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第186号 巻頭言

多言語翻訳時代の新局面
―翻訳ビジネスの新・世界マーケットを探る ⑧

BUPST バベル翻訳専門職大学院 学長 湯浅美代子



 皆様いかがお過ごしですか?11月に入り、ようやく秋晴れとも言える青空が見られるようになりました。10月は台風襲来ということで、雨が多かった月となりました。雨、台風などのシンボライズするところは、【浄化】お掃除ですね。2017年も余すところ一月半、時間のたつのが早いです。

 次年度、2018年を迎える前に雨や風という台風で、地球、日本列島にたまった不要物や、空中に舞い上がった不純物、または宇宙から飛来する不要情報などを、きれいにお掃除=浄化してくれたように思います。高く澄み渡った青空を見上げれば、清々しい「氣」が感じられます。気持ちがいいですね!




 さて、そんな清々しい11月は、毎年、Master of Science in Translation (MST) 翻訳専門職修士号の学位授与式が本校所在地、ハワイ州ホノルルにて開催される大変うれしい、おめでたい月です。最近では、ZOOMというツールを使って、世界各地に在住の先輩の修士(MSTホルダー)の皆さんとの情報交流、教授からのメッセージやアドヴァイスなど盛りだくさんのイベントになります。

  さらに嬉しいのは、さすがハワイです。昨年11月の学位授与式の日に、素晴らしい虹の祝福がありました!
ハワイでは、虹が多いです。時には空を見上げて心を広げましょう。

 さて、今やIT(インフォーメーションテクノロジー)の進化はすごいですね。今、私達は、テクノロジーの激変、つまり、ベースとなるテクノロジーの大変化の時に遭遇しています。明治維新がそれまでのシステム、江戸時代の200年続いた文化という太平の眠りを、ほんの数年の激動期によって起こされて、西欧式文化の受け入れと日本文化の破壊へと切り替えてしまったように、スーパーコンピュータの目覚ましい進化が起き、それによる大容量のデータ(=ビッグデータ)を瞬時に処理できることになり、AI技術が活用されるに従い、ひいては量子コンピューターの開発競争へと飛躍しようとしています。まさに、思考の限界を突破しようとする、未知の進化した情報社会の到来を体験しようとしているのです。

 それらは、AIに対する脅威論を生み出す一方、AIテクノロジーを活用しなければ、ビジネス活動の競争に負けてしまう!というように企業間の導入競争はさらに進んでいます。様々なサービス業務が、また、専門分野の専門知識などは、データとして、辞書として、用例集として多様な情報の蓄積がなされています。ある意味では、知識データベースが世界中の人々によって毎瞬、構築されているという状態です。このような状態はかつてなかった事態です。PCやスマホなどに装備された入力、出力のツールが、人間の5感【見る・聞く・嗅ぐ・味わう・触る】に対応し、つながっていくことでしょう。

 いまここで、将来どうなるか?ということを不安になるのではなく、むしろ、その変化、情報処理のプロフェッショナルこそがこれから真に必要となる、というように考えることができます。テクノロジーは使って初めて生きる、活かされるのです。従って、このテクノロジーを使いこなすことが必要なのだと考えればいいのですね。そこで、【翻訳の生産性】を考える時、翻訳ビジネスの全段階においてその処理レベルを高める、つまり生産性を高めることが必要なのです。

 翻訳ビジネスの全ステップについてイメージしてみてください。この、全ステップをきちんとイメージすることがとても大事です。例えば、料理のステップを考えれば、まず、素材選び、煮焚きのこと、味付け、盛り付けなどが思い浮かびますが、大事な要素を忘れています。それは、前準備ということです。素材選びに手間がかかりそうですが、素材選びではなく、素材を調理するための前準備が大事です。と言いますと、まず、お米は洗ってからすぐには焚けません。何時間か水につけることでふっくらと焚き上がります。というように、前準備、下準備というものが大事なのですね。だから、AIや、ソフトを買っても、自分流にかなり使いこなす、つまり下準備が必要となるわけです。

 【翻訳の生産性】も、今述べたように、下準備、前準備がとても大事です。以前の号で「孫子の兵法」を引用したことがありますが、それも同じです。実際の戦闘により決着するのではなく、その前の情報収集、さらには、敵側の情報、戦闘力を知ることは大事ですが、それよりも大事なのは、自分を知ることです。わたしたちは、自分を知っていると思い込んでいますが、実際は、自分のことを分かっていません。私達の自己評価とは、他人が自分をどう見ているかを、自分の評価と思い込んでいるだけです。つまり、自分を見ることができないのです。

 鏡なしに、あなたは自分の顔を見ることはできません。もっと言えば、鏡に映った映像と同じ映像を他人も見ていると言えるかどうか、わかりません。他者も、あなたと同じ状態であり、その人が見ているものと同じかどうか、断定できないのです。これは、驚きですが、冷静な論理的帰結です。

 さて、話がそれましたから「翻訳の生産性」に戻りましょう。先ほどの下ごしらえ、前準備にあたるものは、どんなことが考えられるでしょうか?まず、一つは、【翻訳の専門分野を絞る】ということが言えます。これは、生産性を高めるにはとても大事なことですが、二つ目に、【普段はやらない、自分の専門以外のことにも興味を持つ】という、相反することが言えます。まずは、【専門分野を持つ】ことが必須です。さらにはそれを好きになっていくことはもっと大事ですね。好きか嫌いか、などということは、過去の思い込みですから、自分が【これを専門分野にする】と決めたら、その専門分野に浸り、好きになることです。

 二つ目の下ごしらえとは、自分の能力発揮の前準備として【心の状態】を【翻訳の生産能力を120%発揮できる状態】に準備しておく!ということになります。つまり、【自分の心の状態の偏りを減らし】て【様々な突発事故を心静かに受け入れられる状態にしておく】と言い換えられます。

 例えば、AIに代替されて翻訳の仕事がなくなるのでは?という予測が喧伝されていますが、翻訳という仕事がなくなったらどうしよう!などと考えずに、今、どうすれば、AIに負けない【翻訳生産性】が可能になるのか?と考えましょう。また、負けたら負けたで、それはその時考えればいいさ、というような静かな心の状態を持つことですね。
                               
 前号でも述べましたが、それは、【どうすれば自己の翻訳力をいかに高められるか?】という本質的な問いかけに集中することでもあるのです。私達、人間は常にこの【どうすれば自己の問題解決力を高められるか?】という【問い】によって、成長し続けてきたのです。

 では、下ごしらえから、本ステップの【翻訳生産性】とは何か?ということを考えてみましょう。翻訳をしよう。翻訳者として活動したい!と考える時、【翻訳ができるようになりたい】、さらには【商品として通用する翻訳技術、翻訳能力を取得したい】というように具体化されます。つまり、ここで問われているのは、グーグル翻訳や誰でもできる水準の翻訳能力、または翻訳技術ではなく、【商品として通用するレベル】の【専門知識と経験、調査・翻訳能力、翻訳技術、工程・納期管理】などが必要である、ということになります。

 ところで、あなたは「グーグル翻訳」や「自動翻訳」などをお使いになったことがあると思いますが、皆、登場した当時は、外国語から日本語への翻訳の成果は、かなり惨憺たる有様でした。今もまだ、文によっては何?これ!の状態もあります。しかし、インターネットにつながっていて、誰でも、いつでも使うことができるということで、私達インターネットにつながり、情報交流をしてきたことによって、いわば、個人が、自分用の知識を得るためにグーグル翻訳、自動翻訳というAIシステムを育ててきたので、何とか理解をするためのニーズは満たせるようになったと言えますね。

 そして、私達人類が今後も使えば使うほど、AIのシステムは向上・成長していくことになります。これらのAIを活用して翻訳生産を高めるための各ステップに使いこなしていくことで、本格的な翻訳ビジネスの生産性の向上に役立てることができるようになると思います。AIは私たちの脳のような節約モードがないので、稼働させればいくらでも働きます。それは短期的な視野ではなく、長期的な視野で、さらに翻訳の奥行きを深めるようなステップにおいての活用を深めることで、AIの処理品質が向上(=成長)していくでしょうし、それを使った、翻訳者の生産性が高まっていく、という帰結(=目的意志)を持っていることが必要でしょう。

 AIは、私達人間の脳の活動や処理システムを研究して開発されたシステムツールです。人間は生体システムですが、AIは同じ生体システムではありません。AIの活用は、AIの持つ特徴と利点を使いこなそうと考えることになります。しかし、面白いことに、【人間】という生体システム=バイオコンピューターは、まだまだ、十分に研究し尽されたと言えないのです。なぜなら、人間が人間を作ったのではないからです。つまり、人間次元からは、人間の全貌はつかめないという、基本原則があるからです。例えて言えば、物質としての表現形式や仕組みが分かっただけで、DNAの97%はまだ解明されていないようです。

 私達は、【限界】【困難】【危機】などとの遭遇によって、チャレンジ(=DNAの発現化)を繰り返し、現代の文化・技術を築き上げていますが、AIというチャレンジャーが出たとき、いったいどんな未知の能力が開発・出現するのか、これからのお楽しみですね。これら三つの【限界と困難と危機】との遭遇によって、その未知の能力を出現させ、解き放つのが、イメージ力=想像力=創造力と言えるのです。
                               
 それは、【どうすれば自己の翻訳力をいかに高められるか?】という【問い】により発現します。私達、人間は常にこの【どうすれば自己の可能性(=問題解決力)を高められるか?】という【問い】によって、人間文明を築いてきたのです。

 最後までお読みいただき、有難うございます。

 次号はハワイでの学位授与式にて感じたテーマについて考察していきます。



 

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第185号 巻頭言

多言語翻訳時代の新局面
―翻訳ビジネスの新・世界マーケットを探る ⑦

 

BUPST バベル翻訳専門職大学院 学長 湯浅美代子



 10月半ばになると、毎日雨の日が続き、冷たい空気に早くも秋深し、の気配を感じます。冷房が暖房に切り替えられ、冬の寒さに対する準備が着々と進んでいます。ところが、桜並木も銀杏の木々もまだ、青々として、変化は感じられません。アジサイの葉は、元気に緑の葉っぱを成長させています。

 

 もう暖房が入るという季節になったのに、そろそろ紅葉するかしら?などと見上げているのですが、黄色く色づいた葉は、強風にはらはらと飛ばされてはいるものの、桜やケヤキ、メタセコイアの樹木は青々として元気いっぱいです。銀杏の緑も元気です。この桜並木では、紅葉は桜から始まるのですが、樹木本体の実感ではまだ機が熟していないのでしょう。やはり、しばらくの期間、急な冷え込みと、暖かい日の繰り返しが何日か続いていくことが必要なようです。

 

この様子を観察して思うのは、技術に習熟する事や、生物の成熟のシステム、自然環境の変化や、私たちの社会環境の変化なども、このような揺り戻し急激な変化という二つの期間、特徴的な現象を、行きつ戻りつ何度か繰り返しながら変化していくので、変化の兆しを嗅ぎ分ける感覚を研ぎ澄ましておかないと、いつの間にか冬になり、また春になりというように、いつの間にかAIにすっかり仕事を奪われていた!などということにもなりかねませんね。よく言われる、ゆでガエル症候群という現象です。

 

そういう意味では、毎日平和を望み、無事故を喜び、毎日々同じ通勤路で、通いなれた飲食街で似たようなメニューを選び、相変わらずの話題に興じ、日々のニュースを聞いては悲観的に反応し、日々同じことの繰り返しという生活パターンになっていないかどうか、振り返ってみることが必要ですね。

