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第179号 巻頭言

多言語翻訳時代の新局面
   ―翻訳ビジネスの新・世界マーケット ①

 

BUPST バベル翻訳専門職大学院 学長 湯浅美代子


  今年、2017年は、従来の発想を変えて、世界市場でどのような働き方をすればいいのか、新たに考える時となったと思います。2017年も半年が過ぎ、はやくも、8月を迎えます。瞬く間に年の後半に入りますね。8月と言えば、終戦記念日です。1945年の8月6日の広島と8月9日の長崎の2回の原爆投下によって、8月15日、日本は、ポツダム宣言を受諾した結果、最終的に第2次世界大戦、大東亜戦争、太平洋戦争と呼ばれた世界戦争が終結したことになっています。

 

 日本では、8月15日を終戦の日として慰霊祭等が行われてきました。昨年、米国大統領としては初めてオバマ大統領が広島の終戦記念の慰霊祭に参加し、謝罪はしなかったものの、被爆者の方への哀悼の意を示したことは大きなニュースになりました。今から72年前の8月、日本がポツダム宣言を受諾し、戦争終結を決めたことで、世界は戦後体制という新局面に移行したのです。

 

 日本が米国との戦いに敗れて占領され、向後、米国が世界の軍隊、警察という体制が強化され72年が過ぎたわけですが、この戦後世界はまだ72年しかたっていないとも言えます。しかし、この70年余の世界の変化は、かなり急速、劇的な変化だと言えます。この間に、アポロ計画の月へのロケット実験がありましたが、どういうわけかその後は中止されました。同じく登場したのが、電子計算機、コンピュータシステム、そしてインターネット通信システムです。宇宙科学の研究成果や軍事研究の成果が、民間の商用システムとなり、PCやインターネット、スマホとして、私たちの社会生活の基盤が急速に変化してきたのが、戦後のこの70年間でした。

 

 今、私達が認識している世界は、ITつまり、インフォーメーションテクノロジーと言われる、インターネット環境によって大きく変容してしまいました。何度も触れてきましたが、1994年に米国にて始まった商用インターネットがたったの20年余りで、全く新たな社会システム、仮想世界システムを作り出してしまいました。20年前には社会のシステムがこんなに急激な変化を遂げるだろうとは、一般大衆のわれわれとには、想像できなかったと言えるでしょう。

 

 2000年代の初めの頃、AI、人工知能という言葉と概念が登場したことは記憶に新しいはずなのですが、膨大な情報量の発生により、記憶はどんどん上書きされ、今やAI人工知能はビジネスの最前線のシステムの整備課題になっています。

 

 このように、情報量が幾何級数的に増加していく時代を、現世の人類は初めて体験することでしょうから、この変化のすごさに心を奪われているのが現実ですね。ただ、個人の世界認識というものも、かなり差があり、立ち止まってしっかり考えて選択するということができなくなっているのではないかとも言えそうです。1万2千年ほどの昔、いわゆるノアの箱舟に象徴される地球規模の洪水があったと言われていますが、現代は、まさにそのノアの箱舟の時代の洪水が起きていると言えるかもしれません。勿論、現代の洪水は、泥水ではなく、情報という大洪水が起きているのですが。

 

 変化のスピードがどんどん速くなっているという実感は、人により感じ方が違うということも事実ですね。共同体的な組織概念も年々希薄になってきていますし、一人一人の考え方、価値観というものが尊重される時代になっているとも言えます。場合によっては、尊重されていると言えないまでも、個人の自由がある程度保証されていると言えるのではないでしょうか?現代は、まさに多様性の中で、どのような価値観を選択し、自立していくのか?が問われている、とも言えるのです。

 

 2000年代の加速された変化の時代が極まり、この2017年にまた大きく流れが変わった!という感じがします。これまでの変化の方向が大きく変わったと思います。それが、これからの世界市場にどのような変化と特徴をもたらすのかを掴むことが大事だと感じるのです。世界の変化が、急激且つ早くなればなるほど、一度その流れから離れてみないと、何が起きているのか、その変化にどう対処すればいいのか判らなくなります。そこで、今こそ、立ち止まり、近視眼的な視点でなく遠くから、またいろんな方向から考えてみようと思い立ったのです。

 

 私の実感は、こんな感じなのですが、読者のあなたの実感はいかがでしょうか? 翻訳は、ある意味で、情報の先端にかかわるビジネスでもありますから、多くの方が何か感じておいでのことと思います。なんといっても言葉、情報をいつも相手にしている仕事ですから、そういうセンスはとても敏感なのではないでしょうか?

