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(12) ルソーと「社会契約論」―川村清夫

2019/03/22

日本翻訳史

(12) ルソーと「社会契約論」

                        
                川村清夫: バベル翻訳大学院アソシエイト・プロフェッサー


  
  フランスは
18世紀末まで絶対君主制の支配下にあり、19世紀前半まで産業革命が起こらず、イギリスに比べて社会経済の発展が遅れていた。17世紀にイギリスではじまった啓蒙主義は、18世紀にフランスに伝わり、大きく発展したのである。

 啓蒙主義とは、神に対する人間の存在を主張したルネサンスの後継思想で、人間の理性によって世界の真理を追求する思想である。
17世紀後半のイギリスの哲学者ジョン・ロック(John Locke)は国家と市民の関係を考察して、国家とは、市民が生来持っている生命、健康、自由、財産に関する権利を守る契約の下に存在すると考えた。もし国家がこれらの権利を侵害すれば、市民は国家と戦って、国家を変えることができる抵抗権があると唱えた。

 スイス生まれのフランスの哲学者ジャン・ジャック・ルソー(
Jean Jacques Rousseau)は、1762年に「社会契約について、もしくは政治的権利の原理」(Du contrat social ou Principes du droit politique)を著して、ロックの思想を発展させて、主権在民思想を打ち立てた。彼は、市民が社会的自由と財産権を守るために、全ての権利を共同体に譲渡することで、共同体は単一の性格と意志を持った国家になると唱えた。ここでルソーは国家の意志を表現するために、「一般意志」という用語を発明した。市民は公共の利益をめざす国家の一般意志に服従しなければならないが、その一般意志を構成する市民こそ主権者なのである。ルソーの社会契約論は、18世紀末のフランス革命の根幹思想になった。

 日本で「社会契約論」は多くの翻訳があるが、自由民権運動の指導者の中江兆民による
1882年の漢訳「民約訳解」が有名である。現代語訳では、フランス近代史家で自由民権運動研究者でもある井上幸治が1966年に訳した「社会契約論」を紹介する。中江の漢訳、読み下し文、井上の現代語訳の順に見てみよう。

(ルソー原文)
Si donc on ècarte du pacte social ce qui n’est pas de son essence, on trouvera qu’il se réduit aux termes suivans. Chacun de nous met en commun sa personne & toute sa puissance sous la suprême direction de la volonté générale; & nous recevons en corps chaque membre comme partie indivisible du tout.

(中江漢訳)是故民約者、提其要而言、曰、人々自挙其身与其力、供之于衆用、率之以衆意之所同然是也。

(中江読み下し文)是の故に民約なる者は、其の要を提げて言えば、曰く「人々みずから其の身と其の力とを挙げて之を衆用に供し、之を率いるに衆意の同じく然る所を以てする」是なり。

(井上現代語訳)そこでもし社会契約から本質的でないものを分離するならば、それは次のことばに帰着するだろう。「われわれのだれもが自分の身体とあらゆる力を共同にして、一般意志の最高の指揮のもとにおく。そうしてわれわれは、政治体をなすかぎり、各構成員を全体の不可分の部分として受け入れる」

中江は
pacte socialを「民約」、「一般意志」(volonteé générale)を中江は「衆用」と訳しているが、
nous recevons en corps chaque membre comme partie indivisible du toutの翻訳ができていない。

(ルソー原文)
Reduisons toute cette balance à des termes faciles à comparer. Ce que l’homme perd par le contract social, c’est sa liberté naturelle & un droit illimité à tout ce qui le tente & qu’il peut atteindre; ce qu’il gagne, c’est la liberté civile & la propriété de tout ce qu’il possede.

(中江漢訳)抑因此約所失、与其所得、請得比而較之。蓋其所失則、曰天命之自由也。其所得則、曰人義之自由也。天命之自由、無有限極、人々唯力是視。凡其所欲得、出力求之、必不能而後止。人義之自由、建之以衆意所同然而限之亦以衆意所同然。

(中江読み下し文)抑そも此の約に因りて失うところと其の得るところと、請う、比して之を較ぶるを得ん。蓋し其の失うところは即ち曰く、天命の自由なり。其の得るところは則ち曰く、人義の自由なり。天命の自由は限極あること無し、人々ただ力を是れ視る。凡そ其の得んと欲するところは、力を出して之を求め、必ず能わずして後ち止む。人義の自由は、之を建つるに衆意の同じく然るところを以てし、而して之を限るに亦た衆意の同じく然るところを以てす。

(井上現代語訳)このあらゆる損失の差引を比較しやすい項目に要約してみよう。人間が社会契約によって喪失するものは、その生来の自由と、彼の心を引き、手の届くものすべてに対する無制限の自由である。これに対して人間の獲得するものは、社会的自由と、その占有するいっさいの所有権とである。

  中江はl
iberté naturelleを「天命之自由」、liberté civileを「人義之自由」と訳している。「人々唯一力是視…必不能而後止」は余計である。中江はpropriété de tout ce qu’il possedeを訳していない。

 現代から見れば不正確な翻訳であるが、「民約訳解」は自由民権運動家から歓迎され、中江は「東洋のルソー」と呼ばれた。自由民権運動は板垣退助、植木枝盛、中江たちによって率いられ、明治政府と対立したのである。

 


川村 清夫(かわむら・すがお)
上智大学文学部卒業後、上智大学大学院にて文学修士号を取得。
さらに米国インディアナ大学大学院にてPh.D(歴史学)を取得 する。
専攻は近代東欧史。
チェコ・ドイツ民族問題、ハプスブルク帝国の連邦化運動、パン・スラヴ主義を研究する。

株式会社バベル勤務、常磐大学国際学部非 常勤講師、湘南工科大学総合文化教育センター非常勤講師を経て、現在バベル翻訳大学院アソシエイト・プロフェッサー。
著書は、「オーストリア・ボヘミア和協:幻のハプスブルク帝国改造構想」(中央公論事業出版、
2005年)、「プラハとモスクワのスラヴ会議」(中央公論 事業出版、2008年)、The Bohemian State-Law and the Bohemian Ausgleich(中央公論事業出版、2010年)、「ターフェとバデーニの言語令:ハプスブルク帝国とチェコ・ドイツ民族問題」(中央公論事業出版、 2012年)。