大きくする 標準 小さくする

寄稿文 ― 楠瀬 紫野

2016/05/25

寄稿文
 「プレインジャパニーズの勧め」を読んで

楠瀬 紫野

 プレイン・ジャパニーズのすすめを読み、私がしみじみと感じた事は、日本の近代化、西洋化に伴い日本語も西洋化している、ということである。言語とは単なる「コトバ」ではなく文化であり、私たちヒトの一部であり、ゆえに時代とともに変化し続けるものである、ということを実感した。

 まずプレイン・ランゲージとは、簡潔さ、明快さ、正確さ、率直さ、そして丁重さを備えた言葉遣いのことを指す。意見を端的に、出来る限り少ない言葉で分かりやすさ、伝わりやすさを損なわなわずに伝える、いわば「書き方」のひとつである。この書き方は近年、生活スタイルの複雑化、並びに業務の簡潔化に伴い、特にビジネスシーンにおいて必要とされている。

 インターネット、E-メールの普及に伴い、私たちは都合の良いときに、どんな相手にも伝えたいことを伝えることが可能となった。同時に、私たちが毎日の生活で処理する情報量は以前では考えられないほど増え、インプット、アウトプットに関わらず迅速に情報を伝え、同様に相手にも即座に理解してもらうことが急速的に重要となったのである。私は今後、日本の教育においてこのプレイン・ランゲージを中心としたビジネス文書の書き方、が重要となってくると考える。

 日本語でのビジネス文書は、特に社外向けの公式なものに関しては頭語、時候の挨拶から始まり、ご機嫌伺い、御礼が続き、(やっとのことで)主文があり、頭語に対する結語で締まる、といった形が元来基本である。主文においても婉曲的な表現が多く、文字数と比較すると情報量が釣り合わないことがほとんどだろう。
しかしながら、小さな島国の日本では、率直さよりもあいまいな表現が好まれ、直接的な表現はビジネスの場、または社交的な場においても避けられがちであったように思う。確かに、社会人としてはまだまだワカモノの部類に属する(と個人的に信じている)身からも、婉曲表現を省いた日本語でのビジネス文書は戸惑い、ためらいがある。一方で、「拝啓 春色の候、貴社ますますご発展の……」と始まる文書を手にすると、すぐに要点を見つけようと飛ばし読む気持ちになることも否めない。

 古くから続く日本独自の文化と、多国籍に成長を続ける経済との狭間で、TPOに合わせた言葉、並びに表現方法の使い分けが、今後さらに大切となってくるだろう。このような文書の書き方は、一夜にして身につくものではなく、高校や大学における授業の一環として、ビジネス文書の書き方、といったコースが今後さらに必要となると感じる。


 プレイン・ランゲージの簡潔さ、率直さに賛成する一方、私は日本語の持つ特有の繊細さ、曖昧さ、そして(過度と言えることもある)丁寧さは、決して廃れて欲しくない文化であると思っている。確かに頭語、時候の挨拶は煩雑でありながら単調で、効率性の観点から見ると無駄にあたるかも知れない。

 現在海外に在住、勤務しているが、英語での正式なインビテーション・招待状では趣旨、日時、会場など要点が羅列され、一言二言、言葉が添えられているのみ、といったケースが多い。業務上、日本語の招待状を英訳することがあるが、その場合にはお決まりの「よろしくお願いします」を始め、様々な「挨拶文」を英語風にした(つまり省いた)が故に「本当に全部訳しているのか。(文の)ボリュームが半分以下になっている!」と聞かれた事が度々ある。その都度「全て訳すと(英語では)全く意味の分からない文が続く」と日本の文化、文書の成り立ちを説明するわけだが、四季を愛で、相手を敬う日本の心は私たちの文化そのものであり、他では見られない美しさがある。

 四季のある国は世界中に多くあるが、その移ろいを挨拶の一部として文字で表すこの文化は、迅速さが求められるビジネスの場においては確かに「無駄」かもしれない。だが、経済の発展と比例して私たちの心が豊かになるわけではないと言うことは、皆もう十分に分かっているはずだ。ビジネスを含め文化の国際理解が以前にも増して重要視されているが、西洋化することだけが重要なわけではない。
日本の文化を取り入れながら、かつ相手にとってわかりやすく、簡潔な文こそ、プレイン・ジャパニーズとして今後浸透していって欲しい、と感じる。

 日本でよく言われる「起承転結」は、もはや世界では通用しないとなると、古き良き日本語愛好家としては複雑な気もするが、人々のニーズを踏まえて新たな言語を作っていく、そこにこそコトバのおもしろさがある。そして、翻訳者としても今後そのようなコトバの歴史に携わることができれば、と思う。しかしながら目下一番の懸念は、私の寄稿文が果たして「プレイン」であるかどうか、といった点である。コトバは難しい、と思わずにはいられない。


楠瀬 紫野

愛知県出身。中学校時代をマレーシアクアラルンプールで過ごす。
多種多様な文化な文化に触れ、言語の持つ多様な在り方に興味を持つ。

2015年よりバベル大学院在学。シンガポール在住。