 

 2010年から始めた本誌では、既にいろんな記事を掲載してきましたが、翻訳の世界的な視点で見れば、20世紀の世界市場化とは、結果的に、英語化であったというような状況でした。1945年の第2次世界大戦、または大東亜戦争、または太平洋戦争と言われる戦争に、日本が米国に敗れたことで、現在のような世界の戦後体制が確定し、国連という組織に193か国が加盟するという世界市場が形成され、公用語が英語になっていきました。これまでのグローバリゼーションとは、いわば、英語を世界の公用語化する、という意味であったとも言えます。

 

 そのため、多言語を容認する翻訳手法により暮らしてきた多氏族国家であり、翻訳によって海外情報を摂取してきた長い歴史を持ち、島国でありながらも豊かな自然、豊富な天然資源に育まれ、日本語ができれば何も困らなかった日本人は、敗戦というショックもあり、会話としての英語の習得に苦戦してきた、と言えます。なにしろ、言挙げせず!という精神性は、英語世界とは真逆の世界なのですから!

 

 これまでが、英語ができれば世界市場でビジネスが可能となったことは、とても便利でもありました。なにしろ、世界各国の標準言語数は百数十以上あり、それを各国で個別に対応するとなると、かなり大変なことになります。世界が一つの言語に統一されるということは、翻訳という概念に対する理解が浅薄であるからできるのです。思い出しますね。有名なあのセリフ、【昔、人々は一つの言葉を話していた。そこで、天にも届く高い塔を建てようとした。】あれ!どこかで聞いたセリフですよ!そうです。旧約聖書の創世記、かの有名な【バベルの塔】に似ていますね!

 

 まさに、【英語という一つの言葉のグローバル化が世界市場化の基本である】という【バベルの塔】が市場認識を変更せざるを得ない時代へと変わった!と言わざるを得ない状況になりました。旧約聖書の【バベルの塔】の神話が繰り返されたのでしょうか?

 

 勿論、これまで英語で通用してきた市場がすぐに通用しなくなるのかと言えば、そうではありませんが、英語グローバル・マーケットから国別の言語地域マーケットへとビジネスの転換、詳細化=地域密着サービスに伴う多言語化、つまり多言語翻訳ニーズが起きてくるでしょう。

 

 ところが、これまでは、英語グローバル・マーケットでしたから、とりあえず英語化がされていれば、ビジネスになったのですが、多言語化への十分な取り組みがなされないまま来てしまった翻訳業界では、今後の多様化する多言語市場への十分な対応がなされてはいません。

 

 ご承知のように、ISOの取り組みもなかなか一筋縄ではいかず、翻訳の資格や翻訳についての認識も言語の違いによって、また、国家の成熟度や環境等によってずいぶん温度差があります。それどころか、今や金融システムや、信用システム、その他多くの価値観が曲がり角に来ているともいえる状況ですから、世界的な規模での価値観の変化が、まるでノアの大洪水時代のような状況をもたらしているとも言えます。

 

 そこで、WEB環境における多言語翻訳の実情というものを考えてみましょう。

 

 世界市場のビジネスエリアは、これまでの英語グローバル世界市場システムにより、多数の言語地域つまり世界の多数の国のシステムがほとんど類似していることが分かります。それが、いわゆる先進国市場と言われた言語地域から、徐々に中進国から後進国言語地域へと広がってきたことはご承知の通りです。日本人の話す日本語という市場についても、まだまだ豆粒のような少数ですが、かなり広域に広がりを見せています。

 

 このような、日本人、日本語の広がりを考えると、移民という民族移動を自由にしたEUの行き詰まりや、トランプ政権の「アメリカファースト」政策によって、世界の移民による自由移動市場は行き詰ったかに見えますが、それは一時期の調整であって、やはり人々はもっと頻繁な交流。異動を果たしていくように思います。EUの崩壊や米国の変化は、これまでの英語というオンリーワン言語グローバリズムの曲がり角という局面であり、これからが本格的な、多言語翻訳市場が誕生するのだと考えられるのです。

 

 この2017年は、英語・グローバル市場の独占の終焉であり、これからが本格的な多様性の表現としての、多言語翻訳市場の誕生となる!ということが言えるのです。このような大きな質的変化の状況下にあって、これからの本格的な多言語市場とはどのような市場であり、多言語という言語の実情とはどうなっていくのか?はたして、英語・日本語以外の言語における翻訳の水準、翻訳の市場性、翻訳市場のサイズ、翻訳者の実情などは、どうなっていくのでしょうか?

