大きくする 標準 小さくする

(4)源氏物語の現代語訳―川村清夫

2018/06/22

 日本翻訳史

(4)源氏物語の現代語訳

               
      
川村清夫: バベル翻訳大学院アソシエイト・プロフェッサー


 
 平安時代中期の11世紀初頭に紫式部によって書かれた源氏物語は、古代ギリシャのイーリアスとオデッセイア、古代インドのラーマーヤナ、マハーバーラタなどと並ぶ、古代世界文学の傑作の一つである。元来は貴族階級の間で読まれてきたのだが、江戸時代になって印刷、出版産業が確立されてから、裕福な町人、地主層からも読まれるようになった。
 
 明治時代に言文一致運動がはじまるまで源氏物語は、原文を北村季吟による注釈書「湖月抄」を頼りに読まれていた。大正時代に言文一致運動が社会に浸透して、大正
1920)年に小学校の国語教科書が現代語化されてから日本人は古文にうとくなり、源氏物語の現代語訳が求められたのである。

 源氏物語の最初の現代語訳は、与謝野晶子が昭和
141939)年に作った全訳が最初である。この後は谷崎潤一郎、円地文子、田辺聖子、瀬戸内寂聴などの文学者、玉上琢也、渋谷栄一、林望などの国文学者によって現代語訳が作られてきた。

 源氏物語は、最初の「桐壺」の帖から「幻」の帖までが光源氏というプレイボーイ貴族の栄光と恋愛の生涯を描き、「匂宮」の帖から最後の「夢の浮橋」の帖までが光源氏の後継者である薫と光源氏の異母弟の娘である浮舟の恋愛を描いている。

 ここでは、光源氏の物語の最後の帖である40番目の「幻」の帖の最終部分を、大島本の原文、与謝野晶子と渋谷栄一による現代語訳の順に見ることにする。52歳になった光源氏は、最愛の後妻紫上が病没して人生のはかなさを覚え、出家を決意、身辺整理をはじめた。須磨に隠棲していた時に紫上から来た手紙を見つけ追慕の情があふれるが、読む甲斐がないと燃やしてしまう場面である。

(大島本原文)この世ながら遠からぬ御別れのほどを、いみじと思しけるままに書いたまへる言の葉、げにその折よりもせきあへぬ悲しさ、やらむかたなし。いとうたて、今ひときはの御心惑ひも、女々しく人悪るくなりぬべければ、よくも見たまはで、こまやかに書きたまへるかたはらに、
「かきつめて見るもかひなし藻塩草
 同じ雲居の煙とをなれ」
と書きつけて、皆焼かせたまふ。

(与謝野現代語訳)同じ世にいて、近い所に別れ別れになっている悲しみを、実感のままに書かれてある故人の文章が、その当時以上に今のお心を打つのは道理なことである。こんなにめめしく悲しんで自分は見苦しいとお思いになって、よくもお読みにならないで長く書かれた女王の手紙の横に、かきつめて見るもかひなし藻塩草同じ雲井の煙とをなれとお書きになって、それも皆焼かせておしまいになった。

(渋谷現代語訳)この世にありながらそう遠くなかったお別れの間中を、ひどく悲しいとお思いのままお書きになった和歌、なるほどその時よりも堪えがたい悲しみは、慰めようのない。まことに情けなく、もう一段とお心まどいも、女々しく体裁悪くなってしまいそうなので、よくも御覧にならず、心をこめてお書きになっている側に、
「かき集めて見るのも甲斐がないこの手紙も
 本人と同じく雲居の煙となりなさい」
と書きつけて、みなお焼かせになる。

 渋谷訳は文法的に正確だが無味乾燥である。与謝野訳は意訳があるが情感がこもった文学的な訳で、読者にとって分かりやすい。次に「幻」の帖の幕切れを見てみよう。

(大島本原文)「もの思ふと過ぐる月日も知らぬまに
 年もわが世も今日や尽きぬる」
朔日のほどのこと、「常よりことなるべく」と、おきてさせたまふ。親王たち、大臣の御引出物、品々の禄どもなど、何となう思しまうけて、とぞ。

(与謝野現代語訳)物思ふと過ぐる月日も知らぬまに年もわが世も今日や尽きぬる
元日の参賀の客のためにことにはなやかな仕度を院はさせておいでになった。親王がた、大臣たちへのお贈り物、それ以下の人たちへの纒頭の品などもきわめてりっぱなものを用意させておいでになった。

(渋谷現代語訳)「物思いしながら過ごし月日のたつのも知らない間に
 今年も自分の寿命も今日が最後になったか」
元日の日のことを、「例年より格別に」と、お命じあそばす。親王方、大臣への御引出物や、人々への禄などを、またとなくご用意なさって、となった。

 末尾の「とぞ」は、「とのことである」と訳した方が物語の終止符にふさわしい。

 日本古典文学の最高傑作の一つである源氏物語の現代語訳は、平家物語など他の傑作の現代語訳への模範となっているのである。



川村 清夫(かわむら・すがお)

上智大学文学部卒業後、上智大学大学院にて文学修士号を取得。
さらに米国インディアナ大学大学院にてPh.D(歴史学)を取得 する。
専攻は近代東欧史。
チェコ・ドイツ民族問題、ハプスブルク帝国の連邦化運動、パン・スラヴ主義を研究する。

株式会社バベル勤務、常磐大学国際学部非 常勤講師、湘南工科大学総合文化教育センター非常勤講師を経て、現在バベル翻訳大学院アソシエイト・プロフェッサー。
著書は、「オーストリア・ボヘミア和協:幻のハプスブルク帝国改造構想」(中央公論事業出版、2005年)、「プラハとモスクワのスラヴ会議」(中央公論 事業出版、2008年)、The Bohemian State-Law and the Bohemian Ausgleich(中央公論事業出版、2010年)、「ターフェとバデーニの言語令:ハプスブルク帝国とチェコ・ドイツ民族問題」(中央公論事業出版、 2012年)。