直訳」)を行う。次に、②一般知識・専門分野知識・認識能力を総動員して、文脈に相応しい「意図された意味」(「意訳」)に訳出する。さらに、③それを「自然な日本語」に翻訳する、という「予備解析+3段階の訳文作成」プロセスだ。



慣用句・連語/連用句
 日常的な文の読解や発話の聴き取りなども同じく、英文を構造解析して②「意図された意味」の解釈を行なう。これに対し、慣用句・(共起頻度の高い)連語/連用句(「フォーミュラ(
Formula)とも言う。)は、「内部構造の解析を行うことなく」いわば一つの単語のように「固定した塊」として処理される。

AThey've hiked up the prices again. Now I have to pay 4 bucks for a cup of coffee.
B
What a rip-off!
A
あそこはまた値上げしたよ。今はコーヒー杯にドルも払わなくちゃならない。
Bそれはぼったくりだよ!
Kate had a crush on you when you guys were in high school.
あなたたちが高校生だったとき、ケイトはあなたに夢中だったのよ

 内部構造の解析や合成といった統語処理を行わなくて済むため、こうした慣用句・連結句をたくさん覚えることは、(アクセスがかなり自動化された)スムーズな発話にも寄与する。このため、英文のほかの語連鎖が構造解析しなければならないのと較べ、かなり高速に処理されることになる。そしてまた、こうした出現頻度の高い慣用句・連語/連用句を用いた場合、場面に相応しい自然な表現の文になることが多い。
 一般に連語/連用句は余り多義にはならないが、
you know whatは音調や状況によって、かなり多義・多機能になる[1]。話の皮切り「あのですね」、話題の転換「ところで」、念を押す「いいですか」、間合い「えーと」、代用「例のあれ」(John: What do you know?  Bill: About what?  John: About you know what.「何を知ってるの?」「何についてかって?」「例のあれについてだよ」)など、色々な使い方があるのだ。

多読・速読の効用
 近年、「英文は大体の意味が掴めれば良い。辞書も調べなければ和訳もしないで、大量の英文を読み進むのが英語力を高めることになる」として、熱心に薦める教師もいるなど、流行になっている感がある「多読・速読」だが、その効用については吟味する必要がある。多読・速読においては、「テキストのレベルが読み手の英語習得レベルより若干低い」ことが前提となる。語彙も未知語が
頁当たり23個程度をあまり超えてはいけない。学習者の英語力がそのテキストのレベルより高くなければならないのだが、それにはそのテキストを読めるだけの文法知識と語彙の習得が不可欠である。多読・速読においては、そうした既習の文法知識と語彙知識を使わなければ、速やかな読解作業を行えないのだ。学習途上では、「精読」によって文の構造と意味を正確に分析・理解する訓練を行ない、学習者の既習の英語力を若干超える文法知識と語彙知識を要する英文を教師の指導の下に読解して、読解の基盤を固めることが先決だ。その基盤能力を活用して多読・速読が可能になる。

 「多読・速読をすることで、より高い英語力が文法面でも語彙面でも得られる」という主張もみられる。大量の英文に接することで、そこに含まれる英語の文法構造の知識を無意識の内に習得できると言うのだが、果たしてそうであろうか。多くの英文を読むことによって新たな文法構造や表現に遭遇したとしても、学習者が自らその機能や意味を正確に知り、必要な操作などを無意識に習得するということはあまり考えられない。たとえば、仮定法の仕組みや用法を学校で教えられていたとしても、「助動詞と主語の倒置が条件を表わす」ことを教えられていなければ、
Had they begun earlier, the task of learning a foreign language would have been easier.のような英文に接して、どれだけの生徒がIf they had begun earlier, の意味で理解・解釈できるのだろうか。

 「新たな言語表現に接触して、学習者が自らその機能や意味を知り、必要な操作などを無意識に習得する」というのは、自分の母語がその外国語に近く文法や操作がほぼ共通な場合には、違う部分が少ないので、違う部分に遭遇すればそれに気付き、母語の文法を微調整するというプロセスでできるかもしれない。だが、日本語母語話者にとって英語はあまりにも違いすぎ、インプットの英文の中から文法を発見するということは、(無意識にそれが可能で自動的に文法が構築される
7歳頃までの言語獲得期を過ぎた)思春期以降の学習者にはほぼできない。(英語との言語的距離によって世界の言語を5つ(実質6つ)[2]のグループに分けた研究がある。最も離れたグループに属する日本語が母語だと、同じグループに属する言語を母語とする場合と比べ、英語が使えるようになるのに6倍ないし9倍の学習時間が必要になる。)