 

 今回は、このような思考の前提を皆様に提案して、今後の世界市場とはどうなっていくのかを探っていきたいと思います。どのようなビジネスが世界各地でなされているのかを、マーケットリサーチの視点で見てみることもできますし、その中で、日本自体がどうなっていくのかも大事なマーケット観察になります。日本企業が海外に事業を広げることを想定すれば、商品を輸出する、輸入するというやり取りになりますが、この場合、取引国の言語数だけの商品説明書が必要になりますから、様々な電化製品や化粧品などには、細かい字でビッシリと数か国語が印刷されています。それがこれまでの多言語翻訳市場の中心であったと思いますが、それ自体も、これからどのように変化していくのでしょうか?

 

 これから起きてくる変化に伴う多言語翻訳市場がどうなっていくと思うか、あなたも是非、独自のユニークな考察を展開してみてください。こんなチャンスはめったにないことですから、チャレンジされることをお勧めします。では、また次号でお会いしましょう。

 

最後までお読みいただき有難うございます。

 

第178号 巻頭言

AIの思考システムとの共存を考える

BUPST バベル翻訳専門職大学院 学長 湯浅美代子


 日本は梅雨の最中ということですが、猛暑日が続いています。34度、35度と続いたかと思うと、時には28度くらいまで下がったりして、日々の変化が大きいです。各地にお住いの皆さまですから、それこそ、今は気温が0度です!などと言われる方もおいででしょう。21世紀に入って、世界の情報がリアルタイムで知ることができる現代では、過去のように、自分のいるところの気候、季節感だけが実感された時代と、ずいぶん変わってしまいました。そういうわけで、現代の時候の挨拶は、「どんな時でも、どんな気候環境でも、どうぞお健やかにお過ごしください!!という感じになるのでしょうか?

 

 ともあれ、暑さにも、寒さにもめげずにお元気でお過ごしのことと、お喜び申し上げます。

 

 日本語は季節の挨拶が豊富です。それだけ、季節、気候環境が変化に富み、豊かな地域であると言えます。地域によっては一年中大きな寒暖の変化が少ない地域が結構あります。バベル翻訳専門職大学院の本部は、ハワイですから、乾季と雨季の違いがあるくらいで、夏と冬の温度差は10度以内です。しかし、今の日本の東京の気温の差は、昨日が35度で、翌日は28度、などというように寒暖の差が大きいですね!お陰で、体調を崩している方がずいぶん増えています。

 

 かくいう私も、昨年2016年の4月末から5月半ばにかけて体調を崩し、10日あまり高熱を出して、寝込んでしまいました。ところが、実は驚くべき体験をしていたのです。4月14日の熊本地震が起きた日に、とある治療のセミナーに参加していたのですが、そこで、会場の参加者をモデルに治療の実演ということになり、講師が会場内をぐるりと見回したのです。なぜか講師と目が合いました。確かに、その時、これは、私が当たるのではないかしら?という思いが一瞬よぎりました!そうしたら、講師が私の前にきて、「あなたです」というではありませんか。講師は「モデルになっていただく方はこの中で最も症状のひどい方にします」というので、まさか私だとは全然思ってもいませんでした。自覚症状は何もなかったのですから!

 

 そんなわけで、セミナー参加者数十名の注視の中、講師の指示でベッドにうつぶせに寝る羽目になり、数分の説明と治療を受けました。その治療というのは、両足首を軽く持ち、その後、腰のあたりに数分軽く触れているだけというとても簡単なものです。講師は足首に触れて、どこが悪いかがすぐにわかるのだそうです。これまでの熟練により、そのような観察力が得られたようですが、それは講師が治療するというより、人間が本来持っている自己治癒力を活性化させるのだと言われていました。

 