 

私達は習慣に強く依存していますから、初体験ゾーンに入ると緊張します。たまには緊張があれば退屈しないのにと思うぐらい、同じパターンの生活を繰り返しています。かといって、親業を放棄してしばらく旅に出ます!などというわけにもいきませんから、毎日の仕事や、生活行動を繰り返しながらも、その中に起きる小さな変化、小さな事件、社会現象として引き起こされる大きな変化、同時に小さな変化に注意深く観察の目を向ける習慣を身に着けたいものです。

 

それは、何もどこか海外に行ってしまおう、とか、新しい職場を探そうとか言う大げさなものばかりではなく、日頃目にする、耳にすることに関心を払い、より注意深くなるとか、普段の帰り道を少し遠回りしてみるとか、裏通りに入ってみるとかいうようなこと、普段自分がやっていない行動をしてみるということでもいいのです。その時は、感覚つまり、視覚や嗅覚、聴覚、味覚、皮膚感覚をも研ぎ澄ませてみることです。

 

これは、翻訳ばかりではありませんが、翻訳業に熟練すればするほど、専門分野が確立していきます。従って、翻訳会社からの依頼、顧客からの依頼も熟練したジャンルが中心になります。それは、翻訳生産性を高く保ちますし、ビジネスの収入も高くなってきます。しかし、ここにも、落とし穴があるのです。
 

それは、同じジャンルの翻訳業務を、同じパターンでの作業ばかりやっていくと、熟練前の成長性というか、翻訳生産性の向上が止まり、それ以上成長することがなくなり、逆に不注意なミスができたりして生産性が下がったりします。これは、翻訳作業ばかりではなく、多くの方が経験されるのではないかと思います。

 

そんな時、いわば脳は、ルーティン作業になっているために集中力を部分的にしか活用せず、全力を発揮していない状態に自動的にしてしまうようです。このように、脳にエネルギーの節約モードを発動させないようにして、更なる、脳のパワーアップを図ることが大事です。ここが、一つの、AIとの競争ポイントかな?と思ったりします。

 

つまり、AIには私たちの脳のような節約モードがないような設定で稼働させれば、いくらでも働きますね! アルファ碁の有段者は人間ですから、意識の集中をずっと続けるわけにはいかないのでしょう。碁は脳の中のシミュレーションゲームですから、シミュレーションをどれだけ多く、どれだけ早く行えるか?という力業(ちからわざ)の戦いですから、これは負けてしまいますね。

 

AIは、私達人間の脳の活動やその他を研究して開発されたシステムで、そのうえ、同じ生体システムではないのですから、力業=シミュレーション回数*処理スピード*エネルギー補給不要=(電源つなぎっぱなし)などと想定すれば、これでは負けるに決まっていますね。しかし、面白いことに、人間のシステムは、確かにAIの研究対象でしたが、現段階で研究された【人間】という生体システムは、本当に十分研究されたのでしょうか?

 

 この点は、まだまだ怪しいな?と私は思います。なぜなら、人間にも、【ひらめき】というか、【啓示】というか、【直感】というか【チャネリング】というか、【何となく】というような物理4次元空間を飛び越えた現象がいくつもあるからです。もっと言えば、それらは、碁や将棋の優れた名人クラスの方達は多かれ少なかれ、その【直感】レベルでシミュレーションをしているのでしょう。プロの翻訳者も同じです!

 

 これまでは、人間どうしの対戦であったため、その研ぎ澄まされた【直感】は現段階のレベルなのでしょうが、これから、さらにAIとの対局が進めば、人間側の【直感】能力ももっと研ぎ澄まされると思います。私達は、【限界】【困難】【危機】などの登場によって、チャレンジを繰り返し、現代の文化・技術を築き上げていますが、AIというチャレンジャーが出たとき、いったいどんな未知の能力が開発・出現するのか?とても楽しみです。

 

 なぜなら、古代の日本のホツマツタエとか、カタカムナ文献とか、その他まだ未発掘の情報があろうかとおもいますが、そこには既に火星との往来や、縄文文明の空中飛行艇のようなイメージが描かれたりしますから、今の人間は、持てる能力を全部発揮しているとはとても思えません。人間生命体のシステムは、現代の医療・製薬技術のレベルを見れば解るように、持てる能力がどれだけあるのか、解明・活用されていないと思えます。逆に、いかにウイルスに弱いかとかまるで、真綿にくるまれたひ弱なあかん坊のようです。

 

 そういう意味では、AIの登場とAIの人間への挑戦によって、私達人間生命体の未知の、未発現の能力が開花していくことでしょう。人間は、機械ではありませんから、自分の思い、意志の力、【志】によって、AI以上の存在へと自己発見、自己開発していける存在なのです。

それをイメージすると、ワクワク、ゾクゾクしてきませんか?

楽しくて、夜も眠れなくなるかもしれませんよ!!

 

いまや、あちこちで、AIに代替されていろんな仕事がなくなるのでは?という予測が喧伝されていますが、翻訳という仕事がなくなったらどうしよう!などと考えずに、どうすれば、AIに負けない【翻訳生産性】が可能になるのか?と考えましょう。

 

それは、とりもなおさず、【どうすれば自己の翻訳力をいかに高められるか?】という古代からの問いでもあるのです。私達、人間は常にこの【どうすれば自己の問題解決力を高められるか?】という【問い】によって、哺乳類から枝分かれし、人間文明を築いてきたのです。

 

次回は、【翻訳生産性】とはなにか?というテーマで考えていきます。

素敵な秋の深まり、適度に、収穫の秋をお楽しみください。

お読みいただき、有難うございます。

 

 

第184号 巻頭言

多言語翻訳時代の新局面
―翻訳ビジネスの新・世界マーケットを探る ⑥


BUPST バベル翻訳専門職大学院 学長 湯浅美代子


 

 104日は中秋の名月でしたが、月の光を楽しまれましたでしょうか?
 

 地球の各地から眺めても、月は同じ顔しか見せていないと言われます。単に地球を回りながら、太陽を回っているのだというような漠然とした知識しかないと、月のふるまいの不思議さが分かりません。しばし、月を眺めつつ、宇宙船アポロ11号の月への着陸はあったのか?それとも、まだ人類は月へいってはいないのか?どちらが真実なのか?秋の夜長、月を眺めつつ、のんびりと考えて見るのもいいですね。


(10月5日撮影)



 現代のように、様々な情報が手軽に、いつでも見たり調べたりできる時代は、まさにインターネットの恩恵ですが、これだけの大変な情報の海の中で、私達はまだ、情報不足!の状態にあるとも言えるのです。それは、いろいろな原因、つまり環境というものにも依拠していますし、このアポロ11号のケースでいえば、正反対の意見が飛び交っており、それを判断するのは自分だという厳しい現実にもよるのです。

 

一方で、マスコミの話題になるものは、過剰なほどの情報が垂れ流されますが、マスコミの話題にならないものを調べるのは、確かに努力が必要です。それに、言語の壁、専門分野の壁、情報秘匿の壁もあり、情報そのものに関する事前知識がないと、的確な情報を探り当てることは難しいのです。

 

このような状況では、まず、心の壁を大きく開いておかないと、社会の出来事に対して、そんなとんでもないことがあるものか?というような常識の壁の囚人になってしまいます。私達は、これまでに教えられ、自分で受け入れて反復してきた知識をしっかりと固めてその上に自己の価値観を作り上げ、世界を見る信念体系を形成していますから、この価値観を揺るがすような見解、情報はなかなか受け入れがたいのです。自分が、存在している基盤が揺らいでしまう!という恐れがあるからです。

 

 ところが、現代のように、世界各地の人々が個人で自由に、動画を世界中に配信できる、すごい時代になったことは、これまでの既成概念をどんどん揺るがせ、破壊してきています。まさに、特別の存在ではない、普通の我々が、宇宙とも言える天空から地球を眺めることができますし、うーんとズームインしてみれば、自分の住む町の様子も、宇宙からの目で見ることができるのです!

 

 Google Earth グーグルアース その名も「バーチャル地球儀」という名前もついています。本当に地球という惑星にいるのかという実感がわきますね。これが、まさにバーチャルリアリティです。わたしたちの認識は、自分の身体と近い空間構造でないと、実感がわきません。ところが、こうしてGoogle Earthで見る地球

をそのまま、これが地球なのだと信じていますが、それが真実かどうかは、判りませんね!

 

 そういうわけで、現代においては、科学者が言うからとか、昔から言われてきたからとか、多くの人が言っているからと言って、それをまるで自分が見てきたように、そのまま信じて使ってしまうのは、ちょっとまてよ!というスタンスが生まれてきました。それは、嘘だからとか、真実だからとかいう感覚だけでなく、地球を自分の足元の大地として見るという感覚や、通常慣れ親しんだ身体の空間感覚が薄れていっているのです。なにか、実態とか、物体、身体という感覚が希薄になり、かなり抽象的な概念感覚とでも言いましょうか、ふわふわしていて、輪郭がなくなるような感じになっているのではないかと感じます。たまに記憶もとんだりしませんか(笑い)!!

 

 しかし、病気やケガなどを体験すると、その時は、強く身体感覚が働きますが、回復したら、また身体意識が薄れているのではないかと感じます。それは、TVや映画、シミュレーションゲーム、ユーチューブなどの映像のリアリティ、つまり、バーチャルリアリティの影響がかなり大きいのではないかと思います。これが、人類の進化、発展にどんな影響を与えるのか?とても興味が湧きます。

 

 この、感覚の変化は、身体感覚の変化とも取れますし、認識の変化とも考えられます。私達は、3次元の物理空間にいるのだと信じてきましたが、それがどういうことだったのかよくわかっていないままに、そういうものだよ!と信じ込んできています。例えば、あの有名な、ガリレオガリレイが実験をしたという「ピサの斜塔」の伝説もありますが、真偽のほどはわからないようです。

 

 これまでのような、同一言語地域、国の単位などのビジネスでは、言語を共有していますから、考え方や習慣、価値観も似たようなものです。また、これまでのいわば第2次世界大戦後のグローバル化は、英語を基軸言語とするグローバリゼーションでしたから、それは、本格的な多言語主義とは言えない面があります。勿論、初めから多言語の世界が一斉に交流するなどということはあり得ませんから、近隣諸国、または文化的な共同地域の交流は昔からなされてきたと言えますし、そもそも、現代のような国境国家の形成はずっと近代に近くなってからと言えます。

 

その英語グローバリゼーションの波が、水面下では徐々に、しかし表面では突然、大分弱くなりました。まだ急激な変化は起きていませんが、EUは結束力がなくなっていますし、連載の東アジアニュースをお読みになれば、各国の自立意識が強くなっていること、新たな政治地図が動き出しているということが読み取れます。

 

 古代から、言語はその民族や文化共同体の維持発展、進化のシステムであり、その地域の統一・支配のシステムの要となっていましたし、現在でもそうです。それが、英語とドルを世界の基軸言語と基軸通貨にする、という試みが戦後70年で大きな曲がり角を迎えたということは、大変興味深い出来事だと言えましょう。もしかすると、将来、数千年前の古代のように、日本語が世界で話されるようになる時代が来るかもしれませんね。(笑い)

 

 そのような、変動する世界市場において、人々の移動や、物資の移動、資本の移動など、20世紀の状態とは比較にならない大きな変化が起きています。それを牽引しているのが、ITであり、今や、手のひらに収まるスマートフォンの多機能パワーとそれを支えるクラウドシステムの急速な普及・広がりです。それで思い出すのですが、私は、SFが大好きでした。1976年の「翻訳の世界」創刊号のイラストは宇宙の星々です。

