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『総合的な翻訳による英語教育』第12回

2019/04/22

(連載)『総合的な翻訳による英語教育』第12回
 
          
  
 優れた翻訳ソフトに限定されるが、英日翻訳は中堅大学の平均的な学生をかなり超える能力を持つ。以前は、英日翻訳より10~20%ほど翻訳率の低かった日英翻訳だが、前稿でかなり複雑だが論旨がしっかりした文章の多い新聞の記事でその性能と利用法を見たGoogle翻訳はほぼ実用的な水準に到達している。一般に日本語の文章には主語や目的語が省略されたり、主文と補文などの関係が明確には論理的になっていないものも多い。特に会話やその引用を含む文は省略が顕著で、それが自動翻訳を困難にしている。



 前稿を執筆中にJACET教育問題研究会主催の言語教育エキスポが開催
2019.3.10)された。そのタイトルは『AIや翻訳機が進化したら外国語教育はどうなるでしょうか?一緒に考えましょう。言語教育エキスポで。』というものだ。機械翻訳の使用に関する外国語教育や研究活動の変化の現状が掴めるので、Ⅰ巻頭言とⅡシンポジウムの内容を若干簡略化し筆者のコメントも添えて紹介する。

Ⅰ. 巻頭言「変化の時代に立ち会いて」(酒井 志延)

 機械翻訳が、しだいに認知される中、「
AIやポケトークが翻訳してくれるから、英語は勉強しなくてもいいのではないですかと小学生が聞いてくるのですが、どう答えたらいいのでしょうか」という先生からの質問でした。その問いに答えるのに際して、(1) 学生の機械翻訳使用について調べたり、(2) ポケトーク等の携帯翻訳機を使った人の意見を聞いたり、(3) アカデミックな文を書くのにgoogle翻訳を使ったりしました。

 (1) 学生が翻訳アプリを利用しており、教科書の英文をスマホでスキャンして画面に現れる翻訳を見て答える。機械翻訳を使うことにより、授業でのディベートの英文が質量とも大きく向上したので、作文指導からスピーチ指導に重点を移しました。(2)英語の先生や小学生が保護者と,韓国,スペイン,フランス,チリ,台湾等に行き,携帯翻訳機を使い,日本語と現地語でサバイバル以上のコミュニケーションを楽しんだ。ホテルでは数年前から英語圏以外の国の人が,携帯翻訳機を使って,自分の母語で宿泊手続きをことが増えている。(3) 学会へのアブストラクト作成に機械翻訳を使いましたが、概して意味が解る英文になります。

 こういう状況だと、外国語教育は変化せざるを得ない。和文英訳を主とした授業はなくなっていく。また、高3生の意識では「海外旅行などをするときに、英語で日常的な会話をし、コミュニケーションを楽しめるようになりたい」が一番高い(文科省調査)ので、翻訳機があれば英語学習は頑張らなくてもいい。ビジネス分野では、機械翻訳が当たり前のように使われる状況なので、企業は学生に英語力に秀でることを求めなくなる。そうすると、検定試験が主たる目的の授業の必要性は低下する。翻訳機を使って、英語だけでなく複数の外国語を使いこなす能力が求められる。


Ⅱ.シンポジウム『AI や翻訳機が進歩したら外国語教育はどうなるか』

概要: ニューラル・ネットワークに基づく機械翻訳が登場して以来、翻訳の精度は劇的に向上したが、今後もさらに高性能化すると考えられる。そうなると、国際共通語としての英語は、その役割を終える可能性がある。日常業務で翻訳機器が使用されることが多くなれば、実用目的の外国語教育の需要は激減する。つまり、知識、技能を重視したコミュニケーション能力育成の外国語教育/学習観は変更が迫られる。


I 第1 シンポジスト(トム・ガリー)