 そのセミナーの後、4月末ごろから風邪を引いたようになり、かなり高熱が出て10日間ほど寝込んでしまいました。その後は徐々に体力も回復、気力も回復してお陰でこの1年は、元気に過ごすことができています。たしか、セミナー料は5千円だったかと思いますが、そのうえ数分の治療をしていただき、自己治癒力を活性化して健康になれたのかと思うと、とても不思議な有難い、奇跡の贈り物をいただいた感じがします。その治療院は、とても繁盛しているそうですから、多くの方が自己治癒力を取り戻して、回復されているのでしょう。

 

 話がそれたかと思われるかもしれませんが、この体験は、人工知能AIとの関連が深いと感じています。AIの特徴は、多くの知識情報を演算できるプログラムだという点です。勿論、今のところはまだ人間の方がかなり勝っています。AIと一口に言っても、どれも同じではありませんし、かなり適応力の差があります。まだ、研究開発の途上であり、飛躍的な計算システムが登場する事が待たれています。

 

 その飛躍的な計算システムとは「量子コンピュータ」です。最近はいろんな情報・知識が、世界中の組織、個人のユーチューブ動画で無料提供されています。その中で、NHKの動画だと思いますが、「量子コンピュータ」に関する番組が放映されています。まだいろいろ検索したわけではないので、他にもいっぱいあると思われますが、なんといってもすごいのは「量子コンピュータ」の処理能力は、今稼働中のスーパーコンピュータ「京」の数千台だか、数万台だか連結してもかなわないほどの処理能力だということだそうです。

 

 そのように言われても、まだピンときませんが、「量子コンピュータ」は、従来の技術というか、思考レベルをはるかに凌駕する、超えてしまったシステムだということができるでしょう。これで驚いてはいけません。中身がどうなっているのかとその一端を聞けば、もっとわからなくなります。これまでのコンピュータの計算は「0」か「1」の2進法と言いますかそれで計算するシステムだそうですが、量子は重ね合わせという芸当ができるため、「0」と「1」を重ね合わせてどちらも選択できるということなのだそうです。まだ、よくわかりません。さらに、それをいくつも同時に重ね合わせることができ、従来の数千倍、数万倍の計算ができるということです。

 

 確か、量子の状態は観察することで、波の状態から粒子の状態になり、且つ二つの量子は絡み合う関係状態であり、それがどれだけ離れていても片方が確定値を取れば、瞬時にもう片方が別の値に決まる、つまり意識が通い合うということのようです。まだ実感がわきませんね。しかし、それを聞いたとき、初めに述べた、私の自己治癒力回復治療体験と何か符合するものがあるように感じたのです。

 

 私達人間は五感をセンサーとして世界を認識つまり、眼で映像化し、耳に聞き、舌で味わい、皮膚による触感、鼻で匂いを嗅ぎ分けて情報処理しています。これらの五感で得られた体験を感情と価値判断という記憶処理を重ねて類型化し、体系化して「信念」というプログラムで演算処理をしていると考えられます。そして、前回も述べましたが、これらの記憶処理システムがそのほとんどの作業をこなしており、同じ作業ほどやりやすく、心理抵抗がないので、ワンパターンの生活、思考様式にはまりやすい構造となっています。

 

 つまりこれは「キャッシュメモリ」思考システムだと言えるわけですが、確かに現実の世界は「キャッシュ=現金、お金」によってコントロールされています。記憶、つまり「メモリ」に「キャッシュ」をつけて命名した人は、冗談で決めたのでしょうか?何となくニンマリしませんか?この世は「現金、お金の世界」ですからコンピュータシステムの用語も「キャッシュメモリ」としたのではないかと、勘ぐってしまいました。

 閑話休題、量子の状態についての理解がまだ十分ではないので、まだまだ研究・思考を重ねていきますが、ここでは、「日本語は同音多義語が多いので、気づきを得られやすい」という特徴を持つ言語であるということを申し上げておきます。それが、日本語を難しくしている原因の一つでもあると思いますが、大きな特徴なのです。

 

 私の文章をお読みの方は、既にお気づきのことでしょうが、私は語の「意味」を考えるより先に、「音」に着目します。日本語は、「同音・異議語、多義語」の宝庫です。日本語で「ことば」を何気なく使う時、同音異議語がたくさん浮かび、ふと何かに気づかされることが多いのです。翻訳者の皆様は、翻訳作業の中で実感されることが多いのではないかと思います。それがまた、微妙なニュアンスを表現してくれる一方で、間違いを生じさせる原因の一つでもあります。「同音異議語」は微妙な表現、深みのある表現世界を広げてくれるとともに、逆に混乱も生じさせるという両義性を持ち合わせています。