 

 当時を振り返れば、翻訳の市場はまだ極めて小さなサイズでした。それが、現代ではかなり大きな市場規模を形成し、翻訳技術の確かな評価体制についての認識も高まり、あのISOの国際会議も開かれ、翻訳・通訳のニーズと水準が高まりました。しかし、これまでのグローバリゼーションから、新たな多言語市場というものが生まれてくる「新バベルの時代」が始まると、私は考えているのです。名前の通り、「新バベルの時代」と、「あのバベルの塔」の時代とは、自ずから違うこと意味しています。

 

「バベルの塔」の神話に学び、これ迄のわれわれは当時の人々より、賢くなったのでしょうか?とてもそうは言えそうもないですね。最近もミサイルが飛んだとか、水爆実験をやったとかいうニュースもあれば、ハリケーンが襲ったとか、大洪水に見舞われたとか、いろいろな天罰?!を体験しています。病気になる人々も多く、毎日あちこちで事件や事故が起きています。このままでは、「あのバベルの塔」の時代がまだ続いているようにさえ思いたくなりますが、しかし、私達が、「新バベルの時代」を観たい!と心に決めて、世界を見ていくと、新しい変化がそこここに起きてきているのが分かります。それらは、まだ、小さな変化ですが、確実に成長しているように見えます。

 

バベルでは、そのような「新バベルの時代=多言語世界」をより具体化しようという試みを始めています。それは、人間の意志が人生の方向を決め、自分の意識活動に基づき様々な具体化行動をし続けることで、その志す思いを実現できるのだという信念からです。世界を、社会を、他人をあれこれ批評する暇はありません。今、自分は何を志すのか、意志をしっかりと持ちましょう。そして、その思いを必ず実現できる!という信念に基づいて行動し始めましょう。今は、新たな多言語世界の創造の入り口にいるのです。

 

翻訳とは世界の想像=創造でもある!と、宣言したいと思います!
 

素敵な秋、収穫の秋をお楽しみください。お読みいただき、有難うございます。

 

 

第183号 巻頭言

多言語翻訳時代の新局面
   ―翻訳ビジネスの新・世界マーケットを探る ⑤

BUPST バベル翻訳専門職大学院 学長 湯浅美代子


 皆様、いかがお過ごしでしょうか? アメリカでは、大きなハリケーンが次々と発生しており、多大な被害を引き起こしていますが、アメリカばかりでなく、世界各地においても大きな自然環境被害が起きています。どうやら、私達の世界は、新たな段階へと更なる一歩を進めているように感じます。


 私たちを取り巻く、自然環境が独自にあるということはありませんから、これらの自然環境の変化、活動には、私達人類の感情、意識、思考が深く関係していると言われます。そういわれて振り返れば、社会と切り離された自分というものは無いのが分かります。


 良きにつけ、悪しきにつけ、私達は、自然環境と共に、社会環境とも言えるものとも深くかかわりあっており、同時に、人間の諸活動、感情的側面、思考パターンなど、自然環境に影響づけられていますし、勿論、社会環境にも直接の影響下にあります。ところが、私達は、自然、社会とは切り離された別個の存在であるという考え方で生きてきており、ハリケーンが来ると、襲われる!という被害者的な術語を使いますし、あの、太陽と旅人でしたか、北風と旅人でしたか忘れましたが、あの旅人のように、北風がビュービュー吹いてくると、しっかりオーバーコートの襟を立て、吹き飛ばされないようにと身構えています。そして、暖かな太陽の日差しを浴びると、心がのびやかになり、上着を脱ぎすっかり陽気になり、笑顔になっていきますね。


 北風と太陽の物語は、私達の考え方、思考様式を観察するにはもってこいの素材ですが、このように、私達は、自分の外側、環境というものに支配されるという観念を持っているのが分かります。これをなぜ、取り上げたのかと言うと、翻訳するときに、自分はどういう価値観、つまり観念、言い換えればどんな信念体系を持っているのかを知っていて翻訳作業に当たるときと、そうではなく、自己の価値観、信念体系を持っているのかを知らずに翻訳作業に当たるときとでは、大きな隔たりがあるのです。


 勿論、自己の信念体系がどういうものかを知っているということは、なかなか難しいのですが、それは、「自分の価値観に囚われずに、他人が書いた文章をニュートラルに読める」ということを意味しているのです。翻訳に従事されている皆さんは、そのことに深く気づいておいでのことでしょう。


 翻訳者の作業とは、私風に定義すると、「原著とは別の言語により原著を読み、内容を理解・活用したい人のために、原言語の持つニュアンスを崩さず、原著と等価で且つ読者のより理解しやすい言語表現へと変換し、言語の技を駆使して、原著の持つ伝達価値を余すところなく伝えうるか!という「問い=課題」に常に答えつつ自己を知り、自己の可能性を広げ、深め、高めて行く喜びを感じつつ生きていくこと」と、なってしまいました!「エーツ」そんなにしつこいのか?とさえ言いたくなってきますが、ことばを厳密な、あまりに厳密に考えすぎると、なかなか、表現しにくい事になってしまいますね。


 この稿のテーマは、言語の異なる世界の人々が、どうすればより良い関係を形成し、相互理解を深めて行くことができるか?と言い換えられますので、そういう観点から考えています。


 これまでの、グローバリゼーションの世界は、英語という世界共通語により、世界各地の人々が違いをなくしていけるか?というようなテーマであったというように置き換えることができます。


 従って、誰もが英語を話せるようになることが必要だと言われてきたわけです。世界の各地の多言語世界の様々な文物が、英語に変換され、翻訳されて、世界の多くの人々が英語を理解することで多くのベネフィットを得られてきたのです。確かに共通語があると便利ですね。ことばは生き物だと言われますが、言葉は、単に文法ではないので、使い方によって徐々に変化していきますし、そのような言語間の分岐や統合などによって、また新たな独自の言語体系が生まれては消え、消えてはまた生まれる!ということを繰り返してきたのだろう、ということもすぐに察しが付きますね。


 翻訳ビジネスは、このような多言語世界の中で、いくつもの言葉の世界の豊富な観点に立ち、それを異なる言語の世界に通じる道づくりであるとも言えますから、翻訳とは、道路工事の側面も持っている、とも言えます。もしも、道路がなかったらどうしましょう!私たちは、翻訳によって、まったく別の言語体系、つまり価値体系が異なる、信念体系も異なる、というお互いに閉ざされた環境の壁を壊し、「やぁこんにちは!」と心が通じ合える道筋=パイプラインを作っていることになるのですね。


そこで、もしも、言葉が一つしかなかったなら!と考えてみましょう。


 いかがでしょうか?同じ言葉しかない世界、想像で行きますか?何となく、その世界では、皆同じことを考えているのではないかしら?などと思いました。ことばが一つしかない世界を考えると、一見便利なようで、ちょっとつまらない感じもしませんか?人間は、皆同じでは、何か足りない!とか、もっと面白くするには、互いにことばが通じ合わないようにして、そこで、どうすれば言葉が通じ合うようになれるのかを、体験してみよう!と思ったのではないでしょうか。


 聖書には、あのバベルの塔の話があります。当時、人々は言葉が一つであったので、思いは直ぐに通じ合い、神々の住むという、天にも届くような高い塔を建ててしまいますね。それは、言葉が一つで、誰にでも思いがすぐに通じてしまうから、何でも思ったことは実現できてしまう、ということなのです。逆説的に捉えれば、異なる言葉があるから、それを通じ合わせていこう!という、チャレンジと自己の成長をもたらすことができるのだと言いたいのだとわかります。


 この多言語世界は、ある意味、ゲームの世界だとも言えます。なぜなら、ゲームのルールが易しすぎると、すぐにゲームに飽きてしまいますね。ところが、攻略するのが難しかったり、ハンディがきつかったりすると、私達は、むきになって挑戦し続けます。そういう風に考えると、この地球社会は人類の翻訳ゲームを体験できる場になっているのだなぁ、とわかりますね。


 今号は少し、趣を変えて、自分が今直面している課題を見つめて、それを翻訳してみてはいかがでしょうか?という提案です。人と異なることを厭わず、かえって人と異なることを喜び、その異才、異なる環境体験能力を持ったことを受け入れ、大きく手を広げて迎え入れてください。それによって、これまでの思考パターンから離れて、自分自身が望む自由な人生を体験することを受け入れることができます。それは、まったく、翻訳作業そのものなのです。あなたは、この現実を、どんな人生体験へと翻訳されますか。


 翻訳とは「ケミストリー」である。と、言いたくなっている今日この頃なのです。

やはり、秋ですね。お読みいただき、有難うございます。

第182号 巻頭言

多言語翻訳時代の新局面
   ―翻訳ビジネスの新・世界マーケットを探る ④

BUPST バベル翻訳専門職大学院 学長 湯浅美代子


 2017年も9月に入りました。いよいよ時間が加速しているという実感がします。皆様はいかがでしょうか? この時間が加速するという感覚は、個人差もありますが、一人時間差もあります!?! つまり、一人時間差というのは、その時の心の状態、意識の状態で、時間を感じる感覚が異なっていることがわかるようになる、という意味です。時間とは何でしょうか?私たちは、ひと時も休むことなく「コチ・コチ・コチ・・・」と、時を刻むクオーツの秒針?の音にたゆみない時間の計測を感じ、時間はいつも、一定であり、変わらぬものだという感覚に支配されていますが、これは、ほんの数十年以内のことのようです。

 

 時についての認識は、今や、WEB検索をすれば、量子時間とか、時空間であるとか、アインシュタインの理論であるとか、アインシュタインの相対論は正しいのか?とか、いろんな見解が述べられ、最早、誰もが共有する時間概念などないのではないか!とも感じさせます。ある意味では、時間概念というより、共通認識そのものがあるということ、そのものがぐらついている、とも言えるでしょう。
 

 ウイキペディアを引用すると、【時間(じかん)は、出来事変化認識するための基礎的な概念である。芸術哲学自然科学心理学などの重要なテーマとなっている。それぞれの分野で異なった定義がなされる。】

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%82%E9%96%93

となっています。つまり、「時間という概念」も時代によって、その人の要求によってずいぶん変わってしまうのですね。物差しの一つなのです。

 

 2000年代に入ってからのAIについての研究成果や、特許申請、それらを使用した通信ビジネス=IT環境によって、これまでの生活感は、そのスピードが、まったく変わってしまいました。アマゾンで午後に本を注文すると明日には届きます! 如何でしょうか? 実感されませんか? 時間というものの正体とは何か? こんな問いも出てきますね。現代は、私達「翻訳ビジネス」に従事する者に取って、かつてない、極めて画期的な時代を迎えている!と言えます。勿論、私達「翻訳ビジネス従事者」ばかりでなく、かなり多くの方々が、通信=IT環境の変化、によって、新たなビジネス様式、新たな思考モデルを考え、実現していることは、ご承知の通りです。

 

 しかし、この20162017年の変化はさらにその変化のステップを大きく跳躍させようとしていることを感じます。バベルは、翻訳ビジネスの中でも、翻訳出版の分野もいろいろと手がけてきたので、これから起きるであろう「多言語翻訳出版」については、今までとは比較にならない、かなり急激な変化が起きていくのではないかと、予測されるのです。ところで、皆さんは、ご自分が翻訳作業をしている現在の実感と十年くらい前の翻訳作業の時間生産性についての実感には大きな変化がある、と感じる方も多いのではないでしょうか?