 また、語彙については、教師に意味や使い方の説明を受けるとか、文脈的にどういう意味かを推測した上で辞書引きを行なって、適合する意味を選んでしっかり覚えるという作業をしないと、記憶に定着しない、という報告もある。多読・速読においては、未知語を調べないで読み進み、意味を正確には理解しないきらいがある。だが、それでは記憶に残らない。何となく分かったつもりでいるような学習の仕方は、実力を養うものにはならないのだ。
 私が執筆した英文テキスト[3]
の例題に下記の設問がある。


Even a child knows that water is a _____ of hydrogen and oxygen.
  1. combination (B) compound (C) compromise (D) commodity

 このテキストを使っている大学教員から「解答は
(A) combinationと(B) compoundのどちらでも良いのではないか」という質問が寄せられた[4]。これには、「やはりcompoundが正しいでしょう。」と返信した。その理由だが、H2Oで表すことができる水が、水素や酸素とは全く異なる性質を持っている「水素と酸素の化合物」であり、化合物とは「2種類以上の
元素が化学反応することによって生成する物質で、英語ではchemical compoundだ。学生に「語彙の意味の根幹」を教える意味では、「結合」の意のcombinationと区別するのが良いだろう。

文法・語彙アクセスの自動化に有効
 ただし、英語力を高めるというのが、「英語をより速やかに読めるようになる」という面を指すなら、必ずしも多読・速読の効果を否定するものではない。多読・速読をすることにより、既知語の認識も速くなるし文の構造解析も速やかになり、同時に意味処理も速くなる。これはそうした言語処理がある程度まで自動化するプロセスだが、この解析能力は口頭運用においても働く。解析を支える文法力は、文の生成の際にも半自動化された形で威力を発揮するのだ。なお、連語/連用句は内部構造の構成/解析がいらないので、半自動化に寄与するところが大きい。

英文読解で固めた基盤能力を踏まえた多読・速読
 多読・速読では、教師による解説がなくても、自分だけで理解できる英文を読むことが原則であることは既に述べたが、多読・速読素材については、授業時間外での生徒の自習課題(宿題)とするのが時間的にも現実的だ。教師は、英文の理解の確認など、補助的な役割を果たすに留め、全面的に授業の中で扱うまでもない。多読・速読作業を授業中にさせる教師もいるが、そうした授業の場合、それは生徒が教師を通して学ぶ時間だけでなく、教師という人的資源の有効活用を損なうことになる。

 多読・速読では、頻繁に同一の語彙や構文に接するため、その処理に必要な文法規則や語彙へのアクセスの過程で、言語運用がかなり自動化すると考えられる。ただし、基盤能力が十分に整う前の学習初期・中期段階から、多読・速読を行なっても、より高度な英語力の獲得にはそれほど効果的につながらない。その意味でも、まず教師が指導する精読(文法訳読)によって、文の構造と意味を正確に分析・理解する訓練をしっかり行ない、英文読解の基盤を固める。その基盤能力を踏まえて、多読・速読を行なうのが効果的だ。

 
[1] 八木克正・井上亜依(2013)『英語定型表現研究』開拓社.によると、7つの機能があるという。

[2]この分類(Elder and Davies (1998) p.9.)では英語からの距離は1から5までになっている。英語との違いが距離的に1とされるのがロマンス諸語で、2がスラブ諸語、3がアラビア語、中国語、インドネシア語、4がベトナム語、クメール語で、5が日本語、韓国語となっている。英語と系統的に同族のゲルマン諸語は距離0という扱いだが、実際には言語的な距離は存在するので、これを距離1とすべきだろう。そうすると英語からの距離は6までと解釈するのが適切だ。

[3]成田一・蔦田和美2019『ことばとは何か-はじめての言語学と英語のエッセンス』(What is Language?Invitation to Linguistics-)三修社

[4] ただし、英英辞書(Merriam-Webster)にはWater is a combination of hydrogen and oxygen.という用例がある。
 
 


成田一(なりた はじめ)
大阪大学大学院言語文化研究科名誉教授。英日対照構造論・機械翻訳・言語教育/習得論専攻。大阪大学功績賞受賞。
著書『パソコン翻訳の世界』(講談社現代新書)、『日本人に相応しい英語教育』(松柏社)、編著『こうすれば使える機械翻訳』(バベルプレス)、『英語リフレッシュ講座』(大阪大学出版会)、共著『名詞』「現代の英文法6」(研究社)、『ことばは生きている』(人文書院)、『日本語の名詞修飾表現』(くろしお出版)、『翻訳辞典2002』(アルク)、『私のおすすめパソコンソフト』(岩波書店)、『英語教育徹底リフレッシュ』(開拓社)、『21世紀英語研究の諸相―言語と文化からの視点―』(開拓者)他。英文テキスト編注解説、論文・新聞(読売、朝日、日経など)・雑誌記事(『SPA!』(責任編著)、『週刊現代』、『英語教育』、『新英語教育』、『Professional English』、『The Professional Translator』、『Cat(cross and talk)』他)多数。英語教育総合学会会長。