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関連寄稿 - 中澤 恭子

2015/11/10

英語から見た日本語、日本語から見た英語 ― 翻訳の視点から
中澤 恭子

 翻訳家としての豊富な経験やデータを持っていない私ですが、長年英語圏に住み、日々英語に関わる中で気付いたことをいくつか書かせていただこうと思います。何十年もずっと英語を勉強していながら、未だに間違えることが多い私の個人的な経験も混じえてお話しします。
 日本語と英語は、言うまでもなく互いに全く違う言語です。発音も表記も文法も全て違います。こうした一目瞭然の違いの他に、その言語が生まれた背景にある人々の物の考え方による違い、物事をどう表現するかについての考え方の違いが、お互いを理解しづらいものと捉える原因の一つになっているのではないかと思います。
 
 私にとって最も大きな違いの一つは、「時制」の感覚です。特に、英語の完了形を使うときの違いです。

 日本語が時制についてかなり寛容な言語であるのに対し、英語は徹底しています。私が特に違うと思うのは、現在完了形の「完了・結果」の意味の使い方で、「ある動作が完了した結果今の状態がある」ことを言い表す時の表現です。例えば、“She has already read the book.”という文章は、「彼女はもうその本を読んでしまった。」となります。では、“He has recently come back from London.”という文章はどうでしょう。「彼は最近ロンドンから帰ってきた。」というのが適切な日本語だと思います。しかし、これは動詞を普通に過去にした形と変わりがありません。英語では過去形ではなく、has+過去分詞を使っているのだから、日本語でも訳し方を変えなければ、と思って「帰ってきてしまった」とすると、なんだか意味が変わって、帰ってきてほしくなかったのかしら、と勘ぐってしまいたくなります。

 少し恥ずかしいのですが、私の夫の例を挙げます。夫はオーストラリア人ですが、日本語をかなり上手に操り、私とも日本語で会話します。しかし、仕事場を出て家に帰る電話をくれる時、「もう会社を出ちゃったよ」と言うのです。I have already left workという英語が透けて見えるようです。「~してしまった」という完了形の訳し方は、私も中学校の英語の先生に習った言い方なので、夫に日本語を教えた先生も、同じように教えたのでしょう。以前は、その表現は日本語として不自然だと時々注意していたのですが、今はやめてしまいました。彼が完了の部分、「~してしまった」をどうしても文意に含めたいと思っているようだからです(と私が解釈しています)。

 この「動作の帰結としてある今の状態」を言いたい時、英語ではhave(has)を付けた上に動詞を過去分詞に変化させてまで、単純な過去と区別しているというのに、日本語はどうしているか、というと、副詞や副詞句(「もう」、「既に」、「3日前に」などを)を付けるだけで、あとはサラッと普通の過去の言い方をするだけです。「ロンドンから帰ってきた(今は日本にいる)」「もう会社を出た(今は家に向かっている途中)」という言い方をして()内は聞き手に感じ取ってもらうことを期待しているような感じです。

 もう一つ時制について言えることは、日本語には英語のような「時制の一致」ということがないことです。I know she has been busy.(彼女がずっと忙しかったのはわかっている)を過去形にする場合、英語では、主節が過去になるのに合わせ、従属節をさらに昔を意味する過去完了形にしなければなりません。I knew she had been busy.(彼女がすっと忙しかったのはわかっていた。)となります。「彼女が忙しかった」という従属節を、主節の「わかっていた」に合わせ、さらにその前の時制の動詞にすることは日本語ではできません。聞き手が文脈から理解するだけです。

 一般的に言って英語は、できるだけ推測の余地がないように、最初からはっきり言うように出来ているのに対し、日本語は文脈からの理解を聞き手に委ねているような、そんな違いを感じます。文化的な理由があるのかもしれませんが、相手の解釈に頼ることなく自分の言うべき事を言うことが決まりになっている英語に対し、お互いの理解度は聞き手の推察力に寄るところが大きい、というような日本語。ちょっと大げさに言うとお互いの国民性を反映していると言えるかもしれません。

 上のことに関連しているかどうかわかりませんが、英語学習の初心者の日本人がよく間違ってしまう表現があります。否定文で質問されるときの場面です。 
A:“Did you do your homework?”B:“No.”
A:“What!  Didn’t you do your homework?”B:“Yes.”
A:“???”
これは古典的な例ですが、日本語の「はい、いいえ」は、相手の出方に合わせて変化します。しかし、英語では、質問が肯定文でも否定文でも、自分の答えが否定の意味なら“No”と言わなければなりません。日本人のBは「そうです。あなたの言う通りです。」という意味で“Yes.”と言ったのですが、そうすると英語の場面では正しく理解してもらえません。この例からも、日本語は話の流れ、文脈に依存した言語である、と言えます。
 
 次に、私が顕著だと思う違いは、話し手の性別や立場によって変わる表現にあります。性別・年代・職業などにより言葉遣いが変わることがありますが、こうした言葉を位相語と言うそうで、日本語には様々な位相語が存在します。英語にも特定のグループ、例えば若者や女性に特有の言い回しといったものがあります。しかし、それはあくまでも傾向であって、例えばlovelyという女性に好まれる副詞を使うからと言って、必ずしもそれが女性のセリフだと言い切ることはできません。しかし、日本語の場合、「ワシはこんな物嫌いじゃ。」というセリフは年配の男性のものだとわかりますし、「この前の件、悪かったな」というのは、男性が部下(または友人)に言っている言葉だと想像がつきます。このように、日本語は、英語に比べて、位相語がとても豊かな言語であると言えます。おそらくこれは、あらかじめ与えられている自分の立場から逸脱しない言葉を使うことで、人間関係を良好に保つということが社会的に要求されているからではないかと思います。

 対照的に、英語の方が豊かな語彙の例として、職業や立場の名称に男女の区別があることや、動物に雄と雌、そして仔の別称があることが挙げられます。日本語の場合は、それぞれ同じ呼称の頭に「男」「女」「雄」「雌」「子」と付けるだけです。動物の場合は、獲物や家畜としての用途が違うから、文化上詳しく分けてきたのだろうと想像することができます。また、職業を性別によって呼び分けるのは、三人称を性別によって変化させることと関連したことだと思います。例えば、日本語では「その人が」とよく言いますが、英語では性別がわかっている時はthat personなどと言わず、必ずheやsheを使います。ですから、その感覚を職業にも当てはめているのだろうと思います。

 また私の例で恥ずかしいのですが、私は英語を話す時、時々heとsheを言い間違えてしまいます。少し気を抜いていると、口から違う方が滑り出てきてしまう、という感覚です。例えばペットの話をする時など、雄でも雌でもどちらでもあまり構わないのではないか、と無意識に思っているのか、ふっと間違えてしまいます。似たような経験がある方はわかるかもしれません(バベルで勉強されている方の中には、こんな初歩的な間違いをする方はいないかもしれませんが)。そのような時私は、これは私の抱える文化のなせる技だから仕方ない、と自分をなぐさめるしかないかなと思うのです。



中澤恭子
 
バベル翻訳大学院58期生(IP・法律翻訳専攻)。
オーストラリア在住。
フリーの翻訳家となる日を目指し、目下勉強中です。