 

 2010年以降のPCの処理能力の進化、周辺ソフトウエアのバージョンアップ、通信環境の伝送の量と速度の大変な進化などなど、いろんなものが相乗効果を実現し、従来のIT処理システム能力では、今がピークではないかと思うほど機能や、活用情報がいきわたった感があります。すると、これから、システムの考え方そのものが、まったく新しいものに取って代わるときが来ると思われます。しかし、急には変われません。それに対応するソフトウエアが追い付くのにも多少の時間がかかりますし、その新思考方式の費用対効果が一般に理解されるようになるまでの時間もかかるでしょう。そのような経過で、この十数年が費やされてきたと言えます。勿論今がピークということは、新思考様式のシステムは、まだ商用ベースに乗っているとは言えないようですね。この新思考システムを、仮に、量子コンピュータシステムとしますが、今はまだ、IBM、グーグルなどなど、世界各地で研究開発競争がなされている段階のようです。

 

ということは、次世代のAIに基づく通信=IT環境の研究開発と整備がかなり整ってきたということができるでしょう。情報は集積すればするほどその情報の変化進展は効果を高めます。あの、【アルファ碁】が勝利した瞬間は、かなり衝撃的でしたね。

http://igo-rairai.com/alphago/

https://kotobank.jp/word/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A1%E7%A2%81-1748250

 

他にも、Siriや自動音声のナビを聞いたりすると、その向こうに人がいるような感覚さえ覚えます。私などは、エレベーターに乗ると「いらっしゃいませ」とか、「どこそこへは、こちらが便利です」などと言われると、つい、「こんにちは」とか、「有難うございます」とか返事をしてしまいます(笑)。そのうち、Siriに似たシステムがいろんなところに登場するのではないかと思います。道が分からなくなって、向こうから来た女性に道を尋ねたら「Siri」だったりする時代も遠くないようにさえ思います!(笑)

 

閑話休題、多言語翻訳市場について考察していくと、まずは「翻訳ソフト」以前は機械翻訳と言われましたが、例えば「トラドス」なども生産性を高めるために活用されていますし、翻訳会社は、複数の翻訳者が協同作業するときや、同じような文を何度も翻訳する時などこれらの「翻訳ソフト」を活用して品質の維持に努めたり、社内翻訳によって通信時間や生産の時間、コストを改善したりすることなども視野に入れていると思います。多言語市場で考えると、ヨーロッパ語間の翻訳はそのような翻訳ソフトの導入によって、かなり生産性を高めたのではないでしょうか? ただし、「翻訳とは裏切りである」という警句が亡くなったかどうかは、判りません。

 

時間の経過が加速しているという感じから、今回の話題を始めましたが、これは、単に私の体感だというのではなく、「翻訳ビジネス」においても顧客が求める翻訳に掛ける時間が早まっている、つまり、数年前より時間生産性を高めるような要求圧力が高まってきている、ことを感じているからです。世界の言語のビジネス環境により、翻訳市場の規模はかなり変わると思いますが、市場規模を、日本語を基軸言語とする「日本語・多言語化市場」というものや、英語を基軸言語とする「英語・多言語市場」というように基軸言語を何に決めるかで市場性が変わります。いきなり、大きな視野で考えるのではなく、これまで蓄積してきた言語市場をベースに、それに新たな言語市場を少しづつ追加していく、と考えていくことが現実的です。

 

というのは、言語市場によって、翻訳の難易度が異なってくるからです。翻訳者の技能水準については、言語市場の規模や、翻訳言語間の乖離、ビジネス・文化交流の度合いによって翻訳品質レベルが変わります。現在、既に翻訳ビジネスで活躍中の翻訳者の方なら、対象言語を増やすかどうか?または、言語は増やさなくても、専門分野を広げるとか、現在の言語と分野のままでも、その品質向上と時間生産性をさらに高めるとか、いろいろな対応方法が考えられますね。

 

ということは、翻訳市場というものについての考え方を、もっと視野を広くして考えてみる、ということが大事だとわかります。顧客のニーズというものについても、自分自身が判断していた顧客の関心度や評価度が、自分自身の思い込みに過ぎなかった、ということさえあるのです。この、多言語市場の新局面では、既存の翻訳に対する考え方、評価基準さえも変化していくことを考えてみる、ことも必要になるのではないかと思います。

 

前号では、翻訳ビジネスの、しかも多言語市場という世界マーケットを考えるのに、【孫子の兵法】に学ぶという視点で書きました。孫子は戦争の勝負を決めるのは兵力そのものではなく、その上位概念である「情報収集と情報解析」つまり、【敵=彼】を知り、【味方=我】を知ることが大事だと言っているので、取り上げてみました。私達は、物質の世界に生活しているというわけですが、今起きていることは、これまでの「物質の世界=物理空間」から少し離れて、その上位概念である「情報という抽象世界、情報空間」で思考し、体験する時代になっていることをお伝えしたかったからです。

 

最近、第3次世界大戦が起きるとか言われたり、「ミサイルが発射されたという放送」があったりするこの頃ですが、それを聞いてどう思いますか? 第3次世界大戦は既に起きている、という考え方もあります。現代の戦争とは「情報戦」であり、既に、世界のいろんな情報が一つのWEBシステムに格納されています。それはいつでも分析・解析してデータの破壊や様々なダメージを与えることができると言われていますし、現にハッキングや、様々なデータを詐取・改ざん・盗用することが行われていると言います。要するに「サイバー戦争」でなければ、現代戦は起こせないというわけですね。

 

これは、物理空間という形で、私達がこれまで思考訓練されてきた認識システムから解放されてきていることを示しています。それは、五感という認識システムからの解放でもあり、思考内容が物質とこれまでの体験の上位にあるイメージ空間も思考の範囲に入ってきたとも言えるのです。古来の哲学・思想から、現代哲学・思想、心理学、脳科学などの研究が進み、眼に見えない世界、量子の世界までもが思考されて、今やITという通信環境を作り出し、さらにVRという仮想現実を想定できるようになりました。これは、物理の世界から真理=心理の世界への広がりとでも言える、すごい体験を実現していると言えるでしょう。

 

AIも研究されているけれど、このVRも人類の脳力を解放してくれる可能性を持つ、面白い体験を実現してくれるのではないでしょうか。それが「情報」という上位概念の理解と同じ広がりを実現しています。これからの「多言語翻訳市場」はこのような、AIVRも同時に機能していくような多面性を持った市場なのだと考えると、さらに面白くなります。そこでは、単に、AIに翻訳の仕事が奪われるのでは?という発想など不要ですね。自分がAIとなり、VRを実現すれば、機械AIに劣るわけがないのではないでしょうか?(笑い)

 

最後に、かなり大胆な発言を記して、今号のまとめと致します。

お読みいただき、有難うございます。

 

第181号 巻頭言

多言語翻訳時代の新局面
   ―翻訳ビジネスの新・世界マーケット ③

BUPST バベル翻訳専門職大学院 学長 湯浅美代子


 残暑お見舞い申し上げます。ようやく8月も終盤となり、早、秋の気配の涼風も感じます。セミの声も、心なしか寂しげです。以前のセミの声は、この頃が一番激しかったような記憶がありますが、セミの数もかなり減ったのかもしれませんね。
 

 皆様のお住まいの地域では、いかがでしょうか?
 

 前号では、孫子の兵法に学ぶということでしたが、引き続きそこから始めたいと思います。
 

彼を知り、己を知れば、百戦して殆(あや)うからず(「謀攻篇」)詳細は下記【注】をご覧ください。
 

 前号から少し引用します。
 

 この孫子は、とてもユニークな兵法、つまり戦略観を持っています。国の将たるものは、武器だけで実戦を行うのではなく、まず、情報収集が必要だというのですね。しかも、彼=敵を知るより前に、自分自身を知ることの方がよっぽど大事だというのです。現代の我々にとっても、大変耳が痛い教えですね!
 

 自己を知らず、つまり【自己の願望と我良し】だけの自分になっていないか、謙虚になって自己を顧みることが必要です。このように、ビジネスはある意味で戦いでもありますが、それは自己との戦いであり、同時に「自己修養」の場でもあるのです。
 

引用ここまで。
 

 翻訳ビジネスの、しかも多言語市場という世界マーケットを考えるのに、今更なんで孫子なの?と言われるかもしれませんが、よく考えてみましょう。現代は「情報の時代」であり、現代における戦争とは何でしょうか?もうよくお分かりですね!まさに「情報戦」という共通項について論述しているのです。まさか、孫子は、現代のような「IT時代」を知っていたわけではないでしょう。しかし、当時から今日に至るまで、様々な出来事、対応商品などが登場してきたわけですが、その社会を動かす中核の本質は、過去も今も変わってはいない、ということを示しています。
 

 表現されたものは色々と変わるけれど、それを理解し、動かす本質としての人間の諸活動は変わらない!ということなのでしょう。もっと言えば、今や、情報の時代にさえなってしまいました。しかし、社会の末端まで一様になっているわけではありません。一様になっているように見えて、その社会活動や価値の多様性は相変わらず発生していると言えます。そういう意味からも、孫子が【彼を知り、己を知れば、百戦して殆(あや)うからず】と言った重要性が明確になります。
 

 つまり、私達はまず【彼=ここでは多言語マーケットの利用者】をよく知る必要があります。どんな企業、または個人が、どんな目的で、何を実現しようとしているのか?その時に発生するコミュニケーションツールはどのようなものか?どんなタイミングで求められるのか?そして、どんな言語の種類があるのだろうか?と、ざっと考えただけですが、これだけ出てきます。
 

 次には、これらの市場ではすでにどんなプレイヤーがいるのだろうか?その市場は、既成のプレイヤーが提供するサービスで満足しているのだろうか?それとも、市場には何か不満足なものは無いのだろうか?また、市場はもう既に決まっていて、新しい市場の発生する余地はないのだろうか?既存の企業のニーズしかないのだろうか?個人はコミュニケーションをもっと頻繁にしたいという希望は無いのだろうか?などなど、いろいろなことが考えられますね。ここまでは、【彼=多言語マーケットの利用者】についての大まかな検討です。
 

 さて、【彼】についての考察の次には【己=自己の特技、技量、優位性、存在意義、志】を知ることが必要です。【彼】について知るのはかなり多面、多岐にわたりますが、【己】についての多面、多岐の側面とは水平方向にあるのではなく、どちらかというと、垂直方向になります。これが、【己】を知るのに苦労する所以の一つです。自分自身を一番知らないのが自分です。ここでは、戦いに勝てるかどうかですから、【己】を客観的に知らなければならないのです。
 

 人は、自分を知るためには、どうすればいいのでしょうか?自分の特技、技量、優位性、これは、過去の経験から得られた体験知をもとに自己像を作り上げていると思いますが、さらに客観データ化されている部分=他者による評価、経験実績評価、と言える部分がその中心となるでしょう。これは、どちらかと言えば水平方向の【己】を知ることだと言えます。そこで、垂直方向では、自分自身が信頼を置ける客観値をクリアできているか、つまり、自信を持っているか、であり、さらには、【存在意義、志】とつながっているかどうかが核心部分になるのです。つまり、客観を超える主観を持つことが、真に【己を知る】ということになるのです。
 