 

 それは、ある種、「量子の重ね合わせ状態」に近いのではないかとイメージしています。勿論、まったく違うかもしれませんが、自分が理解できる足場をしっかり踏み固めていくことで、次のステップ、深い思考的飛躍の訪れを待っているのです。

 

 というのは、それは「訪れ=音連れ=音擦れ」のように感じますし、自分から掴み取るというより、やはり向こうからやってくる「訪れる」のだと思うのです。つまり、それは「GIFT」なのですね。

 

 次号でさらに解明していきたいと思います。

 

 最後までお読みいただき有難うございます。

 

第177号 巻頭言

炭素系人間とケイ素系人工知能の共同作業

BUPST バベル翻訳専門職大学院 学長 湯浅美代子


 皆様いかがお過ごしでしょうか?日々の忙しさの中で、毎日のやることリストに追われていませんか?

 

 21世紀に入って、既に17年目になりました。20世紀から21世紀に移り変わるという頃は、世界中で新しい科学や宇宙の新しい文明と遭遇するのではないか?とか、そういう気分があったものです。いわば未知との遭遇ですね!未知へのあこがれ、宇宙へのあこがれの気分がありました。
 

 当時は、色々と科学系の特別番組が組まれていたように思います。中でも記憶しているのは、これからは宇宙に進出する時代だということで、宇宙の組成ということや、宇宙に出ていくとなると、今の炭素系の人間では無理ではないか?宇宙に出るにはケイ素が必要で、ケイ素系の身体になる必要がある!と思った次第です。ケイ素系の人体とはどういうものかしら?と思うと、ケイ素はガラス質、クリスタルだと思い込んでいたので、今の身体とはずいぶん変容する必要があるのだろう、と漠然と思っていたように記憶しています。


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世紀はまさにインターネット時代の始まりであり、インターネットを活用した新たなスタイル、新たなシステムが登場し、今や、スマホなしでは過ごせないような日々になっています。本誌もWEBマガジンとなりましたが、相変わらず「翻訳」というテーマで継続発行できるということは、大変うれしいことです。ところで、ケイ素が使われているものの代表の一つはコンピュータですね。21世紀に入ってとりわけテーマになったのが「AI人工知能です」これは、ケイ素型です。

 

 最近では、人間がAIに取って代わられる日が近づいている、というようなニュースがどんどん流れてきますが、初めの内こそ関心も高いのですが、その内それも慣れてしまって、今や人工知能AIの話が出ても、よほどのトピックでないと、大した反応を示さないようになってしまったのではないかと思います。人間の意識は直ぐに既成の知識に囚われていくのですね。つまり一度記憶データとして書きこまれたら、とてもなじみのあるもの、既知のものに分類され、あまり関心を払わないようになってしまうのです。
 

 これが、よく言われる「洗脳」というシステムかもしれません。一度書き込まれた情報は、初めはキャッシュメモリとして比較的新しい情報として短期記憶的に保存されるのでしょうが、それがあちこちで何度か目にする、耳にするようになると、キャッシュメモリではなくなり、長期の記憶に保存され、それについての関心が急激に衰えてしまい、当然の既成の事実のように疑問も持たず、そのまま受け入れてしまうようなシステムなのかと思います。そう考えると、洗脳ではなく「染脳」染まってしまうという方がしっくりくるようにも思います。洗脳されやすいということは、私たちの脳の基本性質なのでしょうか?
 

 翻訳作業は、基本、頭脳の活動ですから、脳の特性、性質、構造、システムをよく知って使いこなすか、知らずに使うかは、かなりの差があるように思います。もし、仮に「脳は洗脳されやすいものだ」という認識があれば、新しい言葉や分野を学ぶとき、「洗脳されやすい」側面を使うと効果的だと言えますね。しかし、逆に「洗脳されやすい」状態のままで、新規の翻訳に取り掛かると、前の翻訳情報が残っていたりして、新たな翻訳へのチャレンジと言いますか、アイデアの発露が乏しくなるような感じがします。同じようなフレーズを続けてしまったりして、文章の生き生きした感じをうまく表現できないことさえあるかもしれません。