1. 機械翻訳の進歩と現状における限界
 2016 年の秋に、Google 翻訳の精度が急に上がった。日本語と英語という相違が多い言語間でも一部の用途に十分使えるまでになったが、その結果、日本における英語教育にとって多大な課題が発生した。英語だけでなく様々な言語で外国人とコミュニケーションできるようになると、英語の学習に多大な時間と労力費やす必要がないと感じる人が多くなるからだ。それでも、小中高の英語教育をすぐに縮小するまたは選択科目にすべきだとは現時点では主張しにくい。

2. 機械翻訳と外国語学習との関わり
・外国語を学習する際に
MT を積極的に応用する場合、言語習得への影響が不明だ。
・外国語教育に
MT を積極的に取り入れる場合、学習者の動機への影響がわからない。(筆者:外国語が英語かそれ以外か、英語習得目標が日常的な場面会話かより踏み込んだ討議や解説か、新聞記事や専門分野の論文の読解・執筆かなど、目的により学習動機は異なる。)
・外国語教育の目的としては国際コミュニケーションのほかに異文化理解や言語そのものへの知識向上もある。実用のために開発されているMT が、そのような教養的な目的にも有用なのか、それとも有害なのかは不明だ。(筆者:実用にも色々あり、店やレストランでの買い物や注文もあれば、診療室での医師や看護師と患者のやりとりもある。駅や空港での案内には音声翻訳が実用化されている。)


II 第2シンポジスト(馬場哲生)

1. 機械翻訳の現状と課題

Google日英翻訳の特質と課題。(筆者:例文は殆どが会話文で汎用MTの守備範囲外。)
(1)動作主の省略や交代への対応:不十分。
「パーティーに行ったらおみやげにケーキをくれたので、家に帰って食べたら傷んでいた。」→
When I went to the party, I gave a cake to the souvenir, so I went home and got hurt.(筆者:ぎこちないが、「ケーキをくれた」は I was given a cake もしくは they gave me a cake。また「傷んでいた」のはIではなくthe cake
(2)「ウナギ構文
[1]」への対応:不十分。(筆者:例文は通常ウナギ構文とは言わない。)
「私の家は京都です。」→
My house is Kyoto. (筆者:in Kyotoが正しい。)
(3)「二重主語構文」への対応:(筆者:解析が全くできていない。)
「あの店は店員が感じ悪い。」→
That shop feels bad for a clerk.
(4)口語表現、俗語、新しい表現への対応:不十分。
「いい加減にしなさい。」→
Please do it.
(5)挨拶言葉などの定型的な表現への対応:不十分。(筆者:原文に誤り「*とこと」)
「時下ますますご清祥のとことお喜び申し上げます。」
I am glad that things are increasingly increasingly important.(筆者:いくら「ますます」でもincreasinglyは一つ。)
(6)諺などの定型表現への対応:不十分。(筆者:解析が全くできていない。)
「好きこそものの上手なれ。」→
I like what although Nare good.
(7)長い文や複雑な構文への対応:不十分。(紙幅の関係上用例省略(筆者:前稿でも見た様に新聞記事の長い文や複雑な構文にもかなりレベルの高い対応を示している。))
(8)日本語特有の語彙への対応:不十分。(筆者:語彙よりも解析&翻訳が間違い)
あんこのたっぷり詰まった最中が大好きです。」→
I love being filled with plenty of ants.
様々な日本語表現の英訳から、次の特性が見えてくる。(筆者:くだけた口語や諺では通常の日本語文の処理能力は測れない。くだけた口語や方言に対応する通訳機もある。)

(a) 英訳の適否に大きなばらつきがある。文脈依存性が少ない文、多義性のない文、データベース上にある表現の翻訳は得意だが、そうでないものの翻訳精度が非常に低い。
(b) 文字種によって英訳が違ってくる; (筆者:漢字か仮名ということか?)