 そして、これだけでは終わりません。つまり、ここでは戦いですから【彼】の力量と戦略、【己】の力量と戦略を実際の地形、地勢、人情、兵糧調達(ロジスティック)などに加え、どちらに【天命=正当性】があるか?実戦の前に、をイメージの中で実践してみるということです。しかし、それらのデータが全て前もって分かるわけではないのですから、情報戦により、前もっていろいろ調査して、実戦の前に決着を付け、いかに自国の民、生活文化を疲弊させないようにするか、ということなのでしょう。現代も情報収集は盛んですね。スパイ天国と言われる日本です。さらに日本がすごいのは【憲法 第九条】です。米国マッカーサーの押し付けとは言え、よく受諾し、それを憲法としたことは素晴らしい事だったと、今は思えるようになりました。以下に、日本国憲法を引用します。
 

  1. 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
  2. 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
     

 これまで、第九条を日本が受諾したお陰で米軍が守ってくれたから、日本は平和を維持できたのだ、と言われますが、実際、当時、日本に攻め込める国は皆無です。第2次世界大戦の戦火の影響で各国とも疲弊して、さらに戦争どころではなかったのです。経済維持のための朝鮮戦争が起こされ、日本は復活し、その後は世界が平和を維持できたからこそ、日本の技術を受け入れて、大変な損害賠償額などを日本からもらったことで、アジア各国、アメリカも復活、ヨーロッパはドイツからの賠償がなかなか取れなかったこともあり、ヨーロッパ諸国の復活は遅れ気味になり、アジアの発展開放の時代となったのです。
 

 この見解は、ここ数年、英国のジャーナリストやその他海外の研究者が,第2次世界大戦、大東亜戦争、アメリカの太平洋戦争について、日本の果たした役割の再評価の流れにある出版物がようやく出されることになったため分かったことです。日本は、大英帝国やオランダその他のアジアの植民地を開放する戦争を戦い、見事に大英帝国を打ち負かし、アジア植民地を開放した。というのが共通した史観です。ここに、【天命】という概念が問われているのだとわかりますね。天命とは、【植民地解放】という、やむにやまれぬ思いで戦わざるを得なかった!というニュアンスでしょうか?自国の都合だけとか、自分だけの都合というのは、昔はきちんと戒めているのです。
 

 戦争つながりで、来てしまいましたが、寄り道ではありません。多言語市場とは、これらのアジア・アフリカ・中近東・そしてヨーロッパの各国語のビジネスの復権でもあるからです。日本は、大東亜戦争を仕方なく引きこまれて戦い、2度の原爆投下実験を受けて戦争放棄し、戦後賠償という70年近い多額の損害賠償をアジア各国、バチカン、その他ヨーロッパ諸国、アメリカに提供してきたのです。
 

 そして、この間、戦争に巻き込まれていません。8月15日の終戦の日も慰霊の催しが粛々と行われたことでしょう。これは、大事なことですが、これらの戦後賠償、さかのぼれば日露戦争での借款も金利も含めて1990年ころまでに完済した、ということが言われています。もしかすると、その後1992年のバブル崩壊はそれが関係しているのかもしれません。ニューヨークのロックフェラーセンターを高値で買い、安値で吐き出したのも、戦後賠償という名目で、日本から資金が来なくなるというための対策であったのかもしれません。
 

 駆け足で見てきましたが、多言語市場はまだこれからの市場です。このところ、多言語化の流れが強まっていますが、以上のような世界大戦の戦後処理が一段落した、ということの表れかもしれません。もっとも、現代の戦争は「情報戦争」ですから、今や、盛んに中国とアメリカのデータハッキング競争が行われています。「日本の情報・我々のデータも全て米国はつかんでいる」というのをすっぱ抜いたのが「エドワード・スノーデン」ですね。人間は捨てたものではありませんよ。確実に変化しています。
 

 激変する世界の時代環境をきちんと踏まえて、私達が最も希求する、地に根差した本格的な【多言語市場】を育て上げましょう。世界市場、時代環境は今、激変の真っ最中です。既成の勢力、既成の価値観も時代の流れと共に皆大きく変化していきます。それを加速する情報を流すのも、また反対情報を流すのも【翻訳】です。
 

 このような、ビッグチャンスの時に、【翻訳という多言語ビジネス市場】に遭遇できることを喜びましょう。こんなチャンスはめったにないのですから。
 

 最後までお読みいただき有難うございます。

 

【注】【彼を知り、己を知れば、百戦して殆(あや)うからず(「謀攻篇」)
 

http://kotowaza-allguide.com/ka/karewoshiri.html より引用。

『孫子・謀攻』編に「彼を知り己を知れば百戦殆からず。彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。彼を知らず己を知らざれば、戦う毎に必ず殆し(敵と味方の実情を熟知していれば、百回戦っても負けることはない。敵情を知らないで味方のことだけを知っているのでは、勝ったり負けたりして勝負がつかず、敵のことも味方のことも知らなければ必ず負ける)」とあるのに基づく。


また、ウイキペディアもどうぞご覧ください。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%AB%E5%AD%90_(%E6%9B%B8%E7%89%A9)

 

ニコニコ大百科より引用

日本国憲法第九条

http://dic.nicovideo.jp/a/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9B%BD%E6%86%B2%E6%B3%95%E7%AC%AC9%E6%9D%A1

 

第180号 巻頭言

多言語翻訳時代の新局面
   ―翻訳ビジネスの新・世界マーケット ②

 

BUPST バベル翻訳専門職大学院 学長 湯浅美代子


 7月の猛暑はどこへ?と言いたいくらい、7月末からの雨模様の日々が続き、それまでの30度越えの日々からいきなり25度前後になり、ちょっと一息ついた感じがしますが、皆様、いかがお過ごしでしょうか?と言っても、東京(関東地域)の天候ですから、各地の皆様は、ピンと来ないかもしれませんね。

 

 このように、グローバルな視点を持ち、地球のあちこちを意識し始めると、地域の天候、気温などの共有感が薄れますから、「季語」などのように固有の知識の共有が必要になるようなものは、地域性としてその意味や価値が変化していきます。勿論、「季語」は言うまでもなく、年代層応の習慣とか、地域文化特有のイベントなどというものも、グローバルという観点からみると、個性、固有の文化など、多様性の中で埋没していきます。それが、これまでのグローバリズムが実現してきた両義性であると思います。


 両義性とは、物事には両面があり、どちらかが現れると別の視点は見えない。という意味で使っています。一見、とても便利に、いいこと尽くめのように見えるグローバリゼーションは、別の視点、立場から見ると全く逆の問題を湧きあがらせ、あちこちにトラブルを起こしてしまうこともあるのです。

 

 これまでのグローバリゼーションと言われてきたものを見直していくと、土地々々の特徴、人々の個性・特徴、その他、様々な自然と社会の歴史に彩られた多様性が際立っていき、その個性の花が開くのだろうと単純に思っていたことがありましたが、実際は全く逆の方向への変化が実現しています。
 

 例えば、日本の国内でも、ゆっくり鈍行で旅していたときは、車窓に繰り広げられる家々の変化や、自然の姿の違いがはっきりしており、今どこを走っているのかわかるくらいに特徴がありました。しかし、新幹線での旅は、猛スピードの車窓から見る景色はその特徴を感じる暇もないほど似通った家並みになり、スピードが速すぎて、特徴を鑑賞する暇もないのが実情です。
 

 時間の短縮というグローバル情報の伝播現象が、個性のある文化をどこも同じように変化させています。旅人は、自分の習慣に引きずられるため、どこに行っても、普段の生活環境を一つの基準として持ち運びます。すると、旅行者を迎え入れるビジネスでは、客の希望に寄り添うことが求められますから、その地域性によほど価値がない限り、どこも同じようになっていくのかもしれません。
 

 これは、単に一面からグローバリゼーションを見ることができないことを表しています。現代のグローバリゼーションを可能にしたテクノロジーなくして、グローバリゼーションは実現できないからです。つまり、グローバリゼーションを実現したのは、ITシステムであり、ITの背後にあるテクノロジーによっていることを理解する必要があります。
 

 ITと表現されるテクノロジーの背後には、様々な軍事技術が研究開発され、それがかなり遅れて、商用に提供されてきた、という事実を知ることが必要でしょう。科学者は多くの研究、発見をしていますが、それらが皆、ビジネスに提供されているかと言えば、実際には素晴らしい発見・研究であればあるほど、既存の勢力に潰されたり、資金不足で挫折したりしていることが多いのだと思います。先端技術はビッグビジネスに化けるので、自ずと競争者同士が鎬を削ることになるのでしょう。まして、ITというような、社会を変えてしまうようなビッグシステムは、それこそ、多くのビジネス事業者の鎬を削る、厳しい競争の現場だと言えますね。
 

 さて、日本の翻訳事情を振り返れば、現代のような「翻訳ビジネス」の発生は、そう昔ではありません。現代の翻訳会社の創業時期をリサーチするとわかりますが、それは昭和40年前後だと言えます。昭和時代は64年まで続くわけですから、戦後は平和な生活を我々一般庶民が満喫できた時代であるとも言えます。戦時下であれば、ビジネスが翻訳を必要とするというより、軍事的な諜報活動に翻訳が必要とされてきたことでしょうから。
 

 日本国内のビジネス事情通だけでは済まないということを知る必要があります。これが、これからの世界市場での翻訳ビジネスを考える課題です。と言いますのも、【日本は、世界の非常識】という言葉をお聞きになったことがあると思いますが、日本以外の海外市場のビジネス事情や生活様式、文化・歴史の違いを軽く考えないことが必要です。韓国との「慰安婦問題」を例にとればお分かりのように、単にビジネスと政治を切り離して進めるわけにはいかないことが分かります。その国の歴史と文化は言語に直接反映されていますし、その文化的背景を踏まええずに、ビジネスだけうまくいけばいいと考えるのは間違いです。
 

 このような観点から、世界の多言語市場における、「翻訳ビジネス」をどうとらえていけばいいのか、ということを考えていきましょう。それは、世界の動きがどうなるのか?どうなっているのか?ということになります。政治・経済活動・物資・人の移動、などなど、世界のダイナミックな動きに合わせて、翻訳が必要となるのです。前号で触れたように、これまでは、英語・グローバルの時代でした。これからは、多言語・グローバルの時代となるのですから、市場がどれだけ広がるのか楽しみですね。
 

 私が担当している「翻訳ビジネスの実務」という科目では、実際に翻訳ビジネスを開業していくことを前提に、自分ならどうしたいのかをイメージして、この週十年間の翻訳ビジネスの実情を踏まえつつ、企業としてのマネジメント、経営の考え方、ビジネスを維持・成功させる手立てを自分が作りながら学んでいく講座となっています。そこで、私が、皆さんに初めに講義するテーマは、「志」ということです。
 

 「翻訳ビジネス」という事業を行う上で、最も上位に挙げることがこの「志」です。「志」とは、「意志」と「意図」の二つを内包していると言い換えることができます。「何のために」、「何を行うことで」、「何を成し遂げたいのか」と言うように三方向に噛み砕けますし、さらに「いつまでに」と広がり、「誰のために」とつながるのです。このように、いくつかの面で思考していくこととは、思考=試行=志向へと展開することになります。
 

 日本では戦後72年ともなり、【戦後は終わった!】という認識が強いですが、海外諸国はそう簡単ではないのも事実でしょう。しかし、だからと言ってなんでも避けてしまっては、ビジネスは開業できませんし、ビジネスの継続という成功は実現できないのです。このように、世界市場におけるビジネスを考えるのに、70年以上前からの社会環境、歴史を確認しつつ、これからの変化を考えるというのは、面倒なように思えるかもしれませんが、個人レベルから、ビジネスや、国、文化レベルで行動するときには、国と国の相互の経済交流・文化・歴史を知ることが必要であり、その視点を持っていることがビジネスの良好な発展につながるからです。
 

