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関連寄稿 - 今井里子

2015/10/10

英語から見た日本語、日本語から見た英語 ― 翻訳の視点から
今井里子

 
 現職の上司は日本生まれのドイツ人。高等教育は米国で受けたため、相手によって英語、日本語、ドイツ語を使い分けています。日本語は周囲の人たちが話していたのを耳で聞いて覚えたことから、『花子とアン』『ごちそうさん』のような少し昔のドラマにある言い回しや表現、やまと言葉を話すこともあり、日本人の私より語彙豊富ではないかと驚くこともあります。そんな彼でも残念ながら日本語の読み書きはできないので、オフィスでの面談は日本語ですが報告書等は英語で書かなければならないというのが、今回のテーマにぴったりだと思い投稿を志願しました。
 
 日本語から見た英語は、彼に提出する報告書を中心にした本社とのやりとりや新聞記事を英訳する業務が該当します。誰が何をいつまでに…をはっきりさせたい時は、主語を人称にして一文完結にします。今手がけるべきことが明確になり、自分がやっている感を主張することで業務の重要性が理解されます。逆に優先順位が低い業務や進行が滞っている業務についてはプロジェクトや事象を主語にすること(非人称主語)や体言止めで、忘れていないことのアピールやネガティブな印象を最小限に留めることが可能になります。具体的なケース(私の失敗談ですが)として、上司の取材記事の翻訳を挙げます。記者という第三者が彼の日本ビジネスに対する意見を綴ったものですが、「まだまだビジネスにおいては保守的だ」を”He insisted that some are still conservative…”と訳し、上司から「実際に僕が話したことだけれど、非常に上から目線な印象を受けませんか」と指摘されました。色々考えた結果、”Conservativeness is rooted strongly”と非人称主語に書き換えてみたところ、翻訳がスムーズに進んでいくことに気づきました。「~と言われています」「~と聞いています」といった一般的な事象を説明する仮主語 ”it”も考えましたが、今度は彼の主観というより世相のように広がりすぎるように感じられたし、非人称主語のほうが読み手もネガティブな印象なく彼の意見として受け取られると思いました。
この仮主語 ”it”は一番日本語的ではないかと思います。「~と言われている」「~と聞いている」という「誰が言っているんだ」とツッコミ先を自分にしたくない時使っています。近い表現で”they said that…”という言い方もありますが、訳していくうちにこの”they”は何を指すのか、ネイティブでない人たちの間で読み違いや誤解を生じることが多いという経験から単文以外での使用は控えています。

このように文章や節のメリハリをつけやすいのが英語ならではの特徴です。
日→英の例:彼は無謀にも東京大学を受験した
人が主語 He applied for Tokyo University challengingly.
モノが主語 His application for Tokyo Univ. is reckless.
仮主語(it) It is reckless to apply for Tokyo University.
 
英語から見た日本語は、本社から送られてくる資料や公式文書、レターの翻訳。本社からは「Corporate wordingに沿って正確に丁寧に」と指示が下りるのですが、用件に入る前の挨拶文など英語にはない文書構成を足す必要がありますし、指示通り一字一句丁寧に訳すとページは倍増、規定されたページ数を守れないと常にプッシュバックの応酬です。キーボードのローマ字打ちの真逆、平仮名一文字に対して母音以外はアルファベットを二文字打たなければならない、その状況に似ています。ゆえに日本語の特性あるいは利点とも言える主語省略は当たり前、カタカナを使わず漢字を多用、一語凝縮、英語にありがちな前向きな文章もときに日本人からは自画自賛に聞こえてしまうので、3つある形容詞は2つに減らす、「前述」「前文」と簡略化する手段を駆使しています。
 
しかし簡略化しすぎると改行位置が合わなくなる、指示語の先が不明確になる、といった日本語特有の「曖昧さ」が出てきますので、段落や文章の流れを見ながら主語を人称だけでなく固有名詞で復活させるなど工夫しています。また尊敬語・謙譲語という相手との関係によって同じ動詞でも言い方が変わる、間違うと会社として非常に恥ずかしい立場にも成りかねないのでレターの和訳には非常に気を使います。
英→日の例:He is tall and lean, but his arms are quite big without matching his body.
総訳 彼は細くて痩せているが、彼の腕は身体に合わず太い。(24文字)
簡訳 彼の細く華奢だが、腕は太い。(14文字)
 
そんな私を尻目に上司は尊敬語・謙譲語を流暢に話し、「ごきげんよう」と帰ります。予約したレストランが気に入れば “it was very good, amazing and fabulous.  I really like it.”と秘書に声をかけています。それぞれの言語の長所・短所を理解し、TPOで使い分けるコミュニケーションの達人として見習いたいと思っています。

 

今井里子
バベル大学院56期生
専攻変更もあり当初計画よりかなり遅れているものの、
人々の健康やQOL(生活の質)貢献のため
日々ヘルスケア関連にはアンテナを張っております。