2. 機械翻訳の可能性と限界
機械翻訳には以下の限界もあり、人間の関与が必須である。
  • 対応できる表現や利用できる文脈情報が限られているため、汎用性に限界がある;
  • 機械翻訳の精度がどんなに上がったとしても、最後に人間が確認しなければならない。このため人間が英語力を身に付けることは必須である。(筆者:人間の文脈・常識判断力や社会文化的知識と高度な英語力が必要ということ。)
  • 翻訳には、もとの言語に寄り添う、翻訳先の言語に寄り添う、より中立的な表現を用いる、などのアプローチがあり、その都度人間が判断する必要がある。(筆者:「前編集」ということだが、前稿で提案したように、「翻訳を見て誤訳があればその個所を改変し再翻訳する」というインタラクティブな「逐次編集」もある。)

3. 英語教育と機械翻訳
英語教育に機械翻訳が利用できるのではないか。
  • 機械翻訳の結果を学習者が吟味し、より良い訳文を考える。
  • 学習者自身による翻訳と機械翻訳を比較し、学習に生かす。
  • 最初に機械翻訳を行い、修正して訳文を完成させる。
英語学習者に身に付けさせるべき能力は翻訳力だけではない。国際共通語としての英語を習得することで、多様な言語文化背景を持つ人同士が情報や意見の共有・交換を行い、相互理解、共存、より良い関係の構築を目指すことの意義は大きい。

Ⅲ 第3シンポジスト(成田潤也)

1. 小学生からの疑問にどう応える?
「機械翻訳があれば、英語の勉強は必要ないんじゃないですか?」という疑問が、既に小学校児童から出始めている。スマホで手軽に実用的な翻訳アプリが使え、安価な携帯翻訳機が登場し様々な企業や個人商店等が接客ツールとして導入し始めている。

2.言語の価値を平等にする
さらに、グローバル化による英語需要増の予測に反し、機械翻訳技術の精度向上により、国際共通言語としての英語の価値が低くなる。「英語が使えないと仕事が無くなるから」「英語ぐらいできないとグローバル社会に対応できないから」などの動機付けは、実用的な機械翻訳技術の登場や企業での翻訳機の大型採用によって既に空虚になっている。

この言語教育エキスポのように、近年、機械翻訳の使用に関する外国語教育や研究活動の変化をトピックとするシンポジウムが増えている。ここでは内容紹介のスペースがないが、『機械翻訳は研究活動に劇的な変化をもたらすか?』(学術英語学会第4 回年次研究大会:
2018 9 23 日に開催)などもあった。

 

 
[1] 例えば、何人かで食堂に行って、各人が注文時にする「僕は鰻だ」のような言語形式をウナギ文という。この言語形式は英語にはないとされるが、状況によっては使われる。例えば、ウェイターが「誰がコーヒーですか」の意味で”Who is coffee?”と訪ねて、客がI’m coffee!と答えることはある。
い。



成田一(なりた はじめ)
大阪大学大学院言語文化研究科名誉教授。英日対照構造論・機械翻訳・言語教育/習得論専攻。大阪大学功績賞受賞。
著書『パソコン翻訳の世界』(講談社現代新書)、『日本人に相応しい英語教育』(松柏社)、編著『こうすれば使える機械翻訳』(バベルプレス)、『英語リフレッシュ講座』(大阪大学出版会)、共著『名詞』「現代の英文法6」(研究社)、『ことばは生きている』(人文書院)、『日本語の名詞修飾表現』(くろしお出版)、『翻訳辞典2002』(アルク)、『私のおすすめパソコンソフト』(岩波書店)、『英語教育徹底リフレッシュ』(開拓社)、『21世紀英語研究の諸相―言語と文化からの視点―』(開拓者)他。英文テキスト編注解説、論文・新聞(読売、朝日、日経など)・雑誌記事(『SPA!』(責任編著)、『週刊現代』、『英語教育』、『新英語教育』、『Professional English』、『The Professional Translator』、『Cat(cross and talk)』他)多数。英語教育総合学会会長。