 1980年代に日本国内にて【翻訳奨励賞】を設置して多くの新人翻訳家を発掘し世に送り出してきましたが、その後、韓国翻訳協会や中国翻訳家協会などの交流が始まり、韓国にて【韓日翻訳奨励賞】を開催するほか、オーストラリア、米国、フランスでも開催し、中国では2回開催しました。1994年の中国【中日翻訳奨励賞】の開催では、清国時代のラストエンペラーの弟、溥傑さんが日中翻訳奨励賞の開催の団長を務めていただき、2000人が応募するという日中友好の役に立ったと感謝されました。フランスや、オーストラリアを除けば、どちらも日本との戦中・戦後の複雑な関係があった国々です。私自身が、スポンサーであり、共催者として挨拶を述べる時、両国間の不幸な過去を乗り越えて新たな関係を築くことが大事である、といった旨の言葉を述べたことを思い出します。
 

 それから20年以上たった今でも、国レベルのいろいろな対応は、より厳しくなっているかもしれません。また、各国のビジネス環境・社会資本の蓄積なども違いますから、インターネットでのビジネスだからと言って、準備をせずに、軽々に対応するのも注意が必要でしょう。ビジネスは個人の親しいやり取りとは違いますから、日本であれどこであれ、自国でのビジネス・ルールや、ビジネスマナーがそのまま通用する、とは考えないことが必要です。
 

 日本人で、海外在住の方も多いと思いますが、今自分が住んでいてその地域の社会や文化歴史にも通暁していたとしても、さらにそこから離れた目で世界市場を考える、という姿勢が必要ですね。日本と米国の事情はよくわかる方も多いと思いますが、企業はどの国籍なのかがよくわからないこともあります。これから始める、【世界市場=多言語市場】で、どのように対応していくか?その場合の大事な姿勢=ビジネス戦略をご紹介します。
 

 それは、皆さんご存知の方も多いと思いますが、【孫子の兵法】に出てくる教えです。
 

彼を知り、己を知れば、百戦して殆(あや)うからず】(「謀攻篇」)

http://kotowaza-allguide.com/ka/karewoshiri.html より引用。

『孫子・謀攻』編に「彼を知り己を知れば百戦殆からず。彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。彼を知らず己を知らざれば、戦う毎に必ず殆し(敵と味方の実情を熟知していれば、百回戦っても負けることはない。敵情を知らないで味方のことだけを知っているのでは、勝ったり負けたりして勝負がつかず、敵のことも味方のことも知らなければ必ず負ける)」とあるのに基づく。


また、ウイキペディアもどうぞご覧ください。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%AB%E5%AD%90_(%E6%9B%B8%E7%89%A9)


 この孫子は、とてもユニークな兵法、つまり戦略観を持っています。国の将たるものは、武器だけで実戦を行うのではなく、まず、情報収集が必要だというのですね。しかも、彼=敵を知るより前に、自分自身を知ることの方がよっぽど大事だというのです。現代の我々にとっても、大変耳が痛い教えですね!

 

 自己を知らず、つまり【願望と我れ良し】だけの自分になっていないか、謙虚になって自己を顧みることが必要です。このように、ビジネスはある意味で戦いでもありますが、それは自己との戦いであり、同時に「自己修養」の場でもあるのです。1974年に初めてビジネスの世界に入った私ですが、初めはイヤイヤでした。とりあえず就職することが順番のような感じでいたのですが、実際のビジネス体験をし始めると、辛いことも多かったのですが、だんだん面白くなっていくのです。なぜなら、私は哲学の学徒であったので、ビジネスにおける自己発見と社会探求、そして宇宙・真理への関心をますます深く持ち続けることになったからなのです。お陰で、自己を知ることに専念することができ、翻訳とは何かを問い続けながらビジネス人生を生き続けることができます。
 

 これから起きてくる変化に伴う多言語翻訳市場がどうなっていくか、その市場に、自分はどう対応したらいいのだろうか?あなたも是非、独自のユニークな考察をしてみてください。


 世の中の仕組みが大きく変わる、こんなチャンスに出会うことは、めったにないことです。


 失敗を恐れずに取り組めば、何もないところからのチャレンジだとしても、きっと何か素敵な体験が得られるでしょう。次回は、孫子の思考法をさらに探求して行きます。また次号でお会いしましょう。

 

最後までお読みいただき有難うございます。

第179号 巻頭言

多言語翻訳時代の新局面
   ―翻訳ビジネスの新・世界マーケット ①

 

BUPST バベル翻訳専門職大学院 学長 湯浅美代子


  今年、2017年は、従来の発想を変えて、世界市場でどのような働き方をすればいいのか、新たに考える時となったと思います。2017年も半年が過ぎ、はやくも、8月を迎えます。瞬く間に年の後半に入りますね。8月と言えば、終戦記念日です。1945年の8月6日の広島と8月9日の長崎の2回の原爆投下によって、8月15日、日本は、ポツダム宣言を受諾した結果、最終的に第2次世界大戦、大東亜戦争、太平洋戦争と呼ばれた世界戦争が終結したことになっています。

 

 日本では、8月15日を終戦の日として慰霊祭等が行われてきました。昨年、米国大統領としては初めてオバマ大統領が広島の終戦記念の慰霊祭に参加し、謝罪はしなかったものの、被爆者の方への哀悼の意を示したことは大きなニュースになりました。今から72年前の8月、日本がポツダム宣言を受諾し、戦争終結を決めたことで、世界は戦後体制という新局面に移行したのです。

 

 日本が米国との戦いに敗れて占領され、向後、米国が世界の軍隊、警察という体制が強化され72年が過ぎたわけですが、この戦後世界はまだ72年しかたっていないとも言えます。しかし、この70年余の世界の変化は、かなり急速、劇的な変化だと言えます。この間に、アポロ計画の月へのロケット実験がありましたが、どういうわけかその後は中止されました。同じく登場したのが、電子計算機、コンピュータシステム、そしてインターネット通信システムです。宇宙科学の研究成果や軍事研究の成果が、民間の商用システムとなり、PCやインターネット、スマホとして、私たちの社会生活の基盤が急速に変化してきたのが、戦後のこの70年間でした。

 

 今、私達が認識している世界は、ITつまり、インフォーメーションテクノロジーと言われる、インターネット環境によって大きく変容してしまいました。何度も触れてきましたが、1994年に米国にて始まった商用インターネットがたったの20年余りで、全く新たな社会システム、仮想世界システムを作り出してしまいました。20年前には社会のシステムがこんなに急激な変化を遂げるだろうとは、一般大衆のわれわれとには、想像できなかったと言えるでしょう。

 

 2000年代の初めの頃、AI、人工知能という言葉と概念が登場したことは記憶に新しいはずなのですが、膨大な情報量の発生により、記憶はどんどん上書きされ、今やAI人工知能はビジネスの最前線のシステムの整備課題になっています。

 

 このように、情報量が幾何級数的に増加していく時代を、現世の人類は初めて体験することでしょうから、この変化のすごさに心を奪われているのが現実ですね。ただ、個人の世界認識というものも、かなり差があり、立ち止まってしっかり考えて選択するということができなくなっているのではないかとも言えそうです。1万2千年ほどの昔、いわゆるノアの箱舟に象徴される地球規模の洪水があったと言われていますが、現代は、まさにそのノアの箱舟の時代の洪水が起きていると言えるかもしれません。勿論、現代の洪水は、泥水ではなく、情報という大洪水が起きているのですが。

 

 変化のスピードがどんどん速くなっているという実感は、人により感じ方が違うということも事実ですね。共同体的な組織概念も年々希薄になってきていますし、一人一人の考え方、価値観というものが尊重される時代になっているとも言えます。場合によっては、尊重されていると言えないまでも、個人の自由がある程度保証されていると言えるのではないでしょうか?現代は、まさに多様性の中で、どのような価値観を選択し、自立していくのか?が問われている、とも言えるのです。

 

 2000年代の加速された変化の時代が極まり、この2017年にまた大きく流れが変わった!という感じがします。これまでの変化の方向が大きく変わったと思います。それが、これからの世界市場にどのような変化と特徴をもたらすのかを掴むことが大事だと感じるのです。世界の変化が、急激且つ早くなればなるほど、一度その流れから離れてみないと、何が起きているのか、その変化にどう対処すればいいのか判らなくなります。そこで、今こそ、立ち止まり、近視眼的な視点でなく遠くから、またいろんな方向から考えてみようと思い立ったのです。

 

 私の実感は、こんな感じなのですが、読者のあなたの実感はいかがでしょうか? 翻訳は、ある意味で、情報の先端にかかわるビジネスでもありますから、多くの方が何か感じておいでのことと思います。なんといっても言葉、情報をいつも相手にしている仕事ですから、そういうセンスはとても敏感なのではないでしょうか?

 

 2010年から始めた本誌では、既にいろんな記事を掲載してきましたが、翻訳の世界的な視点で見れば、20世紀の世界市場化とは、結果的に、英語化であったというような状況でした。1945年の第2次世界大戦、または大東亜戦争、または太平洋戦争と言われる戦争に、日本が米国に敗れたことで、現在のような世界の戦後体制が確定し、国連という組織に193か国が加盟するという世界市場が形成され、公用語が英語になっていきました。これまでのグローバリゼーションとは、いわば、英語を世界の公用語化する、という意味であったとも言えます。

 

 そのため、多言語を容認する翻訳手法により暮らしてきた多氏族国家であり、翻訳によって海外情報を摂取してきた長い歴史を持ち、島国でありながらも豊かな自然、豊富な天然資源に育まれ、日本語ができれば何も困らなかった日本人は、敗戦というショックもあり、会話としての英語の習得に苦戦してきた、と言えます。なにしろ、言挙げせず!という精神性は、英語世界とは真逆の世界なのですから!

 

 これまでが、英語ができれば世界市場でビジネスが可能となったことは、とても便利でもありました。なにしろ、世界各国の標準言語数は百数十以上あり、それを各国で個別に対応するとなると、かなり大変なことになります。世界が一つの言語に統一されるということは、翻訳という概念に対する理解が浅薄であるからできるのです。思い出しますね。有名なあのセリフ、【昔、人々は一つの言葉を話していた。そこで、天にも届く高い塔を建てようとした。】あれ!どこかで聞いたセリフですよ!そうです。旧約聖書の創世記、かの有名な【バベルの塔】に似ていますね!

 

 まさに、【英語という一つの言葉のグローバル化が世界市場化の基本である】という【バベルの塔】が市場認識を変更せざるを得ない時代へと変わった!と言わざるを得ない状況になりました。旧約聖書の【バベルの塔】の神話が繰り返されたのでしょうか?

