大きくする 標準 小さくする

第3回 国際共通語の観点からのPlain Japanese

2016/05/10

第3回 国際共通語の観点からのPlain Japanese

猪塚 元

 国際共通語というのは少し大げさかもしれませんが、今回は言葉の様々な「機能」という観点から翻訳を通じてPlain Japaneseを考えていきます。
 
 例えば「おはようございます。」を「Good morning.」と訳す場合は、何をもってこれが適切な訳と考えられているのでしょうか。この場合は、対応する英語の表現が、日本語の「『朝』にする『挨拶の言葉』」と同じ機能を果たすので、それを翻訳としています。

 今仮にこの機能(function)を「[挨拶]( )」と書いてみましょう。そして( )には、この機能が行われる状況を変項としてとると考えます。すると「先ほどの翻訳は以下の様な式で示せます。表現上の対応は「≡」で示します。
 
[挨拶](朝)=おはようございます ≡ [挨拶](朝)Good morning.
 
 挨拶以外でも、掲示などでの翻訳で「花を摘まないで下さい。」と「Unlawful to Pick Flowers.」のように訳す場合も同様に表現全体が「同じ機能を果たす」とい観点からの対応になります。
 
 このような対応関係について以下ではまずジョルコフスキー、メリチュークなどが唱えた「語彙関数」という考え方、そしてそれを日本語に適用した城田俊『言葉の縁』を参考にして語彙のレベルでこの考え方を見ていきます。

 例えば「とても驚く、すごく驚く、腰を抜かすほど、驚く」という表現を考えてみると、これらの表現は、共通して「驚く」の「(程度の)強調」している表現であることがわかります。
この「程度を強調する」といった機能を[強調]( )という機能で表し、必要に応じて「比喩」などの補助機能も用いて表現すれば以下の様になります。対応する英語の表現を添えます
 
[強調](驚く)=とても、すごく ≡ [強調](surprise)= very surprise
[強調:比喩](驚く)=腰を抜かすほど   ≡ [強調:比喩](surprise)about petrified with terror
 
このように考えると、以下の様な対応関係もすぐに理解できることと思います。
 
[強調:高さ](鼻)=高い ≡ [強調:高さ](nose)= long
[強調:機能](鼻)=(鼻が)利く ≡ [強調:機能](nose)=have a good (nose)
 
[発現(病気)]=(病気に)なる           [発現(ill)]= get sick
[発現(風邪])]=(風邪を)ひく。     [発現(cold)]= catch (cold)
[発現(頭痛)]=(頭痛が)する。       [発現(headache)]= have a (headache)
  
 ここでこのような機能による語の結びつきを城田俊に従って「縁語」とよんでおけば、翻訳や外国語国語学習段階における誤りには「エスカレータ働いていない」(The escalator is not working.)のような母語の「縁語」の干渉が多く見られます。
翻訳ではこのように原語での縁語と翻訳語での縁語の関係が重要です。ロシア語、フランス語ではこのような機能をもとにした辞書が作られており、日本語でも昨年の城田俊・尹相實『言葉の結びつきかた 新日本語語彙論』(ひつじ書房)にまとまった記述がみられます。このような辞書が様々な言語で統一した機能をもとにした辞書が作られれば翻訳に大いに役立ち、さらには自動翻訳に結びつけることもできるでしょう。
 
 では具体的な日本語の表現のことを考えてみましょう。この「縁語」というのはいわば語の慣用的結合です。これらが守られていると、とても理解しやすく淀みなく読むことが出来ます。陳腐かもしれませんが、この翻訳し易さにつながる読みやすさというのは大きな美点です。

 もちろん、このような慣用的な結合を破り、新しい表現を作ろうというのが作文教育の1つの目標でもあります。「そしてそれらの表現が最も洗練された形であらわれたものが文学作品です。しかし作家の作品でもそのような表現は印象に残るので、多いように見えますが、実際には全体の95%以上は、いわば定型的ないわゆる「紋切り型」の表現です。
その支えがあってこその新しい表現が映えるわけですし、それを知らなければ、作家の工夫が新しい表現であることさえ理解できません。ですからまず大切なのは表現に凝ることではなく、それを支えている慣用をマスターすることであり、その支えとなるのがこの「言葉の縁」である語彙を機能的にとらえていくと言うことです。

 Plain Japaneseの基本の1つにあるのは、このような慣用をできるだけ構造としてとらえ、表現の型としていくことです。文章を組み立てるときに、使われる語がどのような語彙的な機能をもって使われているのかを意識することによって、曖昧な表現、不要な表現を避けることが出来ます。

 例えば先ほど書いた「そしてそれらの表現が最も洗練された形であらわれたものが文学作品です。」ですが、勢いで書くと「そしてその粋とでも言えるのが、いわゆる文学作品と言えないことはないはずです。」を含めた様々な表現が考えられますが、「粋」はこの場合[強調]だがどの点を強調しているかが曖昧である。「その」が何を示すかわかりにくいし、「言えないことはない」なら「言える」うえに「はず」なので[確信]であり、さらに「その」の示しているもがわかりにくいなどを考えて訂正したものです。

 さらにこのとらえ方によって語彙をアクティブにとらえることが出来ます。例えば「仕事を辞める」ということを言うときに、それを日本語の表現で適切に「退職(する)」「退任(する)」「退官(する)」と使い分けると同時に、これが[辞職]という機能に対して、それぞれ[辞職](会社)=退職、[辞職](任務)=辞任]、[辞職](官職)=退官といったとらえ方ができ、翻訳に際してもそれが使えるわけです。

 以上短い紹介になりましたが、Plain Japaneseがその基本の1つとして、慣用的な語彙表現を構造的にとらえ、さらにそれが様々な言語表現を同様な構造としてとらえていくことにつながって、翻訳に結びつくことを見てきました。次回はそれが Clear Thinking につながることをみていきます。



猪塚 元
 中高は物理部で実験三昧でしたが、ことばに興味があり、中高で独・仏語を第二外国語、西語をNHKラジオ講座で自習し、大学は上智大学外国語学部ロシア語学科に入学しました。卒業後は上智大学大学院言語学研究科で、ロシア語の研究と並行し音声学の研究室に所属し10年ほど日本各地で方言のフィールドワークに従事しました。

 大学院終了(文学修士)後、大学の非常勤講師をしながら、辞書出版社の準社員として露和・和露、英和・英英などの辞書の編纂の仕事に携わり、並行して情報処理振興事業協会のコンピュータ用日本語辞書のプロジェクトに参加していました。

日本語教育能力検定試験に合格し、日本語教師として大学で留学生には日本語を講義し、現在では日本大学などで、ロシア語、音声学、意味論、文学等を講義するかたわら、日本語教師の養成に関する講義も行っています。

 趣味は読書とそれ伴う古書収集、音楽鑑賞とそれに伴う楽譜(特に自筆譜のファクシミリ版)の収集、オーディオなどです。最近念願のクラヴィコードを手に入れて弾き始めています。家には猫(コーニッシュレックス)が11匹います。