 好きこそものの上手なれと言われますが、好きなジャンルのものばかりを読んだり、話題にしたりしていると、その特質、状態にやはり染まってしまいます。その分野の翻訳を専門にすることは、従来行われているわけですが、初めのうちはとても良い成果が得られて高い品質を保持できるようになります。しかし、長年、そればかり続けていると、やはり、変化への適応力というか柔軟性に欠ける、つまり対応が固くなってしまう。頭が固い状態になってしまうようにも思います。つまり、専門性は持つべきであるが、同時に柔軟性も必要になるということなのですね。


 20世紀後半は、比較的平和が続いた時代であり、専門性が大事で専門を持つことが尊重され、推奨されて、効果を発揮できた時代であったと思います。21世紀は20世紀の知識、常識がどんどん破壊され、新たなシステム新たな専門ジャンルが登場し、しかも、その専門ジャンルの永続期間がどんどん短くなり、数年経つとすっかり新バージョンに代わってしまうので、バージョンアップに、アップアップしながら対応せざるを得ない、というような感じがします。


 21世紀のケイ素系このPCのソフトウエアなのですが、ウインドウズ10になってから、すごくレベルが下がりました。それはAIの機能がはめ込まれたためにまだ処理能力が低いうえにやたらエネルギーを消費するという状態になってしまったからかと思います。元のウインドウズ8に戻そうかどうか、と考えているうちに更新が来ています。これはただ、私自身のソフトウエアに関する専門知識の欠如がなせる業なのですが、この原稿を書いているときに、ワードがフリーズし全原稿が消えたかしら!!という瞬間を何度も味わいました。


 皆さんは、そんなこともないかと思いますが、このところウインドウズ10をうまく使いこなせず、閉口気味なのです。閑話休題。専門知識を持ち、常に新しくなる情報を取り入れつつ、日々の時間間隔の変化に如何に適応していくか?とても大事なポイントに差し掛かっています。変化の流れに追われて、そのまま洗脳されていってしまうと、変化に対応しているようで、別の問題があります。


 逆にあまり変化に対応せずにいるとやはり問題が出ます。このような変化と時間の経過が激しい時は、自分の意識の置き所、自分が今どこのいるのかをしっかり把握しておく必要があります。時には流れから出てみて、冷静に周りを見るゆとりが必要ですし、ある時は流れにどんどん乗ってみるということも必要です。つまり、どちらかに偏らず、冷静さを持つということでしょうか?


 このような柔軟な姿勢が一番大事ですね。これから、常識が覆されていくことがいろいろと出てきても、そのような柔軟な意識で対応すれば、必ず道は開けると信じることです。人間は、か弱いようで意外と強靭、タフな生物でもあるようです。これからますます、炭素系人間とケイ素系AIとの共同生活は深まっていきますから、相手を十分に知り、自分が言いたいことはしっかり通すというような姿勢が大事かと思います。


 翻訳ビジネスは、ある種、炭素系システムとケイ素系システムとの共同作業にとてもあっているビジネスなのかもしれませんね。

最後までお読みいただきありがとうございます。

第176号 巻頭言

本誌は、6月から、毎月7日と22日の配信です。


BUPST バベル翻訳専門職大学院 学長 湯浅美代子


 この6月から毎月7日と22日の配信日となりました。新しいWEBTPTをよろしくお願いします。


 新しいと言っても、配信日だけ変わった、というのでは面白くないですね。勿論中身もこれから新しい連載や、時代に合ったテーマで堀下げた記事をお届けしますので、ご期待ください。


 でも、やはり、配信日が変わるというのも、変化の意味としては結構深いものがあるのです。


 WEB
マガジンですから、なるべくタイムリーなテーマでお届けすることができると考えていましたが、
最近の世界のテンポはとても速いので、結構、しっかりと意識することが必要だと思います。
 

 一週間くらい、あっという間に過ぎてしまいますし、日々の出来事も、結構大きな変化や事件が起きたりして、世の中の揺れの振幅がとても大きいと感じることが多くなりました。


 現代はまさに時間感覚の転換期だとも言えます。時間という概念は、私達人類にとっては100年足らずの短い生涯時間でしか、世界を捉えることができないということになっていますが、本当にそうなのでしょうか?でも最近では、私の周りの方々も90代の方が増えていますし、だんだん皆さんの年齢という時間表現の尺度もずいぶん変化してきたのではないかと、実感します。


 例えば、あなた自身は自分の年齢に対する感覚意識が、昔、自分と同じ年代の人々が感じたり、行動したりしていた感じとはずいぶん変わってきていると、感じたことはありませんか?私の感じでは、20年は確実に若返っているように思います。つまり、今の90代は昔の70代の感じのように思います。皆さんお若いです!!