 

 勿論、これまで英語で通用してきた市場がすぐに通用しなくなるのかと言えば、そうではありませんが、英語グローバル・マーケットから国別の言語地域マーケットへとビジネスの転換、詳細化=地域密着サービスに伴う多言語化、つまり多言語翻訳ニーズが起きてくるでしょう。

 

 ところが、これまでは、英語グローバル・マーケットでしたから、とりあえず英語化がされていれば、ビジネスになったのですが、多言語化への十分な取り組みがなされないまま来てしまった翻訳業界では、今後の多様化する多言語市場への十分な対応がなされてはいません。

 

 ご承知のように、ISOの取り組みもなかなか一筋縄ではいかず、翻訳の資格や翻訳についての認識も言語の違いによって、また、国家の成熟度や環境等によってずいぶん温度差があります。それどころか、今や金融システムや、信用システム、その他多くの価値観が曲がり角に来ているともいえる状況ですから、世界的な規模での価値観の変化が、まるでノアの大洪水時代のような状況をもたらしているとも言えます。

 

 そこで、WEB環境における多言語翻訳の実情というものを考えてみましょう。

 

 世界市場のビジネスエリアは、これまでの英語グローバル世界市場システムにより、多数の言語地域つまり世界の多数の国のシステムがほとんど類似していることが分かります。それが、いわゆる先進国市場と言われた言語地域から、徐々に中進国から後進国言語地域へと広がってきたことはご承知の通りです。日本人の話す日本語という市場についても、まだまだ豆粒のような少数ですが、かなり広域に広がりを見せています。

 

 このような、日本人、日本語の広がりを考えると、移民という民族移動を自由にしたEUの行き詰まりや、トランプ政権の「アメリカファースト」政策によって、世界の移民による自由移動市場は行き詰ったかに見えますが、それは一時期の調整であって、やはり人々はもっと頻繁な交流。異動を果たしていくように思います。EUの崩壊や米国の変化は、これまでの英語というオンリーワン言語グローバリズムの曲がり角という局面であり、これからが本格的な、多言語翻訳市場が誕生するのだと考えられるのです。

 

 この2017年は、英語・グローバル市場の独占の終焉であり、これからが本格的な多様性の表現としての、多言語翻訳市場の誕生となる!ということが言えるのです。このような大きな質的変化の状況下にあって、これからの本格的な多言語市場とはどのような市場であり、多言語という言語の実情とはどうなっていくのか?はたして、英語・日本語以外の言語における翻訳の水準、翻訳の市場性、翻訳市場のサイズ、翻訳者の実情などは、どうなっていくのでしょうか?

 

 今回は、このような思考の前提を皆様に提案して、今後の世界市場とはどうなっていくのかを探っていきたいと思います。どのようなビジネスが世界各地でなされているのかを、マーケットリサーチの視点で見てみることもできますし、その中で、日本自体がどうなっていくのかも大事なマーケット観察になります。日本企業が海外に事業を広げることを想定すれば、商品を輸出する、輸入するというやり取りになりますが、この場合、取引国の言語数だけの商品説明書が必要になりますから、様々な電化製品や化粧品などには、細かい字でビッシリと数か国語が印刷されています。それがこれまでの多言語翻訳市場の中心であったと思いますが、それ自体も、これからどのように変化していくのでしょうか?

 

 これから起きてくる変化に伴う多言語翻訳市場がどうなっていくと思うか、あなたも是非、独自のユニークな考察を展開してみてください。こんなチャンスはめったにないことですから、チャレンジされることをお勧めします。では、また次号でお会いしましょう。

 

最後までお読みいただき有難うございます。

 

第178号 巻頭言

AIの思考システムとの共存を考える

BUPST バベル翻訳専門職大学院 学長 湯浅美代子


 日本は梅雨の最中ということですが、猛暑日が続いています。34度、35度と続いたかと思うと、時には28度くらいまで下がったりして、日々の変化が大きいです。各地にお住いの皆さまですから、それこそ、今は気温が0度です!などと言われる方もおいででしょう。21世紀に入って、世界の情報がリアルタイムで知ることができる現代では、過去のように、自分のいるところの気候、季節感だけが実感された時代と、ずいぶん変わってしまいました。そういうわけで、現代の時候の挨拶は、「どんな時でも、どんな気候環境でも、どうぞお健やかにお過ごしください!!という感じになるのでしょうか?

 

 ともあれ、暑さにも、寒さにもめげずにお元気でお過ごしのことと、お喜び申し上げます。

 

 日本語は季節の挨拶が豊富です。それだけ、季節、気候環境が変化に富み、豊かな地域であると言えます。地域によっては一年中大きな寒暖の変化が少ない地域が結構あります。バベル翻訳専門職大学院の本部は、ハワイですから、乾季と雨季の違いがあるくらいで、夏と冬の温度差は10度以内です。しかし、今の日本の東京の気温の差は、昨日が35度で、翌日は28度、などというように寒暖の差が大きいですね!お陰で、体調を崩している方がずいぶん増えています。

 

 かくいう私も、昨年2016年の4月末から5月半ばにかけて体調を崩し、10日あまり高熱を出して、寝込んでしまいました。ところが、実は驚くべき体験をしていたのです。4月14日の熊本地震が起きた日に、とある治療のセミナーに参加していたのですが、そこで、会場の参加者をモデルに治療の実演ということになり、講師が会場内をぐるりと見回したのです。なぜか講師と目が合いました。確かに、その時、これは、私が当たるのではないかしら?という思いが一瞬よぎりました!そうしたら、講師が私の前にきて、「あなたです」というではありませんか。講師は「モデルになっていただく方はこの中で最も症状のひどい方にします」というので、まさか私だとは全然思ってもいませんでした。自覚症状は何もなかったのですから!

 

 そんなわけで、セミナー参加者数十名の注視の中、講師の指示でベッドにうつぶせに寝る羽目になり、数分の説明と治療を受けました。その治療というのは、両足首を軽く持ち、その後、腰のあたりに数分軽く触れているだけというとても簡単なものです。講師は足首に触れて、どこが悪いかがすぐにわかるのだそうです。これまでの熟練により、そのような観察力が得られたようですが、それは講師が治療するというより、人間が本来持っている自己治癒力を活性化させるのだと言われていました。

 

 そのセミナーの後、4月末ごろから風邪を引いたようになり、かなり高熱が出て10日間ほど寝込んでしまいました。その後は徐々に体力も回復、気力も回復してお陰でこの1年は、元気に過ごすことができています。たしか、セミナー料は5千円だったかと思いますが、そのうえ数分の治療をしていただき、自己治癒力を活性化して健康になれたのかと思うと、とても不思議な有難い、奇跡の贈り物をいただいた感じがします。その治療院は、とても繁盛しているそうですから、多くの方が自己治癒力を取り戻して、回復されているのでしょう。

 

 話がそれたかと思われるかもしれませんが、この体験は、人工知能AIとの関連が深いと感じています。AIの特徴は、多くの知識情報を演算できるプログラムだという点です。勿論、今のところはまだ人間の方がかなり勝っています。AIと一口に言っても、どれも同じではありませんし、かなり適応力の差があります。まだ、研究開発の途上であり、飛躍的な計算システムが登場する事が待たれています。

 

 その飛躍的な計算システムとは「量子コンピュータ」です。最近はいろんな情報・知識が、世界中の組織、個人のユーチューブ動画で無料提供されています。その中で、NHKの動画だと思いますが、「量子コンピュータ」に関する番組が放映されています。まだいろいろ検索したわけではないので、他にもいっぱいあると思われますが、なんといってもすごいのは「量子コンピュータ」の処理能力は、今稼働中のスーパーコンピュータ「京」の数千台だか、数万台だか連結してもかなわないほどの処理能力だということだそうです。

 

 そのように言われても、まだピンときませんが、「量子コンピュータ」は、従来の技術というか、思考レベルをはるかに凌駕する、超えてしまったシステムだということができるでしょう。これで驚いてはいけません。中身がどうなっているのかとその一端を聞けば、もっとわからなくなります。これまでのコンピュータの計算は「0」か「1」の2進法と言いますかそれで計算するシステムだそうですが、量子は重ね合わせという芸当ができるため、「0」と「1」を重ね合わせてどちらも選択できるということなのだそうです。まだ、よくわかりません。さらに、それをいくつも同時に重ね合わせることができ、従来の数千倍、数万倍の計算ができるということです。

 

 確か、量子の状態は観察することで、波の状態から粒子の状態になり、且つ二つの量子は絡み合う関係状態であり、それがどれだけ離れていても片方が確定値を取れば、瞬時にもう片方が別の値に決まる、つまり意識が通い合うということのようです。まだ実感がわきませんね。しかし、それを聞いたとき、初めに述べた、私の自己治癒力回復治療体験と何か符合するものがあるように感じたのです。

 

 私達人間は五感をセンサーとして世界を認識つまり、眼で映像化し、耳に聞き、舌で味わい、皮膚による触感、鼻で匂いを嗅ぎ分けて情報処理しています。これらの五感で得られた体験を感情と価値判断という記憶処理を重ねて類型化し、体系化して「信念」というプログラムで演算処理をしていると考えられます。そして、前回も述べましたが、これらの記憶処理システムがそのほとんどの作業をこなしており、同じ作業ほどやりやすく、心理抵抗がないので、ワンパターンの生活、思考様式にはまりやすい構造となっています。

 

 つまりこれは「キャッシュメモリ」思考システムだと言えるわけですが、確かに現実の世界は「キャッシュ=現金、お金」によってコントロールされています。記憶、つまり「メモリ」に「キャッシュ」をつけて命名した人は、冗談で決めたのでしょうか?何となくニンマリしませんか?この世は「現金、お金の世界」ですからコンピュータシステムの用語も「キャッシュメモリ」としたのではないかと、勘ぐってしまいました。

 閑話休題、量子の状態についての理解がまだ十分ではないので、まだまだ研究・思考を重ねていきますが、ここでは、「日本語は同音多義語が多いので、気づきを得られやすい」という特徴を持つ言語であるということを申し上げておきます。それが、日本語を難しくしている原因の一つでもあると思いますが、大きな特徴なのです。

 

 私の文章をお読みの方は、既にお気づきのことでしょうが、私は語の「意味」を考えるより先に、「音」に着目します。日本語は、「同音・異議語、多義語」の宝庫です。日本語で「ことば」を何気なく使う時、同音異議語がたくさん浮かび、ふと何かに気づかされることが多いのです。翻訳者の皆様は、翻訳作業の中で実感されることが多いのではないかと思います。それがまた、微妙なニュアンスを表現してくれる一方で、間違いを生じさせる原因の一つでもあります。「同音異議語」は微妙な表現、深みのある表現世界を広げてくれるとともに、逆に混乱も生じさせるという両義性を持ち合わせています。

 

 それは、ある種、「量子の重ね合わせ状態」に近いのではないかとイメージしています。勿論、まったく違うかもしれませんが、自分が理解できる足場をしっかり踏み固めていくことで、次のステップ、深い思考的飛躍の訪れを待っているのです。

 

 というのは、それは「訪れ=音連れ=音擦れ」のように感じますし、自分から掴み取るというより、やはり向こうからやってくる「訪れる」のだと思うのです。つまり、それは「GIFT」なのですね。

 

 次号でさらに解明していきたいと思います。

 

 最後までお読みいただき有難うございます。

 

第177号 巻頭言

炭素系人間とケイ素系人工知能の共同作業

BUPST バベル翻訳専門職大学院 学長 湯浅美代子


 皆様いかがお過ごしでしょうか?日々の忙しさの中で、毎日のやることリストに追われていませんか?