 意識の持ちよう、意識のありようで人間の年齢は変わる?のなら、これほど楽しいことはない!と思われるかもしれません。そして、それはかなり深い現実探査ですね。現代科学は、意識という震動するエネルギーをまだ十分につかめてはいないようです。でも、もしかすると、一部の人々はもう既にいろんなことが分かっていても、そのことを言ってしまうと、人々がびっくりしすぎてしまうから、まだ公開するときではない!ということなのかもしれません。


 例えば、あなたが翻訳者として日々忙しく翻訳の注文を受けておいでなら、それはとても素晴らしいことですね。まさに翻訳しているときは、著者と自分という二人の間を行き来しながらあれこれ悩みつつ、仕事をしているわけですが、さらに、翻訳を生業とする時には、読者という第3者のことも大きな要素ですから、いわば自分、著者、読者という3人の頭脳を行ったり来たりしているとも言えます。


 このような状態を別の見方で表現するなら、いわば著者という別次元、読者という別次元の存在とあれこれ瞬時に交流、交差しながらコミュニケートしているとも言えます。そんなことを考えていますと、これはとても意味のある大きな発見だと自分で納得しています。つまり、私達人類は、AIに負けるとか、あの敏捷なチータには、走りではとてもかなわないとか、いろいろと負けてしまうことが多すぎるわけですが、先に述べたように、他人という別次元の存在とのコミュニケーションが取れるというのは、意外とすごい事なのですから、これは、人間の固有の特徴のひとつと言えるかもしれません。


 ところで、このコミュニケーションという作業に欠かせないものは、何だと思われますか?これこそが、人間の特徴、翻訳者の真骨頂とも言えることですが、いかがでしょうか?いくつか答えを思いつかれたと思いますが、私が気づいたそれは「想像力」です。イメージ化とも言えますし、想像とは「創造」クリエーションでもあります。さらに、別の側面を探せば、「共感力」でもあり、「なりすまし」でもあります。つまり、相手と一つになれるか?ということでもあります。別の言葉を探せば、「思いやり」でもありますし、「つながり」とも言えますし、「拡張」ともなります。それはまた、芝居の「役者」を演じることでもあり、「やくしゃ=役者」とは「訳者」でもあるのですね。


 私達のコミュニケーションツールは言語だと、当然思われますが、言語化される前の意識の状態がそれに大きな影響を与えているとなったらいかがでしょうか?言語はもともと「音」つまり振動です。「文字」にこだわると「音」の要素が抜けがちですが、言語とはやはり「音」なのですね。「振動=震動=神道=神童」へと変化していきます。


 私達のもつ外界とのコミュニケーションツール、コミュニケーションシステムは「音」だけではありません。目は光という信号をイメージ映像へと変換するシステムであり、いわば翻訳機ですね。嗅覚も匂いという伝達物質の翻訳システムであり、皮膚感覚もそうです。つまり、人間は五感を通じて世界を捉えているわけです。このように考えると、翻訳するとき、単に言葉の意味やニュアンスだけでなく、音、身体感覚、皮膚感覚、目に映るような映像感覚などの五感を駆使するといいのではないかと思い当たります。


 いつもと違う見方、五感をフル活用できるようなトレーニングをすることで、今まで苦手意識を抱いていた新ジャンルへの挑戦や、自分の新しい側面が引き起こされてくるかもしれませんね。


 社会や、周りが変化するのを待つばかりでなく、自分自身がまず変わっていくことを選択されたらいかがでしょうか?すると、きっと冒険に満ちた新たな自分の側面を発見し、そのユニークな素晴らしい側面を体験していくことになるのではないかと思います。


 最近、私は忘れることが多くなりました。しかし、それと同時に新たな発見も多くなったのです。そう意味で、忘れることはいいことだ!!と素直に思います。忘れられない思い、の裏側に何が潜んでいるのでしょう。つらい思いも、苦しい思いも、嫌な思いも、きっと忘れられない記憶として残っているのでしょうね。それは皆体験した記憶ですから過去のものだと言えます。過去に囚われずに生きることができたら、きっと楽しいことになるのではないでしょうか?

 

楽しい体験は、「既成概念にとらわれない!」という、生き方の副作用なのかもしれませんね。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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