 

 21世紀に入って、既に17年目になりました。20世紀から21世紀に移り変わるという頃は、世界中で新しい科学や宇宙の新しい文明と遭遇するのではないか?とか、そういう気分があったものです。いわば未知との遭遇ですね!未知へのあこがれ、宇宙へのあこがれの気分がありました。
 

 当時は、色々と科学系の特別番組が組まれていたように思います。中でも記憶しているのは、これからは宇宙に進出する時代だということで、宇宙の組成ということや、宇宙に出ていくとなると、今の炭素系の人間では無理ではないか?宇宙に出るにはケイ素が必要で、ケイ素系の身体になる必要がある!と思った次第です。ケイ素系の人体とはどういうものかしら?と思うと、ケイ素はガラス質、クリスタルだと思い込んでいたので、今の身体とはずいぶん変容する必要があるのだろう、と漠然と思っていたように記憶しています。


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世紀はまさにインターネット時代の始まりであり、インターネットを活用した新たなスタイル、新たなシステムが登場し、今や、スマホなしでは過ごせないような日々になっています。本誌もWEBマガジンとなりましたが、相変わらず「翻訳」というテーマで継続発行できるということは、大変うれしいことです。ところで、ケイ素が使われているものの代表の一つはコンピュータですね。21世紀に入ってとりわけテーマになったのが「AI人工知能です」これは、ケイ素型です。

 

 最近では、人間がAIに取って代わられる日が近づいている、というようなニュースがどんどん流れてきますが、初めの内こそ関心も高いのですが、その内それも慣れてしまって、今や人工知能AIの話が出ても、よほどのトピックでないと、大した反応を示さないようになってしまったのではないかと思います。人間の意識は直ぐに既成の知識に囚われていくのですね。つまり一度記憶データとして書きこまれたら、とてもなじみのあるもの、既知のものに分類され、あまり関心を払わないようになってしまうのです。
 

 これが、よく言われる「洗脳」というシステムかもしれません。一度書き込まれた情報は、初めはキャッシュメモリとして比較的新しい情報として短期記憶的に保存されるのでしょうが、それがあちこちで何度か目にする、耳にするようになると、キャッシュメモリではなくなり、長期の記憶に保存され、それについての関心が急激に衰えてしまい、当然の既成の事実のように疑問も持たず、そのまま受け入れてしまうようなシステムなのかと思います。そう考えると、洗脳ではなく「染脳」染まってしまうという方がしっくりくるようにも思います。洗脳されやすいということは、私たちの脳の基本性質なのでしょうか?
 

 翻訳作業は、基本、頭脳の活動ですから、脳の特性、性質、構造、システムをよく知って使いこなすか、知らずに使うかは、かなりの差があるように思います。もし、仮に「脳は洗脳されやすいものだ」という認識があれば、新しい言葉や分野を学ぶとき、「洗脳されやすい」側面を使うと効果的だと言えますね。しかし、逆に「洗脳されやすい」状態のままで、新規の翻訳に取り掛かると、前の翻訳情報が残っていたりして、新たな翻訳へのチャレンジと言いますか、アイデアの発露が乏しくなるような感じがします。同じようなフレーズを続けてしまったりして、文章の生き生きした感じをうまく表現できないことさえあるかもしれません。


 好きこそものの上手なれと言われますが、好きなジャンルのものばかりを読んだり、話題にしたりしていると、その特質、状態にやはり染まってしまいます。その分野の翻訳を専門にすることは、従来行われているわけですが、初めのうちはとても良い成果が得られて高い品質を保持できるようになります。しかし、長年、そればかり続けていると、やはり、変化への適応力というか柔軟性に欠ける、つまり対応が固くなってしまう。頭が固い状態になってしまうようにも思います。つまり、専門性は持つべきであるが、同時に柔軟性も必要になるということなのですね。


 20世紀後半は、比較的平和が続いた時代であり、専門性が大事で専門を持つことが尊重され、推奨されて、効果を発揮できた時代であったと思います。21世紀は20世紀の知識、常識がどんどん破壊され、新たなシステム新たな専門ジャンルが登場し、しかも、その専門ジャンルの永続期間がどんどん短くなり、数年経つとすっかり新バージョンに代わってしまうので、バージョンアップに、アップアップしながら対応せざるを得ない、というような感じがします。


 21世紀のケイ素系このPCのソフトウエアなのですが、ウインドウズ10になってから、すごくレベルが下がりました。それはAIの機能がはめ込まれたためにまだ処理能力が低いうえにやたらエネルギーを消費するという状態になってしまったからかと思います。元のウインドウズ8に戻そうかどうか、と考えているうちに更新が来ています。これはただ、私自身のソフトウエアに関する専門知識の欠如がなせる業なのですが、この原稿を書いているときに、ワードがフリーズし全原稿が消えたかしら!!という瞬間を何度も味わいました。


 皆さんは、そんなこともないかと思いますが、このところウインドウズ10をうまく使いこなせず、閉口気味なのです。閑話休題。専門知識を持ち、常に新しくなる情報を取り入れつつ、日々の時間間隔の変化に如何に適応していくか?とても大事なポイントに差し掛かっています。変化の流れに追われて、そのまま洗脳されていってしまうと、変化に対応しているようで、別の問題があります。


 逆にあまり変化に対応せずにいるとやはり問題が出ます。このような変化と時間の経過が激しい時は、自分の意識の置き所、自分が今どこのいるのかをしっかり把握しておく必要があります。時には流れから出てみて、冷静に周りを見るゆとりが必要ですし、ある時は流れにどんどん乗ってみるということも必要です。つまり、どちらかに偏らず、冷静さを持つということでしょうか?


 このような柔軟な姿勢が一番大事ですね。これから、常識が覆されていくことがいろいろと出てきても、そのような柔軟な意識で対応すれば、必ず道は開けると信じることです。人間は、か弱いようで意外と強靭、タフな生物でもあるようです。これからますます、炭素系人間とケイ素系AIとの共同生活は深まっていきますから、相手を十分に知り、自分が言いたいことはしっかり通すというような姿勢が大事かと思います。


 翻訳ビジネスは、ある種、炭素系システムとケイ素系システムとの共同作業にとてもあっているビジネスなのかもしれませんね。

最後までお読みいただきありがとうございます。

第176号 巻頭言

本誌は、6月から、毎月7日と22日の配信です。


BUPST バベル翻訳専門職大学院 学長 湯浅美代子


 この6月から毎月7日と22日の配信日となりました。新しいWEBTPTをよろしくお願いします。


 新しいと言っても、配信日だけ変わった、というのでは面白くないですね。勿論中身もこれから新しい連載や、時代に合ったテーマで堀下げた記事をお届けしますので、ご期待ください。


 でも、やはり、配信日が変わるというのも、変化の意味としては結構深いものがあるのです。


 WEB
マガジンですから、なるべくタイムリーなテーマでお届けすることができると考えていましたが、
最近の世界のテンポはとても速いので、結構、しっかりと意識することが必要だと思います。
 

 一週間くらい、あっという間に過ぎてしまいますし、日々の出来事も、結構大きな変化や事件が起きたりして、世の中の揺れの振幅がとても大きいと感じることが多くなりました。


 現代はまさに時間感覚の転換期だとも言えます。時間という概念は、私達人類にとっては100年足らずの短い生涯時間でしか、世界を捉えることができないということになっていますが、本当にそうなのでしょうか?でも最近では、私の周りの方々も90代の方が増えていますし、だんだん皆さんの年齢という時間表現の尺度もずいぶん変化してきたのではないかと、実感します。


 例えば、あなた自身は自分の年齢に対する感覚意識が、昔、自分と同じ年代の人々が感じたり、行動したりしていた感じとはずいぶん変わってきていると、感じたことはありませんか?私の感じでは、20年は確実に若返っているように思います。つまり、今の90代は昔の70代の感じのように思います。皆さんお若いです!!


 意識の持ちよう、意識のありようで人間の年齢は変わる?のなら、これほど楽しいことはない!と思われるかもしれません。そして、それはかなり深い現実探査ですね。現代科学は、意識という震動するエネルギーをまだ十分につかめてはいないようです。でも、もしかすると、一部の人々はもう既にいろんなことが分かっていても、そのことを言ってしまうと、人々がびっくりしすぎてしまうから、まだ公開するときではない!ということなのかもしれません。


 例えば、あなたが翻訳者として日々忙しく翻訳の注文を受けておいでなら、それはとても素晴らしいことですね。まさに翻訳しているときは、著者と自分という二人の間を行き来しながらあれこれ悩みつつ、仕事をしているわけですが、さらに、翻訳を生業とする時には、読者という第3者のことも大きな要素ですから、いわば自分、著者、読者という3人の頭脳を行ったり来たりしているとも言えます。


 このような状態を別の見方で表現するなら、いわば著者という別次元、読者という別次元の存在とあれこれ瞬時に交流、交差しながらコミュニケートしているとも言えます。そんなことを考えていますと、これはとても意味のある大きな発見だと自分で納得しています。つまり、私達人類は、AIに負けるとか、あの敏捷なチータには、走りではとてもかなわないとか、いろいろと負けてしまうことが多すぎるわけですが、先に述べたように、他人という別次元の存在とのコミュニケーションが取れるというのは、意外とすごい事なのですから、これは、人間の固有の特徴のひとつと言えるかもしれません。


 ところで、このコミュニケーションという作業に欠かせないものは、何だと思われますか?これこそが、人間の特徴、翻訳者の真骨頂とも言えることですが、いかがでしょうか?いくつか答えを思いつかれたと思いますが、私が気づいたそれは「想像力」です。イメージ化とも言えますし、想像とは「創造」クリエーションでもあります。さらに、別の側面を探せば、「共感力」でもあり、「なりすまし」でもあります。つまり、相手と一つになれるか?ということでもあります。別の言葉を探せば、「思いやり」でもありますし、「つながり」とも言えますし、「拡張」ともなります。それはまた、芝居の「役者」を演じることでもあり、「やくしゃ=役者」とは「訳者」でもあるのですね。


 私達のコミュニケーションツールは言語だと、当然思われますが、言語化される前の意識の状態がそれに大きな影響を与えているとなったらいかがでしょうか?言語はもともと「音」つまり振動です。「文字」にこだわると「音」の要素が抜けがちですが、言語とはやはり「音」なのですね。「振動=震動=神道=神童」へと変化していきます。


 私達のもつ外界とのコミュニケーションツール、コミュニケーションシステムは「音」だけではありません。目は光という信号をイメージ映像へと変換するシステムであり、いわば翻訳機ですね。嗅覚も匂いという伝達物質の翻訳システムであり、皮膚感覚もそうです。つまり、人間は五感を通じて世界を捉えているわけです。このように考えると、翻訳するとき、単に言葉の意味やニュアンスだけでなく、音、身体感覚、皮膚感覚、目に映るような映像感覚などの五感を駆使するといいのではないかと思い当たります。


 いつもと違う見方、五感をフル活用できるようなトレーニングをすることで、今まで苦手意識を抱いていた新ジャンルへの挑戦や、自分の新しい側面が引き起こされてくるかもしれませんね。


 社会や、周りが変化するのを待つばかりでなく、自分自身がまず変わっていくことを選択されたらいかがでしょうか?すると、きっと冒険に満ちた新たな自分の側面を発見し、そのユニークな素晴らしい側面を体験していくことになるのではないかと思います。


 最近、私は忘れることが多くなりました。しかし、それと同時に新たな発見も多くなったのです。そう意味で、忘れることはいいことだ!!と素直に思います。忘れられない思い、の裏側に何が潜んでいるのでしょう。つらい思いも、苦しい思いも、嫌な思いも、きっと忘れられない記憶として残っているのでしょうね。それは皆体験した記憶ですから過去のものだと言えます。過去に囚われずに生きることができたら、きっと楽しいことになるのではないでしょうか?

 

楽しい体験は、「既成概念にとらわれない!」という、生き方の副作用なのかもしれませんね。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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